辟易する情報洪水…トランプ報道と座間猟奇事件
http://president.jp/articles/-/23583
2017.11.9 経営コンサルタント 鈴木 貴博 PRESIDENT Online
すし1皿一貫を税別50円で提供
かっぱ寿司が奇妙な戦略を次々と打ち出している。今年6月に試験的に導入した平日午後2時から5時までの食べ放題を、11月1日から11月22日まで全店で実施するというのだ。さらに11月下旬から首都圏の10店舗で、すし1皿一貫を税別50円で提供する実験を始める。現在はすし1皿二貫で100円なので、より手軽に注文できるようになる。
「1皿50円」を告知するポスター
「大食い向け」の食べ放題を打ち出すと同時に、「小食向け」の施策も打ち出す。いったいかっぱ寿司は何を考えているのか。その秘密を解き明かすために、かっぱ寿司の置かれている状況を振り返ってみたい。
2011年にスシローに抜かれるまで、かっぱ寿司を運営する「カッパ・クリエイト」は回転ずし業界のトップ企業だった。ところが、トップから転落したあとは、くら寿司、はま寿司にも抜かれ、業界4位に転落。業界全体が成長するなかで、この数年、「ひとり負け」の状況に陥っている。
なぜ業界トップから4位に転落したのか
2014年、赤字続きだったかっぱ寿司は、居酒屋「甘太郎」や焼き肉の「牛角」を運営するコロワイドに買収されている。以降、かっぱ寿司は巻き返しに向けて、様々な施策を打ってきた。2017年4月にはコロワイドグループのバンノウ水産の元社長で、鮮魚のプロである大野健一氏が社長に就任し、事業の立て直しを本格化させている。
足元の業績について、スシローとかっぱ寿司を比較してみよう。2017年4月〜6月の四半期の業績ではスシローは売上高389億円、営業利益21億円と好業績であるのに対し、かっぱ寿司は売上高194億円、営業利益1億9000万円。営業黒字にはなっているが、かっぱ寿司の利益率は低い。なによりもかつて業界トップを争ったライバルと売上高でダブルスコア、営業利益では10倍の差がついてしまっている。
かっぱ寿司の「ひとり負け」が始まったのは2012年頃からだ。この時期、かっぱ寿司では経営合理化を進め、利益向上のために原価率をきりつめた。これは経営的には明らかな間違いだった。「すしがおいしくない」「ネタが小さい」という悪評が広がり、客足が離れてしまったのだ。
回転ずし業界はもともと高い原価率、つまり薄利でお客を喜ばせて繁盛してきた業態だった。かっぱ寿司が利幅を上げるために品質を落としたことで、スシロー、はま寿司、くら寿司というライバルたちに抜かれ、業界4位に転落してしまった。
原価率はスシローと同等に回復したが
回転ずしの常連には質の変化はすぐにわかる。かっぱ寿司が原価率を下げた一方で、同じ時期のスシロー、そしてゼンショー傘下の新興勢力だったはま寿司のすしは、どちらもとにかくおいしかった。だからかっぱ寿司の転落は、起こるべくしておきた経営判断ミスと言える。
かっぱ寿司の店舗外観
かっぱ寿司の現経営陣は、そのことはよく理解しているのだろう。コロワイドの傘下に入る直前の2014年第二四半期に43.7%だった売上原価率は、今年の4〜6月期には48.5%と5ポイント近く上がっている。
回転ずしの売上原価率は「顧客への還元率」と言い換えても良い指標である。数字が高ければ高いほど、原価率の高いネタを提供していることを意味するからだ。数字だけを見れば、現在のかっぱ寿司は、同時期に原価率48.3%だったスシローと同等レベルになっている。
また回転ずし4強の中で、これまでかっぱ寿司だけスマホの予約アプリがなかった。回転ずしは回転率を上げるため、常に店内は混雑している。かっぱ寿司はネット予約ができないため、「ピーク時には店頭で60分以上待たなければいけない」という大きなハンディを抱えていた。だが、これも今年に入ってようやくスマホの予約アプリが登場したことで、かっぱ寿司のハンディはなくなった。
つまり、経営努力の結果、かっぱ寿司は競合3社と戦える状態にまで内部を立て直してきたのである。
既存店の客数が年々減っている
しかし、他社と同じレベルに戻るだけで、ふたたび盛り返すことができるのか。事実、かっぱ寿司は、過去の信頼を取り戻す闘いで苦戦している。
コロワイド傘下に入ってからも、かっぱ寿司は毎年一定比率で売上高が減少している。理由はハッキリしている。「既存店の客数が年々減っている」のだ。
2014年度の既存店顧客数は前年比で92%、15年度は95%、16年度が94%で、2017年上期が93%。とにかく一定ペースで客足が減っている。これらの数字を掛け合わせると、3年半で来店客数が4分の3に減っていることになる。
品質を下げて客離れの起きた店を復活させるには、一度離れた顧客に「もう一度、食べに行ってみる」という行動をとってもらう必要がある。そう考えると、冒頭に紹介したかっぱ寿司の一見奇妙な施策の意味が見えてくる。
