ほめられて嬉しい? 右がバーナンキ前FRB議長(撮影/朝日新聞経済部・藤田知也)
すれ違う、黒田日銀と市場の対話、かみ合わない「出口」戦略〈AERA〉
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170613-00000044-sasahi-bus_all
AERA 2017年6月19日号
金融緩和の「出口」に口をつぐむ日本銀行。説明を求める声は与党からも出るが、日銀が耳を貸す様子はない。
米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)の前議長、ベン・バーナンキ氏が日本銀行本店にやってきた。5月24日のこと。日銀主催の国際会議での講演で、こう語った。
「すべてがうまくいけば、今の日銀の緩和策でも物価目標の達成に十分かもしれない。物価の押し上げを放棄するなら、それは最も失望的な結末だ」
インフレターゲット(物価目標)の提唱者で知られるバーナンキ氏にそう持ち上げられて、会場にいた黒田東彦・日銀総裁は「うむ」と深くうなずいた。我が意を得たり、という思いなのだろう。
●2%未達あり得ない
「2年で実現する」と約束した2%の物価目標が4年を超えて達成できなくても、黒田総裁はまだまだ意気軒高だ。
5月10日に東京都内であった講演でも黒田総裁は「大切なことはやり遂げることだ」と強調した。それは、目標達成までは緩和の手を絶対に緩めない、という決意表明でもある。続く質疑では、物価上昇に懐疑的な見方をこうも牽制している。
「世界の中央銀行の間で、なかなか2%に達成しないから1%にしようという議論はありません。逆に3%とか、より高い物価目標を設定してデフレに陥らないようにすべきじゃないか、という議論さえあります」
2%へのこだわりが人一倍強い黒田総裁にとって、緩和の出口は物価目標の達成後の話でしかあり得ない。ただ、日銀は来年度に2%になるとの物価見通しを示すが、目標達成時期の見通しは4年間で5度も先送りした「前科」があるため、今やそれを信じる人は皆無に近い。これが出口の議論を複雑にしている。
出口論が熱を帯びてきたのは、与党内から説明を求める声が上がったのがきっかけだ。自民党行政改革推進本部(本部長=河野太郎・元行革担当相)が4月に首相官邸に出した提言が、こう警鐘を鳴らしたのだ。
<出口に直面した際、日銀は毎年数兆円規模の損失が発生すると指摘される。損失が想定外に拡大してしまうと、いよいよ日銀は債務超過に陥る。財政も影響を受ける可能性がある>
●永遠に出られない?
提言をまとめた日銀出身の小倉将信衆院議員はこう語る。
「緩和が長びくほど将来のリスクは蓄積します。緩和開始の直後ならともかく、4年以上が経過して『時期尚早』は通用しない。総裁が何も語らないと、不安はかえって大きくなる。日銀は出口にさまざまなケースがあることを説明し、市場と丁寧に対話していくべきでしょう」
4年超に及ぶ金融緩和で、日銀の総資産は5月末時点で500兆円を突破した。日銀のシナリオどおりに物価が上がれば、金利上昇局面で最大で年数兆円の利払い負担などが発生しかねず、財務の悪化を招き、収支も赤字になる恐れがある。黒田総裁は、「具体的なシミュレーションを示せば市場を混乱させる」と議論に立ち入るのも避けてきたが、緩和を続けるほどリスクは膨らむため、市場では不安の声が強まっている。
みずほ総合研究所が5月に公表した「緊急リポート」は、物価目標の実現が当面は困難なことを前提に、将来の損失が膨らみすぎる前に出口を探るべきではないか、としている。具体的には、2%の物価目標を日銀だけに押しつけるのはやめ、政府の財政政策や成長戦略と一体になって長期的にめざす目標に変える内容だ。同研究所の高田創・チーフエコノミストは
「海外経済の追い風があるうちに出口に向かえないと、永遠に出られなくなるかもしれない」と話す。
6月15、16日の金融政策決定会合後、黒田総裁は記者会見を開くが、そこでも出口が語られる見込みは薄い。日銀と市場の「すれ違い」は、しばらく解消できそうにない。(朝日新聞経済部・藤田知也)