大阪の衰退は1970年の万博から始まった イベント経済に期待してはいけない
http://president.jp/articles/-/23444
2017.10.30 ビジネス・ブレークスルー大学学長 大前 研一 PRESIDENT 2017年11月13日号
万博の再誘致も、落選したほうがいい
2025年開催予定の万国博覧会に大阪府が正式に立候補した。ほかにもフランスのパリ、ロシア中部の都市エカテリンブルク、アゼルバイジャンの首都バクーが立候補していて、4都市による誘致レースが展開されている。25年万博の開催地は18年の博覧会国際事務局の総会において、加盟約170カ国の投票で決まる。混戦が予想されるが、大阪府は落選したほうが身のためではないかと私は思う。
大阪城公園周辺は緑が多く夜景も素晴らしい。ニューヨークのセントラルパークに匹敵する素材だ。(時事通信フォト=写真)
政府も大阪での万博開催をバックアップして、「1964年の東京五輪から70年の大阪万博」という高度成長期の再来を夢見ている。20年の東京五輪後の景気の落ち込みを少しでもカバーしたいからだ。しかし、大阪の衰退は70年の万博から始まったと私は思っている。
一般的に関西経済衰退の契機と言われるのが64年の新幹線開通だ。東京一極集中が加速して関西、大阪の没落を招いたのだが、大阪万博の頃には新幹線の輸送力はさらに増強され、山陽新幹線が72年には岡山、75年には博多まで延びた。同時期に航空業界でもジャンボジェット(ボーイング747)が登場して大量輸送時代を迎える。関西、大阪が頭越しにされる条件がどんどん整っていったのだ。
「五輪がダメなら万博を呼ぼう」という愚
70年の大阪万博自体は大いに盛り上がった。来場者数は万博史上最高の6400万人、高速道路網や鉄道路線などの交通インフラも整備されて、経済波及効果は2兆円とも言われた。しかし万博をきっかけに関西経済が活性化したかといえば、そんなことはない。逆に日本経済が重工業への転換期を迎える中で、国内有数の集積を誇った大阪の繊維業は斜陽化し、商社や銀行をはじめ名だたる大企業が本社を東京に移す動きが相次ぐようになって、大阪の地盤沈下は急速に進行した。
2025年の万博が大阪や関西活性化の起爆剤になると期待する向きもあるが、そんなに甘いものではないことは70年の大阪万博で実証済みだ。「オリンピックがダメなら万博を呼ぼう」では50年前の発想とまったく変わらない。もはやインフラをつくっただけでレガシーになる高度成長期ではない。万博というと未来技術のお披露目会的な意義が強いが、ネットで何でも見られる時代に万博をやる価値がどれだけあるのか。
マッキンゼーの日本支社長をしていた80年代に大阪を拠点にしていたからよく知っているが、大阪は「自分の町をつくる」という発想と気合に乏しい。にぎにぎしくイベントを引っ張ってきては、公共工事にありつく。ゼネコンが強いこともあって、どうしてもイベント経済を志向しやすい。
一過性のイベントでは町づくりにはつながらない
万博だけでなく、その後の花博、関西国際空港建設などもその使い方、生かし方が不明なまま公共投資案件として予算獲得のお祭り騒ぎをしたにすぎない。大阪を都市化(アーバニゼーション)が進む世界の中でどのように位置づけていくのか、という長期ビジョンもまったく不在である。関西の政財界は世界の中で大阪の競争力をどう高めていくのか、世界中から優秀な人材や企業にどのようにしてきてもらうのか、に関しては興味も関心もないのだ。
一過性のイベントでは町づくりにはつながらない。私はUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で公共政策論を教えていた。公共政策論の中心になるのはメガシティである。今、世界で繁栄している場所はすべてメガシティであり、メガシティ以外に繁栄しているところはない。
メガシティの特徴は何かといえば、毎日人がくる、企業がくる、情報がくる、お金がくるということだ。大阪市の人口は約270万人。人口規模では立派なメガシティだが、「毎日人がくる、企業がくる、情報がくる、お金がくる」というメガシティ繁栄の4要件は見事に欠けている。
外資系企業の日本本社といえば東京が一番多いが、それでも香港、シンガポールに比べれば富の流入は圧倒的に少ない。実は外資系企業を呼び込むには4種の神器が要る。
1つは「職住近接」。職場と居住地が近いことだ。外国人のビジネスマンは職住近接を重視する。ハイテク関連を主体とした産業が集まっている都市を「イノベーションシティ」という。最近は「イノベーション産業の乗数効果」(提唱者はカリフォルニア大学バークレー校の経済学者エンリコ・モレッティ氏)が言われていて、イノベーション系の仕事で雇用を1つつくると、その地域でサービス関連の新規雇用が5つ生まれるという。この乗数効果は製造業の倍以上だ。