かっぱ寿司に行く「理由」をつくる
顧客を取り戻すためには「理由」が必要だ。その意味で「期間限定の食べ放題」は「ひさしぶりにかっぱ寿司に行ってみようか」という理由としてはうまくできている。
食べ放題」を告知するポスター
時間帯が平日の2時から5時までと限られていることから、発表当初は店の運営が比較的暇な「アイドルタイム」の対策のようにも思えたが、主目的はイベントに誘われて顧客が帰ってくる「理由」をつくることだったようだ。食べ放題で「得をした」と感じた顧客が話題を拡散してくれれば、復活は早まる。
「1皿一貫50円」という施策を打ち出すのも狙いは同じだ。回転ずしに来てもせいぜい5〜6皿しか食べられない顧客は少なくない。50歳を過ぎれば、誰もがだいたいその程度の食欲になる。少子高齢化の日本だから、小食の人は年々増えている。
そのとき、「ほかでは5種類しか食べられないけど、かっぱ寿司なら10種類のネタが食べられる」ということになれば、それはかっぱ寿司に行く「理由」ができたことになる。
実は、食べ放題、1皿一貫以外に、もうひとつ新プロジェクトをスタートさせている。平日のランチタイム向けに500円以下の「ワンコインランチ」を開発しているというのだ。来年1月をめどに商品化予定ということだが、これも「一度去った顧客が戻って来る理由」としてはうまくストーリーができている。
「悪くはないが驚きはない」
さて、このように作戦は論理的に組み上げられているが、この先かっぱ寿司はどうなるだろう。経営陣には申し訳ないが、私はまだまだ苦戦するだろうと予想している。
先日、かっぱ寿司の都内最大店舗である練馬店で、食べ放題を試してみた。感想を言えば「悪くはない」。もともとそれほど量を食べられる年齢ではないので、家内と分け合いながら18種類のネタを食べた。
すしは私自身も好きなジャンルだ。月に1〜2回は都内の高級店で旬のネタを楽しんでいる。このため自分の舌には「おいしいすしなら、ちゃんとわかる」という自負がある。その舌で味わったかっぱ寿司のネタは「悪くはないが驚きはない」というものだった。
一度去った顧客を取り戻すには、なによりも「驚き」が重要だ。高級店で食べるだけでなく、月に1〜2回は家族で回転ずしにも行く。最近の一番のお気に入りははま寿司なのだが、それは毎回、ネタに「驚き」があるからだ。
はま寿司には期間限定の「フェアメニュー」と呼ばれる商品がある。今だと四国・九州の活〆ぶりとろ、北海道・三陸産のさんま、広島産のカキフライ、希少なネタであるのどぐろなどが1皿一貫100円〜150円で提供されている。これらのメニューが実にうまい。1皿二貫100円の皿よりも割高だが、店に行くたびにその味にうなり、感動する。
ガラガラの店内をお客はどう思うか
かっぱ寿司にはそれがない。またネタ以外でも「驚き」がない。今回、食べ放題の予約を取るのには結構苦労した。ほとんどの時間帯で満席なのだ。だから今回の食べ放題キャンペーンは大当たりしているのだとばかり思っていた。
ところが予約の時間にお店に行くと店内はガラガラだ。どうやら食べ放題のオペレーションが破綻しないように、テーブルは8席程度、カウンターに十数名の予約が入ったところで予約を締め切っているようだ。そしてこの時間、食べ放題以外の客はほとんど見かけなかった。
これは堅実な会社がやっているという意味では正解なのだが、「顧客に戻ってきてほしい」と願う企業が行うという意味ではマイナスである。ひさしぶりにお店に来てくれた客に、ガラガラのお店の状態を見せて、どうしようというのだろう。
食べ放題をやるなら全席でやるべき
再来店のキャンペーンであれば、「ひさしぶりにお店に行ってみたら店内は満席で、あまりのにぎわいに驚いた」という状態にならなければ不発である。平日のアイドルタイムに席数を限定した食べ放題では、「イベント効果」は望めない。
やるなら夜のピークタイムに全席でやるべきだ。そのうえ満席でにぎわいがずっと途切れなくても対応できるぐらいのネタを仕入れ、十分な人員をあてがう。それだけやらなければ集客イベントとは言えない。
まじめに商売の品質を戻すのはいい。しかし一度落としてしまった評判を取り戻すための努力は、それとは違うところにポイントがある。そのことに気づくまでかっぱ寿司の復活は遠いように思えるのだが、どうだろうか。
鈴木 貴博(すずき・たかひろ)
経営コンサルタント。1962年生まれ。東京大学工学部卒業。ボストンコンサルティンググループなどを経て2003年に独立。過去20年にわたり大手人材企業のコンサルティングプロジェクトに従事。人工知能がもたらす「仕事消滅」の問題と関わるようになる。著書に『アマゾンのロングテールは、二度笑う』(講談社)、『戦略思考トレーニング』シリーズ(日本経済新聞出版社)などがある。