オピニオン:
アベノミクス復活の条件
ロバート・フェルドマンモルガン・スタンレーMUFG証券 シニアアドバイザー
[東京 3日] - 足元で広がるアベノミクスに対する不安を解消し、日本経済を持続成長軌道に復帰させるためには、安倍政権は新たに7つのシグナルを発信する必要があると、モルガン・スタンレーMUFG証券のシニアアドバイザー、ロバート・フェルドマン氏は述べる。
中でも重要なのは、経済成長の足かせとなっている硬直的な労働市場の改革であり、具体的には正社員解雇に関する透明性のある公正な金銭的解決ルールの整備と、ホワイトカラー労働者に対する労働時間規制の適用除外が柱になるべきだと説く。
同氏の見解は以下の通り。
<安倍政権は「危機」局面に突入>
政府による改革速度と経済成長率の関係について、私はこれまで「CRIC(クリック)」サイクルと名付けた独自のメカニズムを用いて分析してきた。CRICとは、Crisis(危機)、Response(反応)、Improvement(改善)、Complacency(怠慢)の頭文字を取ったもので、自民党・安倍政権の現状は「危機」局面にあると考える。
民主党政権時代の「危機」局面を引き継いだ安倍政権は、始動するや否や、改革重視の政策路線に向けてアクセルを踏むことで「反応」「改善」局面を突き進んだが、2016年前半辺りから旧来の自民党的な調整型政治の色彩が次第に濃くなり、「怠慢」局面入りした。
恐らくは、2014年春の消費増税後の景気落ち込みを乗り越え、株価や成長率が戻り始めたことで、油断ないしは慢心してしまったのだろう。そのツケは大きく、昨年7月の東京都知事選での自公推薦候補の敗北、今年7月の東京都議選での自民大敗などを経て、明らかに「危機」局面入りしてしまった。
大事なのは、ここからの「反応」局面だ。再び経済ファンダメンルズを改善させるような改革に乗り出す必要があるが、それができなければ、景気が回復したとしても持続はできないだろう。
<労働市場改革は仕切り直しを>
では、具体的に必要な改革とは何か。私は大きく分けて、1)労働市場改革の仕切り直し、2)規制改革と民営化の加速、3)審議会の少数精鋭化など合理的な政策決定システムの再構築、4)政策決定・運用プロセスの透明性向上策、5)より大胆な法人減税、6)予算支出の再配分、7)内閣改造後の経済優先姿勢、の7つのシグナルを新たに発する必要があると考える。
特に重要なのは労働市場改革だ。なぜかと言えば、労働市場の硬直性が日本経済の潜在成長力を損ねている大きな要因であり、少子高齢化が急速に進む中で、この問題が今後ますます経済の重い足かせとなっていくことが予想されるからである。
私がとりわけ問題視しているのは、労働市場の既得権益側であるインサイダー(大企業の正社員)と、その外側にいるアウトサイダー(中小企業の正社員、企業規模にかかわらず全ての非正規社員)の二重構造だ。この構造が温存されている限り、今回のように長期にわたる景気回復局面でも賃金上昇圧力は限定的なものになるだろう(文末の注釈参照)。
この点を改革し、柔軟かつ効率的な労働市場を作り上げるためには、主に2つのアクションが必要だ。第1に、正社員解雇に関する透明性のある公正な金銭的解決ルールを整備すること。第2に、ホワイトカラー労働者を、労働時間規制の適用から除外することだ(ホワイトカラー・エグゼンプション制度)。
これらの改革案に対する、「首切り自由法案」「残業代ゼロ法案」といった批判は、問題の本質を見誤っている。例えば前者については、正社員雇用を柔軟に調整できないことが、企業が正社員を増やすことに躊躇(ちゅうちょ)している理由であることを直視すべきだ。既得権益化した(特に大企業の)正社員雇用システムは、企業や経済の競争力を損ね、ゾンビ化を招いてしまっている。
むしろ、公正かつ透明性の高いルールの下、解雇の際に一定額の補償金を支払う法的義務を企業側に負わせ、そのうえで正社員労働市場の流動性を高めれば、労働市場全体では、正社員雇用は増え、非正規雇用は減り、賃金にも上昇圧力がかかりやすくなるはずだ。
一方、後者のホワイトカラー・エグゼンプションは、先述した二重構造問題とは直接関係ないが、労働市場の柔軟性を高めるだけでなく、大きな社会問題となっている長時間労働への合理的な解決策にもなり得る。
労働時間と成果が直接結びつかない仕事は増えている。ホワイトカラーを労働時間規制から解き放てば、逆に短い労働時間でたくさん稼ぐインセンティブが高まるはずだ。それが、技術革新を背景に経済のサービス化、ソフト化が進んだ時代に適した働き方でもあるし、ひいては日本企業の国際競争力にも資することになろう。
ちなみに、今秋の臨時国会に提出されると報じられている働き方改革関連法案のベースとなる働き方改革実行計画(働き方改革実現会議が3月決定)は、長期間労働の是正策(罰則付き時間外労働の上限規制導入)が最大の目玉であり、解雇の金銭解決ルールや全面的なホワイトカラー・エグゼンプション制度導入への言及が一切ない。その後、報道によれば、後者については、高年収の専門職に対象を限る形で、働き方改革関連法案と一本化される方向だというが、導入するならば年収制限は外すべきだ。
いずれにせよ労働時間規制の強化を進めるだけでは、企業側は正社員雇用に関する負担増だけを背負い込むことになり(新規制対応のソフトウェア整備だけでも膨大な金額に上る)、正社員雇用意欲は削がれる可能性がある。その結果、非正規雇用が増えれば、賃金には低下圧力がかかる。
また、働き方改革実現会議の案では、行政機関(労働局や労基署、厚労省)の人員増強が必要になるため公的部門が肥大化し、「小さな政府」を目指す改革路線からは逸脱していく可能性がある。もちろん、ホワイトカラー・エグゼンプション制度導入で、長時間労働が必要になるケースも考えられる。ただし、管理監督の強化は主に公的機関の陣容拡大によってではなく、各企業の内部通報システム整備など民間側の取り組みによって実現されるべきだろう。
