世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第223回 プライマリーバランス目標を破棄せよ!
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週刊実話 2017年6月8日号
よく耳にするプライマリーバランス(基礎的財政収支、以下PB)とは、国債関連経費(利払い費、償還費)を除く政府の収支になる。国債関連以外の歳入と歳出の差がPBだ。PB黒字化目標とは「国債関連以外の歳出を歳入が上回る状況にしなければならない」という意味を持つ。
2020年までにPB黒字化という“狂気の目標”を立てたのは、実は民主党政権下の菅直人内閣である。PB黒字化目標があると、政府は基本的には「歳入以上の歳出ができない」という状況に追い込まれてしまう。たとえ何が起きても…。
2010年にPB目標が閣議決定され、翌年に東日本大震災が発生した。
未曽有の大震災が起きた以上、政府はとにもかくにも財源を確保し、復興に当たらなければならなかった。日本の場合、デフレで長期金利も1%を割り込んでいる状況であり、普通に建設国債を発行し、財源を確保すればよかったのだ。
ところが、震災の前年に「PB目標」が閣議決定されていた。
震災復興の歳出は「国債関連以外の歳出」に該当する。というわけで、歳出増分の歳入(税収)確保が必要になり、復興特別税という、これまた“狂気”の方針が決定された。しかも、復興税は「被災地」の方々からも容赦なく徴収されたのである。
ここまで残酷な国を、筆者は他に知らない。
要するに、PB目標はあらゆる歳出の「天井」になってしまうのだ。日本の場合、高齢化により社会保障支出は自然に増えていく。ということは、その分、
「別の歳出を削減するか、増税により歳入を増やすしかない」
という話になってしまい、実際に消費税増税が強行され、日本はデフレに舞い戻りつつある。もちろん社会保障費自体にもメスが入り、介護報酬、診療報酬が共に安倍政権下で減らされた。
'14年度以降の安倍政権のPB赤字の削減ペースには恐るべきものがある。安倍政権は間違いなく「史上最悪」の緊縮政権なのである。
PB目標がある限り、政府は、
「デフレ脱却のための、総需要を拡大する大々的な財政出動」
に踏み切ることは不可能だ。財政出動を拡大するならば、「その分、増税」という話にならざるを得ない。
安倍政権は「デフレ脱却」を標榜し誕生した政権のはずだ。とはいえ現実には'13年の骨太の方針の時点で、
「国・地方のプライマリーバランスについて、'15年度までに'10年度に比べ赤字の対GDP比の半減、'20年度までに黒字化」
と、PB目標を閣議決定してしまった。その後の安倍政権は緊縮路線をひた走り、デフレ脱却については「デフレは貨幣現象派」(いわゆる「リフレ派」)の理論にすがりつき、金融政策一本やりになってしまった。
デフレが貨幣現象ならば、PB目標に基づき緊縮財政を推進したとしても、デフレ脱却は果たせる。何しろ、デフレは「貨幣の量が足りない」現象なのだから、日本銀行が貨幣量を増やせば済む。
現実には、日本銀行が4年間に300兆円を超す日本円(主に日銀当座預金)を発行したにもかかわらず、'16年度のインフレ率は▲0.2%と、デフレ脱却に失敗した。当然だ。政府が緊縮財政で国民におカネを使わせず、自らも使わないわけだから、インフレ率が上昇するはずがない。
デフレは貨幣現象ではない。「総需要(=消費+投資)の不足」なのである。そして、総需要は、誰かがモノやサービスを購入するためにおカネを使わなければ増えない。
来る6月、政府は本年度の骨太の方針を閣議決定する。ここに「PB目標」が残ってしまうようなら、安倍政権下におけるデフレ完全脱却はない。
ところで安倍総理は、
「予算を半額にすれば、プライマリーバランスは黒字化する。しかし、経済は最悪になる」
といった主旨のことを語ったことがある。実際にPBを強引に黒字化し、経済が「最悪」に陥った国がヨーロッパに存在する。ギリシャだ。
ギリシャ統計局は4月21日、'16年のPBが、対GDP比で3.9%の黒字だったと発表した。ギリシャ政府のPB黒字化は、国民の犠牲のもとに実現したのだ。
IMFのデータによると、ギリシャの名目GDP(ユーロ建て)は、'08年をピークに8年連続で縮小。'16年のGDPは、対'08年で何と▲27%超!
日本で言えば現在のGDPが500兆円規模から350兆円になるようなものだ。
GDPとは、国民経済の「生産」の合計であり、「支出(需要)」の合計であり、「所得」の合計でもある。'08年以降、ギリシャ国民は3割近い「所得縮小」に見舞われたことになる。つまりは貧乏になった。
ギリシャ政府の負債は共通通貨「ユーロ建て」であり、政府の負債が100%自国通貨(日本円)建ての日本とは状況が全く異なる。ギリシャ政府は、ユーロ建ての負債を「所得」から返済しなければならない。国民からの所得の分配、つまりは「税金」である。
さらに、ギリシャは債権国(EU)から、さらなる貸付の条件としてPB黒字化を求められていた。というわけで、ギリシャ政府は社会保障を削り、増税を繰り返すことでPBを強引に黒字化したのだ。
結果、国民は所得が27%以上も減る貧困化にたたき落とされた。
そもそも、PBとは財政健全化の指標ではない。財政健全化の定義とは、あくまで「政府の負債対GDP比率の低下」になる。PBがどうであろうと、国債金利が低く(日本は異常に低い)、名目GDPが堅調に成長すれば、財政健全化は達成される。
それにもかかわらず、日本はPB黒字化を「目標」に置いており、デフレ脱却のための財政出動に“ふた”をされている状況が続く。
安倍政権が本気でデフレ脱却を望むのならば、PB目標を破棄しなければならない。
みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。