IS分派の復讐が始まった、エジプトテロの暗示するもの
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2017年11月27日 佐々木伸 (星槎大学客員教授) WEDGE Infinity
エジプト・シナイ半島で起きたモスク襲撃テロは300人を超える犠牲者を出した。IS分派「シナイ州」の犯行と見られている。シリアとイラクのIS本家が消滅する一方、今回のテロ事件は「世界各地のIS分派の復讐が始まった」(テロ専門家)ことを暗示しているかのようだ。
狙われたスーフィズム
テロ現場となったモスク(Xinhua/Aflo)
事件は首都カイロから北東へ200キロ離れたシナイ半島北部、地中海に面したビルアブド村の「ラウダ」モスクで起きた。約30人の武装集団が白昼、車5台に分乗してモスクに乗り付け、1人がモスク内部で自爆。男らはそれに続いて無差別銃撃し、少なくとも305人が死亡。この中には子供約30人も含まれていた。襲撃犯らはISの黒旗を掲げていたという目撃談もあり、犯行声明が出ていないものの、IS分派「シナイ州」のテロであることが濃厚だ。
今回、標的となった村には、イスラム教スンニ派のスーフィズム(神秘主義)の信者が多く住む。襲撃された時も、モスクでは信徒が車座になって聖典コーランを朗読し、預言者ムハンマドをたたえる儀式が執り行われていたという。スーフィズムはコーランの内面的な解釈を重視し、神と精神的な一体化を目指す一派として知られ、エジプトには1500万人にも上る信者がいる。
犯行組織と見られる「シナイ州」の元の組織はシナイ半島を根城にするアンサル・ベイト・マクディス(エルサレムの信奉者)。2014年11月にISに忠誠を誓い、「シナイ州」となった。以来、同組織はキリスト教の一派コプト教徒や警察、治安部隊の拠点などに対するテロや襲撃を繰り返してきた。勢力は約1000人といわれる。
2014年以降、「シナイ州」など過激組織との戦闘で死亡した治安部隊や警察の犠牲者は1000人以上で、2017年だけで200人を超えている。エジプトでは「シナイ州」など過激派による襲撃事件が今年初めの3ヶ月で130件も発生している。
「シナイ州」の悪名が知れ渡ったのは2015年のロシア旅客機爆破テロ。シナイ半島突端のシャルムエルシェイクから飛び立った旅客機に爆弾を仕掛け、乗員乗客224人を殺害した。「シナイ州」はスーフィズムの信者が聖者の墓にお参りするなどの行為を、背教者と非難。同組織の司令官は昨年のISの機関誌で、スーフィズムを“疫病”として憎悪をむき出しにしていた。
なぜこうも容易に実行できたのか
それにしても、今回の大掛かりなテロがなぜ、かくも容易に実行されたのか。事実上の軍事政権であるシシ政権は「シナイ州」が跳梁跋扈するシナイ半島北部で、「疑わしい者は根絶やしにする」という厳しい弾圧政策を取ってきた。このため実際には過激派とは関係のない住民が軍によって即席処刑されたり、村全体が解体されることも希ではない。
こうした苛烈な軍のやり方に反発して過激派に協力するベドウィン住民も多く、これが過激派壊滅を困難にしている一因だ。また過激派が勢力を拡大する理由としては、エジプト政府が過去、シナイ半島北部の開発を顧みず、いわば切り捨ててきたという側面がある。元来遊牧民であるベドウィンは中央政府から“2級市民”の扱いを受けてきた。ベドウィンの政府に対する不満は「シナイ州」を育む土壌となった。
こうした状況を放置したエジプト政府の責任は重大であり、失政だ。政府や軍指導部には、同国の風土病ともいえる腐敗がまん延し、シナイ半島北部への社会投資や貧困対策などの的確な政策が打ち出されないまま、放置されてきた。
今回のテロはシシ政権にとっては計り知れないほどの痛手だ。2013年に軍事クーデターで政権を奪取したシシ大統領の看板はなにをおいても「治安の回復」だったからだ。先月にも、西部の砂漠地帯で治安部隊が過激派の待ち伏せ攻撃を受け、16人が殺害される事件が発生している。
シシ大統領はこの事件後、治安関係の高官や軍指導者らを更迭した。米ニューヨーク・タイムズによると、その中には、大統領に唯一真っ向から助言できるマフムード・ヘガジ参謀長も含まれていた。参謀長の娘が大統領の息子と結婚するなど2人の個人的な関係も深かった。
年13億ドルの軍事援助をしている米国の国防総省当局者らは、シシ大統領のチェック役として同参謀長に期待していただけに、この更迭は米側にも影響が大きかった。シシ政権はロシアやフランスなどから航空機、戦車など高価な兵器の購入契約を結んだが、米国は軍事費をそうした兵器に対してではなく、シナイ半島の過激派対策に投入するようシシ政権を説得してきた。
しかし、シシ政権指導部は米国がイラクやアフガニスタンで過激派封じ込めに失敗した事実に言及して、米国の助言には聞く耳を持たなかった、という。こうしたシシ政権指導部の姿勢は「欧米への劣等感の裏返しであるいびつな誇り高さ」(アラブ専門家)を示すものだろう。
米統参議長の警告が現実に
米軍はシナイ半島の危機的な状況に懸念を高め、ダンフォード米統合参謀本部議長が先月、「ISが世界各地の分派を動かそうとしている」として、とりわけ「シナイ州」に強い憂慮を表明していた。今回の事件はまさに議長の懸念が現実になったもの、と言えるだろう。
シリアとイラクでは、ISの組織がほぼ壊滅し、残党約3000人がイラクとの国境沿いのシリア・デリゾール県の砂漠地帯でシリア政府軍やレバノンの民兵軍団ヒズボラと戦闘を続けている。しかし、IS本家がこうして滅亡の一歩手前の状況にある中、「世界各地のIS分派の活動は一段と激化し、残虐になろうとしている」(ベイルート筋)ようだ。
今回のエジプトのテロ事件だけではなく、アフガニスタンやフィリピンでの最近のIS分派の台頭はそうした見方を反映するものだ。「本家に代わって分派の復讐が始まった」(同)。世界は今、新たな脅威に直面しようとしている。