トランプ政権はリビアをロシアに渡すな
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9715
2017年5月30日 岡崎研究所 WEDGE Infinity
ベン・アミ元イスラエル外相が、5月2日付のProject Syndicateで、トランプの積極的なリビア関与が必要だ、と述べています。主要点は次の通りです。
カダフィの崩壊から6年、リビアは紛争と政治的混迷から抜け出せていない。
トリポリには国際的承認を受けた国家合意政府(GNA)がある。これは国連の下で署名された2015年リビア政治合意により設立された。しかしこの政府はトブルクの代表議会から昨年8月に不信任案を突き付けられただけでなく、トリポリにあるもう一つの団体、一般議会(GNC)からも挑戦を受けている。
2015年合意は統一政府を任命する首脳評議会と一般議会の元議員で構成される諮問評議会を設置した。これは民主的な政府への移行と領土保全を確保しようとしたものだった。しかし、それは全く旨く行っていない。合意はリビアの歴史上、文化上の経緯を全く無視したものだったからだ。植民地時代やその後の時代を見ると、リビアが中央集権的な政府機構に抵抗してきたことが分かる。共有される国家アイデンティティはない。リビアの国家統一は、キレナイカ、トリポリタニア、フェザーンという三つの地域に大幅な自治権を与えることにより中央政府との均衡を保つこととした1951年憲法によってやっと達成された。
1951年憲法の君主制はイドリース・サヌーシー国王が主導した。国王は首相や閣僚を任命した。議会上院は三つの地域から選出された夫々8名の代表者で構成された。首都はトリポリとベンガジの間で交互に交代した。しかし2015年合意は分権の重要性を認めていない。それ故それは失敗せざるを得ない。
それではどうしたらよいのか。一般選挙を行う条件はない。しかしアフガニスタンのロヤ・ジルガに倣って、部族指導者や有力者の大会議を開催し暫定国家元首を選任することはできる。リビアに君主制を再導入する理屈はある。モロッコやサウジアラビア等では世襲的な為政者が正当性を持つ政府を具現するとともに宗教的な権限を持っている。アラブではこれが唯一の政治的正当性の原則かもしれない。
リビアにとってサヌーシー家の権威が同国の平和と再建への鍵となるだろう。サヌーシー家の王子達は欧州に亡命している。勿論君主制度によりすべての問題が解決するわけではない。エジプトやロシアは代表議会に仕えるハフタル(将軍)を支援している。ロシアはエジプト・リビア国境地帯に軍隊を展開している。プーチンはリビアの石油資源も狙っている。影響力を強めているハフタルは自分の軍隊や代表議会の権威を削ぐような合意には反対するだろう。
これを止める最善の方法は米国を巻き込むことだ。しかし最近イタリア首相が米国は欧州と共にリビアについて積極的な役割を果たすべきだと述べたのに対して、トランプは反対した。過激派が欧州へ向かうことを阻止し、リビアがロシアのもう一つの冒険の場になることを阻止したいと考えるのであれば、トランプは考えを変えて、リビアに関与すべきだ。世界の中にはトランプの劇的な外交転換政策が積極的な結果をもたらすところがいくつかあるが、リビアはそのひとつである。
出 典:Shlomo Ben-Ami ‘The Trump Reversal the World Needs’ (Project Syndicate, May 2, 2017)
https://www.project-syndicate.org/commentary/libya-us-involvement-constitution-by-shlomo-ben-ami-2017-05
結論はともあれ、堅固な論評です。問題解決のために必要な視座が示されています。リビアの国家統一の複雑さが良く分かります。さらにイスラエルのリビアへの深い関心が窺われ印象深いです。かつてイスラエルはカダフィとは不思議な実務的関係を持っていたと言われます。石油確保を狙っていたのでしょうか。あるいは異端者の政治力に保険を掛けたのでしょうか。
筆者は、@リビアには歴史文化的に中央集権への抵抗感があり地域分権の重要性を考慮することが重要であること、A政治正当性を確保するためには1951年憲法の君主制度の再導入も考えるべきであると述べます。選挙を通じて正当性を獲得する西洋流のやり方は未だ適用できず、リビアの状況を踏まえた現実的な政治機構づくりを主張しています。
最近の複雑化要因は、過激派の侵入とロシア、エジプトの介入の進行です。筆者はそれを阻止するためには米国の関与が必要であるとします。トランプの劇的な外交逆転政策がリビアで効果を持つ可能性があると述べています。目下トランプはそれには反対しています。トランプの反対は理解できます。米国にとりリビアの優先順位は低い筈です。米国の死活的利益が掛かっているところではありません。欧州の要請によって関与を始めればキャメロンとサルコジに求められて渋々関与した2011年のオバマと同じことになります。歴史的な経緯や地理的近接さを考えれば、当面欧州による共同対処に任せておくのが現実的ではないでしょうか。更に政治交渉については国連が主要国の支援を得て主導していくのが適当と考えられます。
今のリビアの状況を見れば2011年の介入は失敗でした。この論評が言うように、あれから6年経ってもリビア安定化の目途は全く立っていません。部族、軍閥、政治勢力が対立し、中央和解政府が作動するような状況ではありません。2011年の国際社会のリビア介入はカダフィ政権を倒した後のことは深く考慮していなかったということでしょう。レジーム・チェンジは慎重に考えるべきです。新体制の確立が見通せない場合、介入は状況を一層悪化させます。国際社会はリビアの失敗から学ぶことが多くあるように思われます。
リビアの政治は最終的にはリビア人が解決すべきでしょう。国際社会が今なすべきことは外部勢力が介入しないようにすることではないでしょうか。当面注意深く放置しておく以外に良いオプションはないのではないでしょうか。更に成功の見通しのないことはやるべきではありません。
http://www.asyura2.com/17/kokusai19/msg/547.html