戦略の地政学―中国の海洋進出を阻む沖縄―
秋元千明 (英国王立防衛安全保障研究所アジア本部所長)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10404
なぜ沖縄に米軍基地が集中するのか。地図を眺めるとその戦略的な重要性がよくわかる。
日本政府が2012年9月、尖閣諸島の3つの島を国有化してからというもの、中国は恒常的に海洋警備の艦艇を尖閣諸島の周辺に侵入させ、そこが中国の領域であることをさかんにアピールしようとしている。力を使って緊張を高め、外国の領域で強引に自分たちの主張を通そうとする姿勢は、国際社会の安定に責任を持つ大国の行動としては到底容認できるものではない。ただ、なぜ中国がそれほどまでに沖縄県の南端の小さな島々を欲しがるのか、中国の意図についてはあまり議論されていない。
沖縄周辺に豊富な海洋資源があるためか、もしくは軍事的な野望があるのか、様々な見方が混在する。それを理解するにはまず地図の見方を変えなくてはならない。
英国では戦略専門家がしばしば、世界地図を逆さまにしたアップサイド・ダウンと呼ばれる地図を用いる。対象となる地域をいろいろな角度から眺めるほうが、相手国との関係を客観的に読み取れるからだ。
富山県が発行した日本列島の北と南を逆さまにした「環日本海諸国図」や、新潟県佐渡市が発行した「東アジア交流地図」は、まさにそれである。逆さ地図は、大陸の中国人の目に、日本列島がどのように映っているのかを明解に説明している。まず気づくのは、日本列島が中国の沖合に壁のように鎮座し、中国の海への進出を阻んでいる事実である。
1990年代以降、中国は海の権益を核心的利益だとして、海軍力の強化に取り組んできた。めざすのは太平洋、インド洋など外洋への進出である。
黄海に面した中国山東省の青島には、中国人民解放軍の北海艦隊の司令部があり、ここを拠点に日本近海の東シナ海や西太平洋で活動している。とりわけ、太平洋への進出は外洋型の海軍をめざす中国にとっては最も重要であり、そのためには次の4つのルートを通って、太平洋に抜けなくてはならない。すなわち、
@日本海からオホーツク海を経由して太平洋に抜けるルート
A日本海から津軽海峡を抜けて、太平洋に出るルート
B沖縄県の宮古島と沖縄本島の間の広い海域を抜けるルート
C台湾海峡を抜け、南シナ海を経由して、太平洋に抜けるルート
以上の4つである。
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このうち、中国にとって、沿岸国を刺激せず、迂回せずに太平洋に出られるのはBの沖縄本島と宮古島の間を抜けて行くルートである。そして、そのルートの入り口近くに尖閣諸島があるのだ。つまり、中国が沖縄県の一部の領有を主張する背景には太平洋進出の拠点を確保しようとする軍事的思惑があることは間違いない。
「太平洋の要石」と呼ばれた沖縄
それでは、東アジアの中で沖縄はどのような位置にあるのだろうか。
沖縄の那覇から台北までの距離は620キロ、台湾海峡まで750キロと、沖縄本島は日本本土よりはるかに台湾に近い。また、北京まで1860キロ、中国海軍の北海艦隊の司令部がある青島まで1300キロ、中国の特別行政区である香港まで1430キロである。
一方、朝鮮半島までの距離は、北朝鮮のピョンヤンまで1440キロ、韓国のソウルまで1260キロの距離にある。
つまり、沖縄は、日本の安全保障上の脅威になるそれぞれの地域とほぼ等距離の位置にあり、台湾海峡に非常に近いことが指摘できる。将来、危機が予想される地域に対して、近過ぎず遠過ぎず、ほどよい距離に沖縄は位置しており、そこに緊急展開部隊である海兵隊を配備していれば、有事の際、迅速に危機に対処することが可能になるのである。太平洋戦争の際、沖縄が「太平洋の要石(かなめいし)」と呼ばれたのはこのためである。
また、沖縄の位置を地球規模で眺めてみよう。世界のいくつかの場所を中心に半径1万キロの円を描いてみる。地球は球体なので、平面の地図に同心円を描くと、波打つように表される部分がその範囲となる。すると、1カ所だけ、世界中のほとんどの地域をすっぽりと覆ってしまう都市がある。それはロンドンであり、ユーラシア大陸、アフリカ大陸、北アメリカ大陸の全域と南米の北半分がその範囲に収まる。かつての大航海時代、英国が7つの海を支配できたのは、英国が世界各地へアクセスしやすい場所に位置していたことと無関係ではない。
そして、ロンドンの次に、同じ同心円で世界の主要な地域を覆うことができる場所は、実は沖縄である。那覇を中心とする半径1万キロの範囲には、ユーラシア大陸のほぼ全域、オセアニア、アフリカの東半分、北米の西半分が含まれ、これほど世界各地へのアクセスが容易な地域は太平洋には他にない。
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一方、戦略拠点として知られる、インド洋のディエゴ・ガルシアは、確かにユーラシア大陸のほぼ全域とオセアニアを完全にカバーするが、北米、南米は範囲に含まれない。つまり、アジアと欧州、中東、アフリカをにらむ戦略拠点であることが容易に理解できる。
