審査に1秒!中国「超高速融資」の恐るべき実力
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2017年9月22日 高口康太 (ライター・翻訳家) WEDGE Infinity
屋台の肉まん売りや農村にまで金融サービスを提供する。アントフィナンシャル社旗下のネット銀行「網商銀行」(マイバンク)のフィンテック(新たな金融テクノロジー)は革命的だ。
写真:ロイター/アフロ
記事「中国でキャッシュレス化が爆発的に進んだワケ」において、私は支付宝(アリペイ)に代表される中国モバイル決済はインフラだと指摘した。モバイル決済を通じて収集された莫大なビッグデータは次なる革新的サービスを生み出す土壌なのだ、と。「『信用の可視化』で中国社会から不正が消える!?」で紹介した信用スコア「芝麻信用」、そして今回紹介する網商銀行のフィンテックはその具体例だ。
■「3・1・0」の超高速融資システム
網商銀行は2015年に設立された、アントフィナンシャル社旗下のネット銀行だ。銀行とはいっても店舗での預金業務は扱っていない。小規模企業、個人事業者、農家への融資に業務は絞り込まれている。
「網商貸」と名付けられた小規模企業、個人事業者向けの融資サービスは凄まじくスピーディーだ。スマートフォンのアプリから融資申請を提出。すると即座にコンピューターで融資判断を下し、数分以内に送金されるという仕組みになっている。
アントフィナンシャル社はこの超高速融資システムを「3・1・0」という言葉で説明している。融資申請の記入に必要な時間は約「3」分。提出すると「1」秒でシステムが融資可否を判断する。そして審査にたずさわる人間は「0」。AIによる審査のみで判断を下しているのだ。
AIは何を材料に判断を下しているのか。それは芝麻信用と同じく、ネットショップの取引記録などアリババグループのデータなどを統合したビッグデータによって信用を評価している。利息も信用に応じて1日0.016%から0.047%まで変化する。信用を高めれば高めるほど低金利で資金が調達できるわけだ。
ユニークなのが信用評価だけではなく、申請者がお金を必要としているコンテキストをも審査材料としている点だ。
「セールのために在庫を増やそうとしている。あるいは売掛金の回収が遅れているためにつなぎ資金が必要だ。こうした融資の申請理由が正しいかどうかを人間ではなく、AIが判断します」と網商銀行広報担当者の劉婕氏は言う。いくらでもウソをつけそうに思えるが、網商銀行は過去の取引状況や現在の経営状況、さらには申請者の現在地といった情報を収集しているほか、AI技術によって「刷単」(架空取引によって店舗に実際以上の顧客、人気があるように見せかけること)を見破る能力もあり、正確な判断が下せると胸を張った。実際、返済不履行は1%未満にコントロールできているという。
■零細事業者のニーズをくみ取る
網商貸の利用者はネットショップ、飲食店、野菜市場の店主、個人事業主のトラック運転手などさまざまだ。ただ、網商銀行成立前、2010年から阿里小額貸款、2014年から螞蟻微貸という名称で、主にアリババ系列のネットショップ経営者向けに無担保小口融資が行われてきただけに、今でもEC関連の借り手が多いという。網商銀行成立後はネットショップ経営者以外にも融資対象を拡大した。肉まんを売る屋台のような超零細事業者でも融資を受けられる点が売りだ。2015年以来、350万社に融資してきた。前身も含めると600万社に達する。
「客がアリペイを利用して肉まんを買えば、我々は顧客数を把握できます。商品単価が安くて売り上げが少なくともかまいません。固定客がいれば融資は可能です。また屋台の経営者は電気代や水道代といった公共料金をアリペイで支払えば、それもまた融資判断の材料になります。他にもシェアサイクルの利用時に違反行為はなかったかなどのさまざまなビッグデータが活用されています」
平均の融資額は1件あたり1万7000元(約28万6000円)。まさにマイクロクレジット(銀行から融資を受けられない、零細事業者向けの小額融資)である。劉氏は次のように説明する。
「顧客の多くはネットショップや商店、レストラン、運転手など。最近ではネットショップをやっていない、オフライン事業のみの顧客も増えています。野菜市場のおばさんも融資を受けてますよ(笑)。小規模企業や個人事業者の資金需要は一般企業とは異なります。一般企業は運転資金をプールしていますが、私たちの顧客は必要があって初めて融資を申請するのです。しかも資金を必要とする期間も短い。返済までの平均期間は7日間です。例えばネットショップですと、商品が売れたら次の在庫を仕入れる必要がありますよね。ただし中国ではエスクローサービス(*)が一般的なので、顧客が品物が届いたと確認するまでは売り上げを受け取ることができません。融資を受ければ入金を待つことなく在庫を仕入れられます。資本回転率を高めることができるのです。
トラック運転手ですと、目的地までのガソリン代や高速代の融資を受け、到着したら報酬をもらって返済するといった具合です。野菜市場のおばちゃんもそうですよ。朝お金を借りて仕入れ、夜になれば売上金で返済するわけです。こういう事情ですから頻繁に融資を受けては返す方が大半です。顧客の60%は年50回以上の融資を受けています。中には5年間で3794回、平均で1日に2回融資を受けている方もいます」