そもそも行政裁量が拡大すれば、官僚と個別企業間の水面下の取引や政治家の介入なども招きかねない。公平性や効率性の面で、欠陥の多い改革案と言わざるを得ない。安倍首相には、働き方改革実現会議の案を全面的に見直すぐらいの覚悟で、労働市場改革を仕切り直してもらいたい。その際、既得権益側である連合や経団連の合意ありきではなく、刷新した小規模な会議で進めることが肝要だ。
<成長重視の予算再配分が急務>
もう1点、7つのシグナルの中で特に強調したいのは、社会保障関連(医療、年金、福祉、介護、失業)向け歳出から成長支援(研究開発、エネルギー、インフラ、教育など)向け歳出への予算支出の再配分だ。もちろん、安倍政権は歴代政権と比べて、その方向へ進めるそぶりをより強く示しているが、実際の行動が十分に伴っているとは言い難い。
例えば、国民経済計算をもとに一般政府部門(国、地方、社会保障基金の連結ベース)の歳出総額を見ると、後者の成長支援を含む営業歳出は2000年の83兆円から2015年には81兆円まで減少したが、社会保障歳出は79兆円から113兆円まで膨張している。
もちろん、高齢化の進展で後者が膨らむのは避け難いが、あまりにも不均衡が拡大し過ぎだ。せめて、社会保障歳出の伸び率を名目国内総生産(GDP)成長率の2分の1にとどめる努力をする一方で、営業歳出は名目GDP成長率と同程度まで伸びを許容するような発想が必要だろう。そうすれば、社会保障歳出額は増加してもGDPに占める割合は低下する。
一部には、金融政策の次は財政政策の出番であり、政府支出拡大によって2%インフレと成長を目指すべきだといった声も聞こえるが、無計画な財政拡大が持続成長をもたらすことはない。そもそも、2%インフレ達成後に財政政策を正常化させれば、緊縮財政になるだけだ。ただ一方で、「将来の財政危機を避けるために、今、大規模な歳出削減と大増税をしなければならない」と言ったところで、国民がついてこないのも不都合な真実だろう。
安倍政権に求められているのは、どだい無理な話をすることではなく、潜在成長率の向上を目指し、労働市場や成長分野に関わる規制改革を着実に進め、同時に上述したような成長重視の予算再配分のグランドデザインを示すことだ。それができなければ、次に世界的な経済危機が訪れたとき、日本は経済的・財政的持続性を維持できないと海外の投資家に判断されてしまう恐れがある。
注:GDP統計などを用いて総報酬の前年比伸び率を私なりに試算すると、2017年3月時点では約2%上昇しており、勤労統計などを見て「賃金はあまり上がっていない」とする意見には同意できない。だが、それでも適切な労働市場改革が実行されれば、日本の賃金はもっと上がる余地がある。
*ロバート・フェルドマン氏は、モルガン・スタンレーMUFG証券のシニアアドバイザー。国際通貨基金(IMF)、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券などを経て、現職。米マサチューセッツ工科大学(MIT)経済学博士。
*本稿は、ロバート・フェルドマン氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトのアベノミクス特集に掲載されたものです。
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http://jp.reuters.com/article/opinion-abenomics-feldman-idJPKBN1AI07B
2017年8月4日 森信茂樹 :中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員
内閣改造後のアベノミクスに制御不能のインフレ、円安の懸念
7月の経済財政諮問会議 Photo:首相官邸HP
安倍第3次改造内閣が発足した。目新しさは特に見当たらないが、注目は、政権が、急降下した支持率を回復するために、今後どのような経済・財政政策をとってくるのかという点だ。
全体的なストーリーとしては、「金融政策」が手詰まりにあることから、支持率回復を目指す「財政政策」に重心がシフトすると考えられる。財政赤字が先進国ではすでに最悪の状況、一方で景気回復が続き完全雇用の状態で、財政のアクセルをふかすとどういうことになるのか。
消費増税は3度目の先送りか
「教育無償化」で国債増発
財政シフトでまず考えられるのは、具体的には、2019年10月に予定されている消費税率10%への引き上げの3回目の延期である。
延期が問題なのは、単に経済政策上の理由からだけではない。
10%引き上げの際には同時に軽減税率が導入されることになっているが、これについては、軽減品目とそうでない品目との仕分けや納税手続きが煩雑になることなどからスーパー業界、税理士会、青色申告会などが依然として反対している。
筆者も納税義務者(事業者)・消費者・税務当局の全員にコストを負わせる軽減税率の導入は廃止すべきという立場である。消費増税引延ばしは、この問題の先送りにつながる。
また、軽減税率導入のためには1兆円の恒久財源を探さなければならない(法律に明記されている)が、増税を嫌う安倍政権が1兆円規模の増税を行うとは考えられない。
消費増税の先送りは、短期的には、マクロ経済へのマイナスを避ける効果があるかもしれないが、その効果は長続きしない。
株式市場などは、増税先延ばしをほとんど織り込んでおり、それによる株価の上昇も期待できない。
むしろ、前回の本コラム(7月26日)で書いたように、国家の歳入(税収)構造が変わりつつある中で、社会保障の財源を消費増税により確保していくという政策を中断することのマイナス効果、つまり必要な社会保障はきちんと手当てして国民の将来不安を解消する、というメッセージが発せられないことのデメリットの方が大きい。