イノベーション産業が集積するイノベーションシティでは、乗数効果で次々と雇用が生まれ、当然、賃金も上がる。ゆえにますます人や企業が集まって繁栄するという好循環になっている。
ちなみに今、世界でもっともイノベーションシティとして様になっているのがシアトルだろう。アマゾンやマイクロソフトを筆頭に数々のイノベーション企業が本拠を置き、スターバックス、コストコ、ノードストローム、エクスペディアなど多彩な企業もシアトルに本社を構えていて、すさまじい乗数効果を発揮している。シアトルはコンパクトな町並みに豊かな自然も残っていて、仕事環境と生活環境が両立している。
そうした「職住近接」のライフスタイルも評判を呼んで、世界中からシアトルに人が集まってくるのだ。その北隣のバンクーバーも同じような環境で、映画、ゲームなどの産業基盤を整えて、今や「北のシリコンバレー」と呼ばれるほど。トランプ大統領の移民排斥思想の恩恵もあって頭脳労働者の集積場所として変貌してきている。
働く場所、飲む場所、住む場所がバラバラだ
外資を呼び込む2つ目の神器は「パートナーの仕事」。パートナーを日本に連れてきても、パートナーにやることがないと長続きしない。言葉も通じない異国にきて家の中で独りじっとしていたら、精神的に参ってくる。仕事でもいいし、ボランティアなどのコミュニティ活動でもいい。時間を持て余さないことが大事で、関西では神戸が外国人のコミュニティが多い。神器の3つ目と4つ目は、「子供の学校」と「教会」で、神戸はインターナショナルスクールも教会も充実している。
外資を誘致する4種の神器から見ても、大阪はすべてにおいて足りない。最たるものは「職住近接」で、大阪の経営者というのは昼間は町中で仕事をして、夜は北新地で飲んで、芦屋か夙川か生駒辺りの家に帰る。町中に住んでいるのは転勤族のビジネスマンと役人くらいのものだ。大阪は世界でも珍しいメガシティで、梅田を中心とした北の商圏は米シカゴに負けない規模なのに、町中には要人が住んでいないのだ。
大阪を職住近接の町にしようと思えば、できないことはない。候補地は2つある。1つは大阪城公園周辺。あの辺りは大阪で唯一緑が多いし、夜景も素晴らしい。ニューヨークで言えば高級マンションが立ち並ぶセントラルパークに匹敵する素材で、開発ができれば超一流の住宅地になる。
もう1つは御堂筋の両側。船場や道修町といった問屋街は今やすっかり寂れて閑古鳥が鳴いているが、あそこは大阪を南北に貫くメーンストリートだ。御堂筋に沿って地下鉄が走っているから梅田に出るにも新大阪に行くにも非常に便がいい。東京で言えば千代田区の番町や港区レベルの超一流の住宅街になる可能性を秘めている。
産業構造を変える方法は2つしかない
もともと御堂筋は建物の高さ制限や商業利用などの規制に縛られていて、徐々に緩和されてきた。御堂筋に事務所物件など人が集まらないのだから、思い切って縛りを取り払って居住用の高層マンションを建てられるようにする。あるいは上階が居住用の複合ビルをつくれるようにすれば、職住近接の高級住宅街に生まれ変わる。気合を入れて町づくりに取り組めば、大阪はもっと栄える。併せて産業構造を変えてイノベーションシティへの脱皮を目指すべきだ。
産業構造を変える方法は2つしかない。1つは自分たちでつくる。だが、これは時間もコストも根気も要る。伝統的な製造業が幅を利かせる大阪で、新しい産業を興そうという構想はなかなか出にくい。すると方法は1つ。前述のように外から乗数効果の高い企業を呼び込むのだ。
たとえばシアトルに本社を置く企業で、シアトル出身の経営者はマイクロソフトを創業したビル・ゲイツとポール・アレンぐらいしかいない。スターバックスのCEOハワード・シュルツはシアトルが故郷のような顔をしているがニューヨーク・ブルックリンの出身。アマゾンを創業したジェフ・ベゾスはニューメキシコ州のアルバカーキ出身だが、今やアマゾンはシアトルの地形を変える勢いで発展している。大型百貨店のノードストロームの創業者はスウェーデンからの移民だ。シアトルはボーイングが本社をシカゴに移した後は、よそ者に街の繁栄をつくり出してもらっている。
大阪がイノベーションシティを目指すなら、やはりよそ者にきてもらうしかない。よそ者が「自分はここで世界に打って出る会社をつくりたい」「ここに住みたい」と思うような条件を整える必要がある。さらに言えば、よそからきた人たちが繁栄するのを歓迎するような雰囲気を醸成して、法律と条令を整備することが大切だろう。
(構成=小川 剛 写真=時事通信フォト)