*エスクローサービス:ネットショップの安全性を担保する仕組み。ネットショップでの取引の際、買い手が支払った代金はいったん第三者機関に預けられる。商品が正しく到着し取引が成立すると、代金は売り手に振り込まれる。第三者機関を介在させることで売り手も買い手も安心して買い物ができる仕組み。
零細業者は自転車操業だ。現金に余裕がある者などほとんどいない。網商銀行を使えば金策に駆けずり回る苦労から解放されて、スマホだけで資金の手当てができる。借り入れ返済のサイクルを超高速化することによって資金の回転率を高め、自転車操業の効率を極限まで高められるのだ。
「中国では毎年11月11日の双十一、通称「独身の日」が年間で最大の売り上げを記録するセールです。多くのショップは通常時の10倍という在庫を確保する必要があります。この資金需要の解決にも網商貸は活躍しています。2016年の双十一セール前には133万もの小規模企業、個人が融資を受けました」
また「余利宝」という金融商品も扱っている。MMF(マネー・マネジメント・ファンド)の一種で1元からでも購入が可能、必要な場合にはすぐ解約ができる。一時的に手持ち資金に余剰が出た場合には死蔵させることなく、お手軽に運用が可能になるというわけだ(*)。
*なお、アントフィナンシャルは個人向けの金融商品として、「余額宝」という類似のサービスを展開している。
■農村に金融を、伝統金融に変革を
農民向けの商品が「旺農貸」だ。基本的な仕組みは網商貸と似ているが、インターネットの活用が遅れている農村では十分なビッグデータの収集が難しいため、農産品企業やアントフィナンシャルと提携した信頼できる農村パートナーによる推薦という信用評価制度も導入している。
2017年7月、浙江省杭州市で開催されたアリババグループのイベント「タオバオ・メイカーフェスティバル」。タオバオで販売されている農作物が展示されていた。筆者撮影。
興味深いのは融資された資金を博打などに流用することを防止する施策だ。一部の融資はアリババグループ系列のECで飼料や種子、小豚、あるいは設備を購入するなど用途が限定される。収穫物や育てた豚は農産品企業によって回収され、ECを通じて消費者に販売される。企業は高品質の農作物を得られる。消費者は由来がはっきりした安心できる食品を入手できる。農民は収入が得られる。そして網商銀行は不良債権率を低下させられるという関係者すべてに利益がある仕組み作りに取り組んでいる。
網商貸にせよ、旺農貸にせよ、モバイル決済から生み出されたビッグデータを活用することによって、これまで信用評価がなく金融サービスを受けられなかった人々に融資を提供することを目指している。伝統的な金融の穴を埋めているわけだが、それだけではなく、網商銀行は伝統的金融を変えつつあるという。
2017年7月、浙江省杭州市で開催されたアリババグループのイベント「タオバオ・メイカーフェスティバル」。タオバオで販売されている農作物が展示されていた。筆者撮影。
そもそも銀行が小企業に融資しなかったのは何も嫌がらせをしているわけではない。取引実績のない相手を評価するコストが高すぎる、あるいは評価する材料を持たないのが原因であった。低コストで新たな融資先を見つけることができるのならば、伝統的金融機関も乗り気になる。
そこで網商銀行は伝統的金融機関、銀行との提携を強化しているという。これまで取引実績のない中小企業が銀行に融資を求めてきた場合、網商銀行が信用評価を提供して、銀行の融資判断をサポートする。網商銀行と伝統的銀行が共同融資を行うケースも多いという。これによって最初の取引実績ができれば、その後のさらなる融資へと発展する可能性が広がる。伝統的金融機関に対抗するのではなく、彼らを変える役割を果たしつつあるわけだ。
■零細事業者を束ねた馬雲帝国、2036年に「国」を目指す
小企業、零細事業者をターゲットにした戦略はアリババグループの創業者、ジャック・マー(馬雲)の哲学に基づいている。馬はアリババを創業する前、政府系のECプラットフォーム「中国誠商網」の構築を手がけたが、約1年で辞任している。大企業向けの中国誠商網は自分の目指すところではないと感じたためだ。そうして、政府のお偉いさんという身分を捨て、マンション起業というゼロからの出発を経て生み出したのがアリババである。
こう説明すると、なにやら強きをくじき弱きを助ける義賊のように見えてしまうかもしれないが、たんなる侠気ではなく、弱者の群れを助けることがビジネスの成功にもつながるという判断があるのだろう。実際、ジャック・マーは創業時の哲学を捨てぬままアリババグループを時価総額4000億ドル(約40兆円)というモンスター企業に育て上げた。そしてさらなる発展に向けて加速している。
今年7月、浙江省杭州市で開催されたイベント「天下網商大会」を取材した。私が目にしたのは、熱弁を振るうジャック・マーの姿だ。
「もし一つの企業が20億人のクライアント、世界人口の3分の1を顧客としたならば、もし一つの企業が1億人の雇用を生み出したのならば、もはや大多数の国々と比べてもすごい存在だ。もし10億人のビジネスを生み出したのならば、すでに経済体と呼ぶにふさわしい存在だろう。2036年、世界の経済体トップ5は次のようになっているだろう。米国、中国、欧州、日本、そしてアリババグループだ」
大ボラにしか思えないが、ジャック・マーの発言と思うとたんなる大言壮語に見えなくなる。少なくとも、20億人のクライアント、1億人の雇用、10億人のビジネスを目指して、ジャック・マーが率いるアリババグループ、アントフィナンシャルは走り出している。