朝鮮戦争を招いたアチソンライン
それでは沖縄は地政学的に見た場合、日本の安全保障上、どのような意味を持っているのだろうか。
米国が第二次大戦後、太平洋西部に配置した防衛線は、かつて「アチソンライン」と呼ばれた。アチソンラインはハリー・トルーマン大統領のもと、国務長官に就任したディーン・アチソンが共産主義を封じ込めるために考案したもので、アリューシャン列島から宗谷海峡、日本海を経て、対馬海峡から台湾東部、フィリピンからグアムにいたる海上に設定された。アチソン国務長官は、この防衛線を「不後退防衛線」と呼び、もし、共産主義勢力がこのラインを越えて東に進出すれば、米国は軍事力でこれを阻止すると表明した。当時はランドパワーのソビエトが海洋進出を推し進めようとしていた時期であり、これを阻止するための米国の地政戦略がアチソンラインであった。
ただ、このアチソンラインには重大な欠陥があった。朝鮮半島の韓国の防衛や台湾の防衛が明確にされておらず、むしろこれらの地域を避けるように東側に防衛線が設定されていたため、誤ったメッセージを発信してしまった。北朝鮮が、このアチソンラインの意味を読み誤り、米国が朝鮮半島に介入しないと解釈したことが朝鮮戦争の引き金をひくことになったというのが定説である。
このように、はなはだ評判の悪い防衛線ではあったが、現代でも米国は海軍の艦艇をこのアチソンラインに沿った海域に定期的に展開させており、海上の防衛線と言う意味では、アチソンラインはいまだに米国の安全保障戦略の中に息づいていると言ってよい。
ただ、現代では、韓国と台湾はいずれも米国の防衛の対象とされているから、現代の「新アチソンライン」は、アリューシャン列島から宗谷海峡、朝鮮半島の中央を突き抜けて、東シナ海から台湾海峡を通り、南シナ海へ抜けるルートであると解釈すべきだろう。実際、米国の海軍艦艇は、現代でも、この線の東側で活動するのが一般的であり、西側に進出することはほとんどない。
日米と中国の利害ぶつかる海域
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一方、これに対抗して中国が1990年代に設置した防衛線が、第一列島線と第二列島線である。第一列島線は、九州を起点として南西諸島、台湾、フィリピン、ボルネオ島に至る防衛線であり、中国は有事の際、第一列島線より西側は中国が支配することを狙っているといわれている。一方、第二列島線は、伊豆諸島から小笠原諸島、グアム、サイパン、パプアニューギニアに至る防衛線であり、中国は有事の際、第二列島線より西側に、米国の空母攻撃部隊を接近させない方針だといわれている。
つまり、米国の防衛線、新アチソンラインよりはるか東側に中国は二重の防衛線を設置していることになる。この米国の新アチソンラインと中国の2つの列島線に挟まれた海域こそ、日米と中国の利害が真っ向から衝突する海域ということになる。
そして、この海域には、日本の生命線であるシーレーンが集中している。シーレーンは中東方面から物資を日本に輸送する船が航行する海上交通路であり、日本の輸入する原油の90パーセント近くが、中東からシーレーンを通って運ばれてきている。
シーレーンは、インドネシア周辺のマラッカ海峡から南シナ海を経由して、バシー海峡から太平洋に入り、南西諸島の東側に至り、日本本土に達するルートか、もしくは、インドネシアのロンボク海峡から、フィリピンの東側の太平洋を北上して、南西諸島に通じる遠回りのルートの2つがあるが、いずれも南西諸島の東沖で合流し、日本本土へ達する。つまり、南西諸島の東側の海域は、日本のシーレーンが集中する海域であり、日本の死活的利益がここにある。
そして、まさにその海域で米国の防衛線と中国の防衛線が向かい合っているのである。米国の新アチソンラインは南西諸島のすぐ西側を台湾海峡に向かって南下し、これに対する中国の第一列島線は、まさに南西諸島そのものに設置されている。
南西諸島は、日本の九州から台湾にかけて連なるおよそ1200キロに及ぶ長大な島嶼群だが、そのほぼ中央に沖縄本島が位置し、そこに米軍基地が集中しているのである。つまり、日本の生命線の中心に米軍は駐留していることになる。
このように、地政学的に見た場合、沖縄を中心とした南西諸島周辺は、日本にとってシーレーンが集中する戦略的要衝であると同時に、米国と日本という太平洋の二大海洋国家・シーパワーと、中国という新興の内陸国家・ランドパワーのせめぎ合いの場であり、その中心に位置する沖縄がいかに日本や米国にとって重要な戦略拠点であるかはこれ以上の論を俟(ま)たないであろう。
そして、その戦略的価値は将来、沖縄の米軍基地が大幅に縮小されることはあっても、ほとんど変わることはないだろう。大陸と海を結ぶ玄関口に沖縄があるからである。
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