次に財政政策として、補正予算も含めた歳出増による需要喚起策が考えられる。
公共事業の追加は、効果も限定的で、国民のイメージが悪いことからすると、追加措置の主体は、子育てや教育の分野になるのではないか。
教育で改憲の突破口狙う
景気拡大局面に真逆の財政出動
すでに「教育国債」の発行による教育無償化に向けて、自民党で具体的な議論が行われてきている。教育国債に対する合意は得られていないものの、議論としては根強いものがある。
この問題が厄介なのは、「維新と組んで憲法改正を発議する」という戦略と絡んでいることである。支持率急降下で、憲法改正に向けてのハードルは高くなったとはいえ、安倍政権の最大関心事がそこにあることには変わりないだろう。
つまり、憲法9条の改正だけでは国民はついていかない。そこで出てくるのが教育の無償化という、国民の多くが賛成する(反対しない)改正項目である。維新を取り込むうえでも、それは必要だ。
だが教育無償化は、財源さえ確保できれば、何も憲法を変える必要はない。
このことは、法学者ならずとも常識的に考えればわかるはずだが、安倍政権は、これを一つの突破口にする可能性がある。
しかし教育国債という赤字国債の安易な発行を認めれば、確実に財政規律は取り返しのつかないほど緩んでしまう。
しかもこうした財源論の前に、なぜ教育が無償である必要があるのか、重点は幼児教育か高等教育なのか、奨学金の給付の仕方を変えるのではだめなのか、これで格差問題が本当に解消するのかなど、様々な論点で、国民的な議論を深めることが先ではないか。
また、団塊の世代がすべて75歳以上になる2025年にむけて、ただでさえ膨張する社会保障費をいかに抑え、負担が有効に使われるようにすることが必要となる。
数の多い高齢者の利害が優先されがちなシルバー民主主義からの脱却が求められる中、社会保障の効率化を行うことなく教育無償化、というのでは、財政規律は吹っ飛んでしまう。
景気回復局面が長く続き失業率などがバブル期並みに低下している現在、追加財政政策というのは、真逆の政策といえよう。
財政拡張のツケは日銀が背負う
政府は「アコード」を守れ
では金融政策はどうなるのか。
これは安倍政権の政策というより日本銀行の政策だが、安倍政権(官邸)は、今回の人事で退任する緩和慎重派の2人の審議委員に替えてリフレ派の審議委員に送りこんだ。 政権の意向を、彼らが「忖度」する形で緩和策が維持されるだろうということが、おのずから見えてくる。しかしリフレ的な金融政策が行き詰まっていることは、もはや誰の目にも明らかだ。
日銀は、拡張的な財政政策が行われても、財政規律が弛緩しても、その影響が国債市場に現れないように、イールドカーブコントロールなどで長期金利を抑え込もうとするだろう。しかし、このような財政・金融政策は、ますます将来のハイパーインフレーションへのマグマをため込むだけではないか。
3度目の消費増税先送りが行われ、財政追加策が行われて、国債が増発されても、、日銀が国債購入を続けることで国債市場の価格形成が歪められ、本来、市場が発すべき「警戒警報」が鳴らない。
完全雇用の下で、こうした拡張的な財政政策が続くと、いずれインフレが制御できなくなり、所得分配や資源分配がさらに歪められる。
原点に返って考えるには、2013年1月、政府と日銀との間で結ばれた「アコード」をもう一度思い返すことではないか。
この「約束」では、政府は、構造改革と財政再建(正確には、「財政運営に対する信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立するための取組を着実に推進する。」)を、日銀は2%のインフレターゲットの実現を、という役割分担を明確に定めている。
これに対して、日銀が14年10月末に追加金融緩和を行った翌11月、安倍政権は1回目の消費増税の先送りをするという、いわば“約束違反”をした。
その後、国民の信任を得るとして衆議院を解散・総選挙を行い、自民党は大勝したが、そこから日銀は、安倍政権の拡張的財政政策のツケを、すべて背負い込むことになった。「異次元緩和」を進めるという名分のもとでの大量の国債購入やマイナス金利政策である。
日銀のこうした政策が、市場や投資家から明らかな「財政ファイナンス」とみなされれば、一気に日銀の信頼性は失われ、国債は暴落(長期金利は上昇)し、さらには円に対する信任も失われるので、円安となる。
公的債務への懸念が長期金利の上昇圧力と円安への圧力を生み出すので、日本は否が応でもハイパーインフレーションの道に進んでいく。
円安でインフレが生じると、長期金利にはさらなる上昇圧力がかかり、これを日銀が無理やり国債購入などで抑え込もうとすると、実質金利の低下を通じさらなる円安となって、インフレのスパイラルが生じるのである。
結論を言えば、本来、目指すべきは、低成長でも持続可能な社会保障と財政制度の再構築である。
そのためには、歳入面では消費税を主体とした税構造に変えることと富裕高齢層への増税のパッケージ、歳出面では社会保障、とりわけ年金支給開始年齢の引き下げ、医療・介護の効率化を図りながら、勤労世代や教育に必要な分野への重点のシフトを進めることである。
(中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員 森信茂樹)
http://diamond.jp/articles/-/137488
コラム:狂うCPI上昇の筋書き、背景に高齢化も
村嶋帰一シティグループ証券 チーフエコノミスト
[東京 3日] - このところ、個人消費に底堅さが出ている。国内総生産(GDP)ベースの実質個人消費は1―3月期に前期比0.3%増加、14日に発表される4―6月期もはっきりと増加した可能性が高い(コンセンサス予想は0.5%増)。
