インド伝統の透かし模様のピアスをつけたベラさん。金の宝飾品は母から娘へと受け継がれていく(撮影/伊ケ崎忍)
なぜインド人は熱心に金を買うのか? そこにある歴史の教訓とは〈AERA〉
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170711-00000058-sasahi-bus_all
AERA 2017年7月17日号
日本海にまた北のミサイルが着弾した。覇権国家アメリカでは“CNN”にラリアットする男が大統領だ。いつの世もリスクはつきものだが、いよいよニッポンもきな臭くなってきた。そんな時代に我が家の家計を、資産をどう守るか。AERA 2017年7月17日号では「中国とインドのお金を守る方法」を大特集。苦難を乗り越え今に至る、インドの「金投資」から知恵をいざ、学ばん。
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3千人ものインド人が暮らす「東京のリトルインド」、江戸川区西葛西にあるマンションの一室。繊細な刺繍が施された上品なサリー姿で出迎えてくれたベラさん(64)が「ほんの少しですけど」と言いながら、手持ちのジュエリーを見せてくれた。まばゆい光を放つ透かし模様のピアスや、ルビーなどと組み合わせた豪華な腕輪。ほぼすべてがゴールドだ。
「日本では、金のジュエリーをたくさんつけて出かける機会が少ないので、ほとんどはインドの家にあります。80以上はあるでしょうね」(ベラさん)
隣で、真っ白な長い顎髭をたくわえ、微笑みを浮かべているのは夫のジャグモハン・チャンドラニさん(64)。紅茶販売やレストラン経営などを手がける実業家で、西葛西のインド人コミュニティーの「顔役」でもある。
●儲けるという感覚ない
チャンドラニさんによれば、インド人にとって伝統的な資産防衛策は金の購入。来日39年のチャンドラニさんだが、金による資産防衛はずっと続けてきた。買うのは延べ棒ではなく、妻や2人の娘たちが使う耳飾りや腕輪など。誕生日や家族の記念日、ヒンドゥー教の祭りの日など何かにつけて買うという。
「インドの国民の6割は農民で、地域の祭りなども多い。だからインド人は毎月のように金を買う。もちろんどんなジュエリーが欲しいかを決めるのは女性たちで、男は言われるがまま、ハイハイと従うだけ(笑)」
それにしても、なぜインド人はそこまで熱心に金を買うのか。そう問うとチャンドラニさんの大きな目に心なしか力が入った。
「インドでは何千年という歴史の中で常に、外から異民族が侵入し、王様も代わってきました。為政者が代われば貨幣の価値もゼロになる。昨年は高額紙幣が突然廃止されました。凄まじいインフレも何度も経験した。でもどんなに政治情勢が変わろうと、金の価値が失われることはない。その教訓はインド人の身に染みついているのです」
最近ではダイヤモンドやプラチナに興味を持つ人も増えているが、圧倒的に信頼されているのはやはり金だという。
「いざという時、土地を持って走れますか? 銀行口座も封鎖されるかもしれない。でも金をジュエリーの形で持っていれば、すぐに身につけて逃げられます。現に私の両親は1947年のインド・パキスタン戦争の時、母が身につけて逃げた金のおかげで生き延びることができた」
インド人にとって金購入は保険のようなもので、儲けるという感覚はない。よほど困らない限り換金もしない。懐具合に応じてコツコツと、今でいう「純金積立」を何千年も続けてきたのだ。先祖代々受け継いでいくので、家族の歴史の証しにもなる。インドではどんなに田舎の貧しい農村にも金を売買できる店があり、特にヒンドゥー教最大の祭典「ディワリ」の初日はインド中の店が客でごった返すという。
一方で新たな動きも。5月末に発表された16年度の実質国内総生産(GDP)の伸び率が7.1%と3年連続で中国を上回るなど高い成長を続けるインド。牽引するのは活発な個人消費だが、主役は中間層だ。彼らの間では、株式や不動産も含めた分散投資が広まっているという。そんな事情を教えてくれたのはサンジーヴ・スィンハさん(44)。名門インド工科大学出身で、21年前に来日。ゴールドマン・サックス証券を経てTATAアセット・マネジメント日本代表を務めるなど資産運用のプロだ。
「インドでは国内の株をスマホで取引する人が増えている。為替リスクを負ってまで海外に投資しなくても、国内産業が成長している。株式専門チャンネルも日本より充実しています」
日本人との違いも強く感じる。「リスク分散への理解度」と「判断の主体性」だ。
「日本人は何事にも完璧主義で、リスクを取りたがらない」(スィンハさん)。元本割れするのが嫌だから預金しかしない。しかし「一つの資産に集中することこそリスク」と話す。
●皆で流れて皆で損する
なぜインド人はリスク分散に慣れているのか。スィンハさんは面白い見方を教えてくれた。
「インドでは、電車やバスが時刻表通りには来ないので、常に最善の場合と最悪の場合を想定し、自分の行動を決める癖がついています。日本人は『乗り換え案内』にお任せできる分ラクですけど、想定外の事態を考えることには慣れていませんね」
また他人の判断に流されやすいのも日本人の特徴とみる。
「日本人は儲かると聞くと、商品のことをよく知らなくてもみな一斉に買う。商品自体というより、知らずに買うことがハイリスクなんです。結果的にある時点でドーンと下がってみんな慌てて売って損をする。そして、『預金が一番』となってしまう」
「もっとリスク分散を」
対照的に、他人と同じことをするのを嫌い、自分独自の判断に自信を持っているのがインド人だとスィンハさんは言う。
「家族や友達同士でしょっちゅう株や資産運用について話します。小さい頃から、大人のそういう話を聞いているので、自然と知識も身につく」
スィンハさんは大の親日家。安くて高品質な物が手に入る日本は「資産を増やさなくても、しばらくは幸せに暮らせるかも」としつつ、こう言った。
「友人として、長い目で見れば、日本の人はもう少しリスク分散の考え方に慣れたほうがいいのではないですか」
(編集部・石臥薫子)