■昔はなかった病気
地元の小学校で行われた就学前検診に医師として携わる機会があった。漏斗胸と側弯の検診ではあったが、その際に痛感したのは、アトピー性皮膚炎の子供がとても多いという事実だ。アトピー性皮膚炎は現代病の一つで、日本が高度経済成長時代を迎えるとともに増加してきた奇病である。実際、ご年配方に言わせると、昔はほとんど見ることのなかった病気なのだそうで、それは生活の利便性の向上とともに増えてきたのだという。またこの病気、小児期から発症するものだけかと思いきや、成人した後、ある日突然発症するケースも多々存在し、成人型のそれの方が、小児のものに比べ、予後もよくないと言われている。
■人間と飼い犬と飼い猫だけがかかる病気
だが、これほど患者が増えているにもかかわらず、アレルギー性疾患であるという以外、その原因に関する考察はまちまちで、医療現場では依然として治療の決め手を欠いているのが現状だ。だから、容姿の美しさを売りにしているはずの芸能人たちの間ですら、患者は少なくない。近頃のテレビは画像が細密になっており、メイクだけではアトピー性皮膚炎の症状を覆い隠すことが難しくなっているため、注意深く観ていれば、それとわかってしまう。原因がよくわかっていないから、治療も対症療法が中心とならざるを得ず、美容に関する技術がいかに進歩しようとも、多くの患者がこの奇病と向き合うことを余儀なくされているのだ。しかも最近では、この奇病、人間だけでなく、飼い犬や飼い猫にも蔓延しつつあるという。このように、アトピー性皮膚炎は著しく増加傾向にありながら原因不明とされる奇病だが、実は、それら既成事実の一つ一つに、この病の本質が見え隠れしているのだ。
■入浴習慣が原因
結論を急ごう。専門外ではあるものの、町医者の素朴な実感で言わせてもらえば、この病気の原因は入浴習慣である。そもそも、野生動物にこの病気は皆無と言ってよい。人間もまた動物には相違ないはずなのに、なぜ人間と、そのペットたちだけがこの奇病に罹患するかといえば、それは、頻繁に入浴する習慣があるからに他なるまい。もともと動物の皮膚は、脂腺からの分泌によって、乾燥他の外的刺激に対し、天然の防護膜を有している。しかし、入浴習慣は大なり小なり、この防護膜を破壊してしまう。それはいかに肌に優しいとされる石鹸を使っていようが、関係がない。石鹸やシャンプーには、程度の差こそあれ、どれも皆、脂を落とす働きが備わっており、且つ、お湯それ自体にも脂を分解する性質があるため、頻回の入浴は、この防護膜を破壊せずにはおかないのだ。そして、防護膜の消失に伴い、皮膚は発汗や衣類との接触をはじめとする種々の外的刺激に対して過敏となり、それがアレルギー反応を引き起こして、掻きむしるという自傷行為を誘発するのである。ただ、皮脂の分泌の度合いや石鹸の用い方には個人差があるため、同じように毎日入浴していても、発症する人間としない人間が出るというだけの話だ。
■風呂のない時代には少なかった病気
さて、そう考えると様々に合点のいくことが多い。例えば、高度経済成長時代以前には何故この病気が少なかったかといえば、それは、当時、人々はそれほど清潔な生活を送っていなかったからだといえるだろう。浴室を持たない家屋に暮らし、入浴は専ら公衆浴場でという人々も多く、ゆえに、その回数も限られていたに違いない。ところが、高度経済成長とともに生活が豊かになるにつれ、家屋に浴室が常設されるのは当たり前の時代となった。しかし、生活が変わったからといって、人間の肉体が急に変わるはずもない。このため、頻回の入浴に耐えられない皮膚を有する人々の間で、この奇病が蔓延してきたのではないだろうか。とすると、この病気を発症する子供たちの親には、几帳面できれい好きなタイプが多いのも頷ける話だ。他方、その逆に放任主義の親元で早くから入浴の自立を強いられたために、石鹸やシャンプーのすすぎが不十分となることで発症する子供たちがいてもおかしくはない。実際、顔面を中心に発症する場合は、単純にシャンプーのすすぎ残しが原因といえるだろう。子供たちは顔にお湯をかけるのを嫌うことが多いのである。にもかかわらず、それらの症例に対し、体質改善と称して種々の投薬を施すのは、ナンセンスの極みと言うより他はない。
■脂腺分泌の多寡が発症を左右する
いずれにせよ、小児期に発症するアトピー性皮膚炎は、知らぬこととはいえ、ほぼその全てにおいて、親に責任があると言っても過言ではないだろう。それはペットのアトピー性皮膚炎に関して飼い主に非があるのと同じことだ。一方、成人後に発症する場合は、加齢やストレスなどにより、皮脂腺に退行現象の生じることを誘因とするのではないだろうか。旺盛な皮脂の分泌が保たれていた年齢では問題なかったはずの入浴習慣が、その分泌の低下とともに、ある日突然、問題を引き起こすことになるわけだ。しからば小児発症に比較して成人発症の方が予後不良であるのも納得がいく。小児の場合は徐々に皮脂腺の働きが活発になることで自然治癒をみる場合もあるだろうが、成人発症の場合、そうはいかないからだ。
■入浴習慣の改善を
結局、この奇病を治療するのに、特別な薬などほとんど不要だ。急性の増悪期は別として、通常の症状なら、自前の脂が分泌されるまで、しばらく風呂に入りさえしなければ良いのである。そうでなくとも、入浴時に石鹸やシャンプーを用いる回数を可能な限り制限して、お湯もぬるま湯を中心にするなど、各々の体質に応じた入浴習慣に改め、自前の脂の代わりになるワセリンなどを塗っておけば良いわけだ。どうしても石鹸を使いたいのなら、ステンレス石鹸がお勧めだが、もともと腺分泌の未発達な幼少時代は少々入浴しなくても、大人のように悪臭を漂わせることはほとんどない。石鹸やシャンプーを用いなければ不潔だというのは、神経質な大人たちの強迫観念でしかないのである。即ち、もとよりアトピー性皮膚炎なる奇病は存在せず、あるのは入浴習慣を誘因とする接触性皮膚炎に過ぎないというわけだ。仮にそうでなかったとしても、現在、アトピー性皮膚炎と診断されている症例に、こうした入浴習慣を原因とするものが数多く含まれている可能性は否定できまい。
■当たり前を疑うということ
何事もそうだが、当たり前になってしまっていることを疑うのは難しい。入浴習慣は、きれい好きを標榜する日本人にとって、当たり前となっている好ましい伝統には違いない。だが、伝統を無批判に受け入れて生活を続けると、害をなす場合もある。アトピー性皮膚炎は、ある意味、その好例といえるのではないだろうか。
とはいえ、アトピー性皮膚炎が入浴習慣を原因とする可能性について医者から説明を受け、それに納得した患者が、ただちに症状の軽快をみるかといえば、実のところ、そう簡単にはことが進まない。なぜなら、それは文字通り“習慣”であるために、これを改めることが難しいからだ。よくてせいぜい、二日に一度の入浴にしてみるだとか、シャンプーを使う回数を二日に一回にしたであるとかの消極的な変更しかせず、本当に治療上必要な措置がとられない場合が多いのである。成果をあげるためには、思い切った改善が必要なのだ。
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