雇用・所得環境の改善やそれに伴う消費者センチメントの持ち直し、株高に伴う資産効果などが個人消費を押し上げているとみられる。
<個人消費は雇用者報酬ほど伸びない>
とはいえ、今年1―3月期の実質個人消費の水準を、2014年4月の消費増税前の2013暦年平均と比較すると、依然として0.4%下回っている。一方、今年1―3月期の実質雇用者報酬は2013暦年平均をすでに2.1%も上回っている。雇用者報酬の増加のわりに、個人消費が伸びないという傾向が読み取れる。
この背景としては、まず、税・社会保障負担の増加が重しとなり、可処分所得が雇用者報酬ほどには伸びなかったことが指摘できる。ただ、先行きを展望すると、家計を巡る大型の税・社会保障負担の増加はすでに一巡しており、この点からみれば、雇用者報酬と可処分所得の伸びのギャップは縮小する可能性がある。
雇用者報酬が伸びる中で、個人消費の足取りが緩慢だったもう1つの理由として、年金生活者の存在(あるいはその比重の高まり)が指摘できる。年金生活者は、直接的に雇用・所得環境の改善の恩恵を受けられない上に、政府による年金給付削減の打撃を受けてきた。
数字で確認すると、名目年金給付額は2013年度に(正確には10月から)1.0%、さらに2014年度にも0.7%削減された。これは、2000年度から2002年度にかけて、物価下落にもかかわらず、特例法でマイナスの物価スライドを行わずに年金額を据え置いたことに伴う「払い過ぎ」(特例水準)を解消したことによるものである。
一方、消費者物価指数(CPI、総合)は、2013年度に前年比0.9%、2014年度には2.9%上昇した。2013年度の上昇は、日銀による量的質的金融緩和の導入に前後した円安ドル高を主因としており、2014年度は、それに消費増税の影響が加わった。
以上の結果、年金生活者の実質購買力は2013年度に1.9%、2014年度には3.6%低下したことになる(年金額の変化率−インフレ率)。その後、2015年度は0.7%上昇したが、2016年度はほぼ横ばい、2017年度は小幅減にとどまっており、現時点の年金生活者の実質購買力は2012年度を約5%下回っていると試算される。この点が、上で述べた雇用者報酬と個人消費のギャップを生み出す一因になった可能性が高い。
われわれエコノミストは、家計部門を代表するのは雇用者であり、彼らを巡る雇用・所得環境が個人消費の動きを規定すると考えがちである。ただ、年金生活者数の雇用者数に対する比率はすでに70%に達しており、少子・高齢化が続く中、「雇用者=家計部門の代表」という理解はすでに正確性を欠いているとみられる(1990年代後半はこの比率が約50%だった)。個人消費の動向を理解・予測する上では、雇用者に加えて、年金生活者の状況を正確に把握する必要性が高まっている。
<年金生活者の実質購買力は今後も低下へ>
年金生活者が個人消費の重しになるという構図は今後も続く可能性が高い。政府は近年、年金財政の持続可能性を高めるため、年金給付の抑制措置を導入・強化してきた。その代表として、マクロ経済スライド(現役被保険者の減少と平均余命の伸びに基づいて年金額を減額する仕組み)があげられる。
また、政府は昨年12月、マクロ経済スライドの適用を拡大すると同時に、賃金変動が物価変動を下回る場合に、賃金変動に合わせて年金額を改定する考え方を強化する法案を可決した。
現在の制度を前提に、1)CPIは今後、毎年1%ずつ上昇する、2)現役世代の1人当たり賃金も同じく1%ずつ上昇する、という機械的な仮定をおいて、今後の年金改定率を計算したところ、2017年度実績のマイナス0.1%の後、2018年度以降、2025年度までは名目で据え置きが続くという結果になった。この場合、実質購買力は毎年1%ずつ低下し、2025年度までの累計では8.5%も低下する。
こうした厳しい見通しは、現役世代にも大なり小なり理解されている可能性が高いように思われる。政府は、年金財政の持続可能性を高め、現役世代の年金制度への信頼を取り戻すために、給付抑制措置を導入・強化してきたのだが、それが現役世代の老後不安を強め、貯蓄率の上昇を通じて、個人消費に下押し圧力を及ぼしてきた可能性がある。「意図せざる帰結」を招いたように見受けられる。
以上の考察は、現役世代の雇用・所得環境の改善ほどには個人消費が増加しないという構図が今後も続く可能性を示唆している。日銀は、雇用・所得環境が改善すれば、個人消費が持ち直し、さらにそれがCPIを押し上げていくと想定してきた。ただ、日本の家計部門を巡る現況は、より複雑なものになっているように思われる。
<需給ギャップ縮小を過大評価すべきでない>
日銀は、7月の展望レポートの中で、2%のインフレ目標が達成されると見込まれる時期を従来の「2018年度頃」から「2019年度頃」にいとも簡単に先送りした。ただ、それでも、「2%の物価安定の目標に向けたモメンタムは維持されている」と指摘、その中心的論拠として、マクロ的な需給ギャップ(実際のGDPの潜在GDPからのかい離率)が改善していくことをあげた。
ただ、仮に需給ギャップの改善が続いたとしても、それが輸出主導(あるいは設備投資主導)によるもので、個人消費のよりはっきりとした回復を伴わない場合、家計向けの財・サービス価格であるCPIに働き掛ける力は限定的にとどまる可能性がある。ここでは触れないが、この点は統計的にもある程度、確認することができる。単なる需給ギャップの動向以上に、個人消費が今後の物価動向を占う上で重要になっているのだ。
本稿で議論した通り、年金生活者の実質購買力の低下が足かせとなることで、個人消費の回復が現役世代の雇用・所得環境の改善を下回り続けるとすれば、需給面からCPIを押し上げる力は緩慢なものにとどまり、CPIの伸びは需給ギャップから示唆されるよりも小幅となろう。
*村嶋帰一氏は、シティグループ証券調査本部投資戦略部マネジングディレクターで、同社チーフエコノミスト。1988年東京大学教養学部卒。同年野村総合研究所入社。2002年日興ソロモン・スミス・バーニー証券会社(現シティグループ証券)入社。2004年より現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。
(編集:麻生祐司)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
ドル安ゆえに現実味増すドル円上昇シナリオ=高島修氏
筆者の年初のドル円相場見通しは、118円台は天井圏で、春先にかけて108円台へ下落。その後、半年ほどは110円前後を中心にレンジ相場を形成し、年末辺りから上昇基調に復帰するというものだった。 記事の全文
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<個人消費は雇用者報酬ほど伸びない>
とはいえ、今年1―3月期の実質個人消費の水準を、2014年4月の消費増税前の2013暦年平均と比較すると、依然として0.4%下回っている。一方、今年1―3月期の実質雇用者報酬は2013暦年平均をすでに2.1%も上回っている。雇用者報酬の増加のわりに、個人消費が伸びないという傾向が読み取れる。
この背景としては、まず、税・社会保障負担の増加が重しとなり、可処分所得が雇用者報酬ほどには伸びなかったことが指摘できる。ただ、先行きを展望すると、家計を巡る大型の税・社会保障負担の増加はすでに一巡しており、この点からみれば、雇用者報酬と可処分所得の伸びのギャップは縮小する可能性がある。
雇用者報酬が伸びる中で、個人消費の足取りが緩慢だったもう1つの理由として、年金生活者の存在(あるいはその比重の高まり)が指摘できる。年金生活者は、直接的に雇用・所得環境の改善の恩恵を受けられない上に、政府による年金給付削減の打撃を受けてきた。
数字で確認すると、名目年金給付額は2013年度に(正確には10月から)1.0%、さらに2014年度にも0.7%削減された。これは、2000年度から2002年度にかけて、物価下落にもかかわらず、特例法でマイナスの物価スライドを行わずに年金額を据え置いたことに伴う「払い過ぎ」(特例水準)を解消したことによるものである。
一方、消費者物価指数(CPI、総合)は、2013年度に前年比0.9%、2014年度には2.9%上昇した。2013年度の上昇は、日銀による量的質的金融緩和の導入に前後した円安ドル高を主因としており、2014年度は、それに消費増税の影響が加わった。
以上の結果、年金生活者の実質購買力は2013年度に1.9%、2014年度には3.6%低下したことになる(年金額の変化率−インフレ率)。その後、2015年度は0.7%上昇したが、2016年度はほぼ横ばい、2017年度は小幅減にとどまっており、現時点の年金生活者の実質購買力は2012年度を約5%下回っていると試算される。この点が、上で述べた雇用者報酬と個人消費のギャップを生み出す一因になった可能性が高い。
われわれエコノミストは、家計部門を代表するのは雇用者であり、彼らを巡る雇用・所得環境が個人消費の動きを規定すると考えがちである。ただ、年金生活者数の雇用者数に対する比率はすでに70%に達しており、少子・高齢化が続く中、「雇用者=家計部門の代表」という理解はすでに正確性を欠いているとみられる(1990年代後半はこの比率が約50%だった)。個人消費の動向を理解・予測する上では、雇用者に加えて、年金生活者の状況を正確に把握する必要性が高まっている。
<年金生活者の実質購買力は今後も低下へ>
年金生活者が個人消費の重しになるという構図は今後も続く可能性が高い。政府は近年、年金財政の持続可能性を高めるため、年金給付の抑制措置を導入・強化してきた。その代表として、マクロ経済スライド(現役被保険者の減少と平均余命の伸びに基づいて年金額を減額する仕組み)があげられる。
また、政府は昨年12月、マクロ経済スライドの適用を拡大すると同時に、賃金変動が物価変動を下回る場合に、賃金変動に合わせて年金額を改定する考え方を強化する法案を可決した。
現在の制度を前提に、1)CPIは今後、毎年1%ずつ上昇する、2)現役世代の1人当たり賃金も同じく1%ずつ上昇する、という機械的な仮定をおいて、今後の年金改定率を計算したところ、2017年度実績のマイナス0.1%の後、2018年度以降、2025年度までは名目で据え置きが続くという結果になった。この場合、実質購買力は毎年1%ずつ低下し、2025年度までの累計では8.5%も低下する。
こうした厳しい見通しは、現役世代にも大なり小なり理解されている可能性が高いように思われる。政府は、年金財政の持続可能性を高め、現役世代の年金制度への信頼を取り戻すために、給付抑制措置を導入・強化してきたのだが、それが現役世代の老後不安を強め、貯蓄率の上昇を通じて、個人消費に下押し圧力を及ぼしてきた可能性がある。「意図せざる帰結」を招いたように見受けられる。
以上の考察は、現役世代の雇用・所得環境の改善ほどには個人消費が増加しないという構図が今後も続く可能性を示唆している。日銀は、雇用・所得環境が改善すれば、個人消費が持ち直し、さらにそれがCPIを押し上げていくと想定してきた。ただ、日本の家計部門を巡る現況は、より複雑なものになっているように思われる。
<需給ギャップ縮小を過大評価すべきでない>
日銀は、7月の展望レポートの中で、2%のインフレ目標が達成されると見込まれる時期を従来の「2018年度頃」から「2019年度頃」にいとも簡単に先送りした。ただ、それでも、「2%の物価安定の目標に向けたモメンタムは維持されている」と指摘、その中心的論拠として、マクロ的な需給ギャップ(実際のGDPの潜在GDPからのかい離率)が改善していくことをあげた。
ただ、仮に需給ギャップの改善が続いたとしても、それが輸出主導(あるいは設備投資主導)によるもので、個人消費のよりはっきりとした回復を伴わない場合、家計向けの財・サービス価格であるCPIに働き掛ける力は限定的にとどまる可能性がある。ここでは触れないが、この点は統計的にもある程度、確認することができる。単なる需給ギャップの動向以上に、個人消費が今後の物価動向を占う上で重要になっているのだ。
本稿で議論した通り、年金生活者の実質購買力の低下が足かせとなることで、個人消費の回復が現役世代の雇用・所得環境の改善を下回り続けるとすれば、需給面からCPIを押し上げる力は緩慢なものにとどまり、CPIの伸びは需給ギャップから示唆されるよりも小幅となろう。
*村嶋帰一氏は、シティグループ証券調査本部投資戦略部マネジングディレクターで、同社チーフエコノミスト。1988年東京大学教養学部卒。同年野村総合研究所入社。2002年日興ソロモン・スミス・バーニー証券会社(現シティグループ証券)入社。2004年より現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。
(編集:麻生祐司)
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実質賃金、3カ月ぶり減少=6月の毎月勤労統計
[東京 4日 ロイター] - 厚生労働省が4日発表した6月の毎月勤労統計調査(速報)では、名目賃金に当たる現金給与総額が前年比0.4%減の42万9686円だった。実質賃金は0.8%減で3カ月ぶりに減少したが、厚労省は「賃金は基調として緩やかな増加傾向にある」としている。
給与総額のうち、所定内給与は前年比0.4%増の24万2582円と3カ月連続で増加した。一方、所定外給与は同0.2%減の1万9001円と、2カ月ぶりに減少した。
http://jp.reuters.com/article/wage-data-june-idJPKBN1AK003
ドイツが南欧に後れを取る、総合PMIで12年ぶり−ユーロ圏全体55.7
Alessandro Speciale
2017年8月3日 18:45 JST
ドイツの総合PMIは10カ月ぶり低水準、12年ぶりに仏伊西を下回る
PMIは四半期ベースの独成長率を0.4−05%と示唆
ドイツの景気は7月に先の見積もりよりも減速し、他のユーロ圏の経済大国に後れを取ったことが明らかになった。
IHSマークイットが3日発表したドイツの総合購買担当者指数(PMI)改定値は54.7と、速報値の55.1から下方修正され、6月の56.4も下回った。10カ月ぶり低水準で、この12年余りで初めてフランスとイタリア、スペインに後れを取った。それでも今回の数値はドイツの四半期ベースの成長率が0.4ー0.5%と堅調になることを示唆している。
ユーロ圏全体の総合PMIは7月に55.7に低下したものの、今四半期も拡大ペースを維持する方向にある。IHSマークイットのチーフビジネスエコノミスト、クリス・ウィリアムソン氏は、「PMIは7月に成長ペースがやや減速したことを示唆したが、依然として勇気づけられる明るい見通しだ」と説明した。
原題:German Economy Lags Euro-Area Peers for First Time in 12 Years(抜粋)
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-08-03/OU3OQV6KLVR401
生産性を向上させる“都合のいい働き方”
“目的”ではなく“手段”とせよ。テレワーク導入が遅れる日本企業
BY Kayo Majima (Seidansha)
2017年5月、アメリカである大企業のニュースが話題を呼んだ。そのニュースとは、米IBMが同社の在宅勤務従業員に対して、退社もしくは地域別に定めたオフィスに通うかの選択を迫ったというもの。
4年前には米ヤフーもテレワークの縮小を宣言しており、テレワーク先進国であるアメリカの大企業がテレワークの廃止に方針を転換しつつあることが報じられた。そんななか、日本政府は率先してテレワークを推進し、普及率を上げようとしている真っ只中だ。果たして、米大企業の方針転換は日本にも影響するのだろうか?
「アメリカにおけるテレワークや在宅勤務は、週に5日間ずっと自宅で仕事をするケースが多いです。そもそも、オフィスから数100km以上も離れた場所に居住する社員は出社そのものが困難なので、そうせざるを得ないケースが多いです。米IBMや米ヤフーの場合は、滅多に出社しないテレワーカーの働き方をコラボレーションの観点から考え直すという話。そのため、日本で一般的な『週に1〜2日程度のテレワーク』とは、もともと性格が違うんです」
そう語るのは、情報通信総合研究所ソーシャルイノベーション研究部主任研究員・國井昭男氏だ。國井氏は、長年に渡りテレワークの研究を重ね、日本テレワーク学会の副会長も務めている。
「現在も、アメリカでは9割近い企業がテレワーク制度を導入しているので、テレワークの規模が縮小しているという状況ではないです。日本とは状況も目的も違うので、影響は少ないと考えられます」
国の事情はそれぞれ。すべてを他国になぞらえることはできないのだ。
国策とは裏腹、進まないテレワーク導入
政府は、2020年の東京オリンピック開会式の日である7月24日を2017年からテレワーク・デイと定め、参加企業を対象に一斉テレワークを実施するなど、その導入に力を入れている。しかし、実際のところテレワーク導入企業は増えているのだろうか?
総務省「通信利用動向調査」および国土交通省「テレワーク人口実態調査」をもとに國井氏が作成
「日本でのテレワークの普及には、2つの観点があります。ひとつは、テレワークを導入している企業はどれくらいあるのか、という企業ベースでの普及率。もうひとつが、ワーカー視点での普及率です。総務省が行った調査では、2016年のテレワーク導入企業は13.3%、国土交通省が行なったテレワーカー率は12.9%となっています。グラフを見てもわかるように、企業導入率はだいたい10%前後を推移していますね」
ちなみに、総務省の調査対象となっているのは、100人以上の従業員を抱える企業。一般的に、大きな企業はテレワークを含めた“働き方改革”に取り組んでいる比率は相対的に高いと想定されているので、全国の中小企業も含めた場合は、13.3%よりも低くなる可能性は高いとのこと。国策とは裏腹に、テレワークの普及はまだ余り進んでいないようだ。
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企業がテレワーク導入を拒む理由
テレワークという働き方を、すべての企業や人が歓迎しているわけではないことは、導入企業が13.3%という低い数字を見れば明らか。なにゆえ、これほどまで定着しないのだろうか。
「テレワークを導入していない企業に聞き取りをすると、圧倒的に多いのが『うちの仕事はテレワークではできない』という回答。いわゆる『適用業務範囲問題』ですね」
テレワーク制度を導入している企業であっても、社員側が制度を利用していないケースも。その理由の多くが「自分はヘッドオフィスでしかできない業務を担当しているから」となり、企業の回答と一致しているという。
それでは、実際にテレワークを導入している企業にとっても、「適用業務範囲」の問題が障壁となっているのだろうか?
「じつは、導入企業の多くは適用業務範囲が問題になっているというケースはほとんどありません。私の主観ではありますが、ホワイトカラーの業務はどの会社も大きな差があるとは思えないので、工場勤務などの場所の制約がない限り、ヘッドオフィスでのテレワークの導入は難しくないのでは、と考えられます」
適用業務範囲を始め、テレワークの導入を阻む要因として挙がる「労務管理」「情報セキュリティ」の問題についても、すでに克服できているテレワーク導入企業が多いという。ここで、あるテレワーク導入企業の例を見てみよう。
週に1日の在宅業務を採用した某社のケース
某社は、テレワーク導入前まで、週に10時間前後の時間外勤務が平均的だった。そこで、テレワークが可能な業務を週に1日の在宅勤務日に集約したところ、業務効率と生産性が向上し、時間外勤務の平均が週に6時間にまで削減することができたという。
「仕事には、自分ひとりで完結できる“自律的業務”と、誰かと一緒に進めなければならない、あるいは誰かと行なったほうが効率的な“非自律的業務”があり、日本の多くのサラリーマンはこの2つを会社で行なっていると思います。しかし、自律的業務はテレワークに切り替えたほうが、周囲にジャマされず短時間で効率的にこなすことができ、生産性が向上するという結果が出ています」
ただし、國井氏いわく「これはキレイな話」。実際に効果を上げるためには、テレワーク中の社員の業務の状況をきめ細かく把握し、マネジメントする業務が発生するため、中間管理職の負担が増えることを懸念する声も多い。
そして、テレワークを導入した企業には「コミュニケーション」と「生産性の担保」という課題が残る、と國井氏。
「会社にいなくても、適したツールを使えば対面での会話やテレビ会議も可能です。ところが、オフィスにいるときの“雑談”や“職場の雰囲気をつかむ”といったコミュニケーションは可視化が難しく、テレワーカーとヘッドオフィスの間で共有できない部分でズレが出てくる可能性は高いです」
また、テレワークのメリットとされている「生産性」についても、普及を阻む要因になっているケースもあるそう。
「テレワークを導入した企業の多くは『生産性が上がった』とおっしゃるのですが、じつは確証があるわけではないんです。日本の企業は、日頃から生産性を測っているわけではないので、テレワーク実施前のデータがなく、実施後と比較することができない。そのため『生産性の向上』について信用できる客観的なデータは少なく、テレワーク未導入の企業は懐疑的になっている、という意見はよく耳にします」
生産性が上がる保証もなければ下がる保証もない現状では、“失敗するくらいなら何もしない”ことを選ぶ企業が大半なのだ。
新型インフルエンザの流行がテレワーク導入のきっかけに?
まだまだ少数派ではあるものの、国策として進めていることもあり、テレワークに対する認識は変わってきている、と國井氏は語る。
「もともと日本におけるテレワークは、女性が結婚や子育てで退職してしまうことを防ぐという目的で始まった働き方なんです。企業が女性社員のために作った福利厚生策という面が強く、20世紀の初めまでは政府のテレワーク推進ポスターでも、母親が仕事をしながら赤ちゃんを抱いているようなイメージのものが少なくありませんでした」
長らく「テレワーク=女性のもの」というイメージが定着していたが、2006年発足の第一次安倍政権は「テレワークで生産性を高める」という政策を打ち出したという。
「当時のテレワークの概念からすれば、突き抜けた方針だったのですが、歴代の内閣の中で企業の生産性という観点からテレワークを推奨したのは安倍内閣だけ。現在の第二次安倍内閣でも、そのスタンスを保ちながら力を入れているので、広く国民に認識され始めたとも考えられます」
その後、新たな働き方としてワークライフバランスが注目を集めるなど、人々が“働き方”そのものに目を向けるようになった2009年。テレワークの導入企業率が19.0%にまで急上昇した時期があったという。
「じつは、2009年は新型インフルエンザが世界的に大流行した年なんです。当時は、新型インフルエンザの情報が少なく、多くの企業が『インフルエンザ患者が家庭にいる場合も出社停止』という措置を取り、それでは会社が回らなくなってしまうことで大騒ぎになりました。しかし、もともとテレワーク制度を導入していた企業は在宅勤務で乗り切ったと話題になったのです」
この一件から、テレワークの制度とツールを導入する企業が増加。その翌年には12.1%まで比率が下がってしまったが、新型インフルエンザが「テレワークに男女は関係ない」という考え方が広まるきっかけとなった。
「テレワークは女性のものという認識は変わりつつありますが、いまだにその見方を持っている人が多いことも事実。普及と定着には時間がかかるかもしれません。何より、テレワークを導入することが目的になっている企業が多く、それが普及を遅らせている可能性もあります」
テレワークの導入は“目的ではなく手段”と捉えることで、導入のハードルを下げることができるはず、と國井氏は語る。
「テレワークは生産性を高めたり、従業員が働きやすい企業をつくるための、ツールのひとつなんです。テレワークが企業に適していれば導入すればいいし、適していなければ導入しなければいいだけの話。それぞれのワーカーにとって、都合がいい働き方を選ぶことが、理想の働き方といえるのかもしれません」
まずは、すべての働く人たちが個人に合った働き方を選べる社会を目指すことが、テレワーク普及のカギとなる。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50704?page=4
Column | 2017年 08月 4日 08:21 JST 関連トピックス: トップニュース
コラム:シリコンバレー企業、雇用の「火の粉」対策
Gina Chon
[ワシントン 2日 ロイター BREAKINGVIEWS] - シリコンバレーの企業は、雇用問題で、トランプ米大統領の上を行こうとしている。
オンライン小売大手のアマゾン・ドットコム(AMZN.O)は、数万人規模のスタッフ採用を計画している。IT大手アルファベット(GOOGL.O)の慈善活動部門は、職業訓練団体に5000万ドル(約55億円)を寄付するという。
各企業がこうした計画を喧伝する背景には、一つには、自動化や人工知能(AI)の導入が進むにつれ、テクノロジー企業が雇用を奪っているとの批判が出ることへの懸念がある。
通商は、2016年の米大統領選でこうした批判の意外な標的となり、グローバル化の弊害の象徴として共和・民主両党から攻撃された。トランプ氏は、就任直後に環太平洋連携協定(TPP)からの離脱を決定し、北米自由貿易協定(NAFTA)からの離脱もちらつかせた。伝統的に通商を擁護してきた共和党や民主党中道派は、不意を突かれた。
テクノロジー企業は、似たような火の粉が降りかかるのを未然に防ごうとしている。アマゾンは2日、配送施設のフルタイムスタッフなど5万人の確保を目標に採用フェアを開催した。来年夏までに計10万人の採用を目指す。また同社は、需要の高い医薬品ラボテクノロジー、航空機整備などに関連する学位の取得を目指す時間給勤務スタッフの学費を負担している。
アルファベットの慈善活動部門Google.orgは先週、「変化する雇用の質」に対応するための訓練や研修を実施している組織に対し、5000万ドルを支援すると発表した。6月には、インターネット交流サイト、フェイスブック(FB.O)のシェリル・サンドバーグ最高執行責任者(COO)がデトロイトを訪問し、ソーシャルメディアを活用した無料のマーケティング講座を開くと発表した。マイクロソフト(MSFT.O)の慈善活動部門も同月、コロラド州の大卒資格のない人向けの職業訓練プログラムの拡張に2600万ドルを寄付した。
こうした企業は、自動化とAI分野の主要な担い手でもある。プライスウォーターハウス・クーパース(PwC)によると、ロボットの導入が進むことで、今後15年で米国の職業の40%近くが失われる可能性がある。AIにより無人運転が可能な車両や、人間に代わって仕事するソフトウエアが活用されれば、こうした変化は加速するだろう。
ネット関連の企業が、移り変わる雇用傾向に米政府よりも賢明な対応を取れることを示すのは、そう難しい話ではない。貿易問題の余波で職を失った人向けの政府のプログラムは、ほとんど効果がなかった。例えば、工場での職を失った女性向けに紹介されたのは、需要のある分野向けの訓練ではなく、美容師の職業訓練だった。
シリコンバレーの企業の目標はもっと明確だ。グーグルは、労働者支援のためテクノロジーを活用するプログラムに資金を出している。
テクノロジー企業はまた、小規模事業にプラットフォームを提供するなどして、経済の役に立っていることをアピールする広報キャンペーンも検討している。
前任者の時代に始まった採用計画を、自分の手柄として自慢するトランプ氏よりは信用度が高いといえる。だが、批判を避けるために、大統領のマネをして「手柄話」を吹かすことにも、誘惑がないとはいえないだろう。
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