■反復性の牽引ではなく、持続的な牽引が原因
これまでの理屈から、上腕骨外側上顆炎、あるいは内側上顆炎は、その名から明らかなように、上腕骨外側上顆、内側上顆を各々起始部とする筋肉群の弛緩不全が原因の疾患であるといえるだろう。それらの慢性的な弛緩不全に伴う持続的な筋収縮が牽引負荷となって、同部に炎症を生ぜしめているだけの話だ。
病初期では、せいぜい筋腱付着部周囲に動作時の痛みを感じる程度だが、病態が進むにつれ、当該筋肉のまたぐ関節にかかる軸圧の高値持続が、関節それ自体の炎症や変形を招来する。その負荷が成長軟骨に加われば、上腕骨小頭に離断性骨軟骨炎を来たす誘因ともなるだろう。それらの障害は単に反復性のストレスが原因というのではなく、持続性のストレスが背景にあると考えるべきではないだろうか。慢性的な牽引状態があるからこそ、動作の反復によって過剰な負荷が加わることになるのだ。その結果、構造強度の閾値を越えてしまうのである。
■多関節筋の弛緩不全が上肢の疾患をもたらす
上腕二頭筋及び三頭筋は二関節筋で、その起始、停止の間には肩関節、肘関節の二つの関節が存在し、それぞれの関節に軸圧を生ぜしめる成分となり得る。また、前腕の筋肉群は、その多くが、さらに複数の関節をまたぐ多関節筋であるため、その弛緩不全は肘関節のみならず、手関節、指関節に対しても軸圧を与えることになる。ゆえに、それらの筋肉群に生じた慢性弛緩不全が適切な弛緩誘導を受けることなく放置されれば、Wolffの法則に従い、各々の関節に変形性関節症を来たすのは自明の理なのだ。
■ガングリオンの原因と治療
実のところ、手関節、指関節周辺に生じる種々の疾患は、そのほとんどが前腕筋肉群の弛緩不全によってもたらされているといってよい。尺側手根屈筋の付着部炎を呈する手関節尺側の痛みは日常よくみかけるが、これには同筋の弛緩誘導が奏功するのはいうまでもない。また、手関節ガングリオンは原因不明などといわれているが、おそらく、それは月状骨周囲の関節面にかかる過剰な軸圧負荷と、それによる摩擦で滑膜炎を呈した正常滑膜嚢の成れの果てだ。事実、それらは前腕筋肉群の弛緩誘導で症状の軽減をみるのである。キーンベック病でも同じことがいえるだろう。高じた軸圧が月状骨の血流不全を招くために生じる疾患というわけだ。つまり、月状骨は、前腕筋肉群の弛緩不全に伴う応力を受けやすい部位といえるのではないだろうか。
■へバーデン結節の原因と治療
指関節にしても、同様の考察があてはまる。へバーデン結節は遠位指節間関節に生じる変形性関節症だが、これは深指屈筋の慢性弛緩不全によって生じた終末像と考えられるので、病初期であれば、その弛緩誘導が症状の進行を抑制すると期待できるのだ。実際には、既に変形を来たした症例であっても弛緩誘導は奏功する。変形が治るわけではないものの、弛緩誘導によって、患者の多くは指関節周囲の不快感が軽減、ないしは消失したことを実感するのである。即ち、手関節、指関節等、前腕部での各種自動運動を反復するMDSがその具体的な治療法となる。無論、前腕筋群のスタティック・ストレッチやマッサージも有効であるし、同部の干渉波や渦流浴といった、種々の物療も奏功する。
■腱鞘炎の原因
この他、腱鞘炎もまた、筋肉の弛緩不全を原因として考えることが可能だ。腱鞘炎とは、腱鞘の内腔が狭小化し、その状態が持続することで腱と腱鞘との間に摩擦が生じて起こる疾患だが、腱鞘の内腔を狭小化せしめる原因こそ、そこに作用する特定筋肉の牽引力だと考えられるのだ。ゆえに、腱鞘に作用する牽引力が取り除かれない限り、摩擦は軽減することがないので、やがては腱鞘のみならず、腱そのものにも炎症性肥厚が生じることになる。結果、狭くなったものに対して太くなったものが通過するために弾撥現象を生じるのである。そして、その摩擦は同部にさらなる炎症を惹起する。即ち、結果が原因となる悪循環の存在が症状を難治化させるわけだ。とすれば、この腱鞘に作用する牽引成分を特定し、それに弛緩誘導を施すことができさえすれば、腱鞘炎の多くは、それが病初期である限り、注射も手術も行うことなく治癒せしめることができるはずである。
■腱鞘炎の治療
そして実際、それは可能である。弾撥指において腱鞘を牽引する成分となるのは、中手骨骨間部にある小筋群であり、それらは解剖学的にみて、直接、腱鞘を牽引しているわけではないものの、間接的に腱鞘の牽引成分として作用している可能性が高い。なぜなら、それらを弛緩誘導するだけで、弾撥現象はたちどころに緩和、ないし消失するからである。具体的にいえば、弾撥指では指の内外転を繰り返す自動運動がMDSとして奏功する。無論、他動的に患指と隣接指との間を開かせるスタティック・ストレッチや、中手骨骨間部の圧痛点におけるマッサージも有効だ。そもそも、本症は手指を固く握りこむことを契機として発症するわけで、こうした中手骨骨間部の小筋群に弛緩不全が生じていたとしても何ら不思議はない。骨間筋の持続収縮によって生じた牽引力が、矢状索を介して指屈筋腱腱鞘に作用しているだけの話なのだ。
同様に、ケルバーン氏病なら、手関節近傍の掌側にある方形回内筋が腱鞘を牽引する成分として作用しているのかもしれない。事実、ケルバーン氏病では同部に圧痛を認めるだけでなく、そのマッサージや、前腕回内外を反復するMDSなどが奏功する。
■絞扼をもたらす筋肉を特定せよ
このように、絞扼を病因とする疾患は、その絞扼成分に何らかの牽引力が働くことで絞扼を生ぜしめていると考えられるのだ。こうした理屈から、手根管症候群なら横手根靭帯の牽引成分として作用すると考えられる母指球筋や小指球筋の弛緩誘導が奏功するであろうし、変形性肘関節症に続発した肘部管症候群でも、絞扼靭帯の牽引成分に弛緩誘導を施すことで、その病初期なら保存的に加療できるだろう。おそらく、そのキー・マッスルは上腕骨内側上顆を起始部とする尺側手根屈筋である。さすれば患肢を固定して安静を保つよりは、ダイナミック・ストレッチを施した方が治療として有効であるに違いない。同様に、前骨間神経麻痺や後骨間神経麻痺の類も、それぞれ円回内筋、回外筋などを弛緩誘導すれば症状を軽減できるかもしれない。デュプイトレン拘縮にしてみたところで、軽症例ならば手掌腱膜の牽引成分である長掌筋の弛緩誘導が奏功すると期待できよう。
■弛緩不全が放置されると病気に至る
以上より、これまでバラバラに考えられていた整形外科の慢性疾患は、筋肉の慢性弛緩不全を原因として、一元的に解釈できるのである。そして特筆すべきは、これら慢性疾患の終末像が存在するという事実それ自体が、とりもなおさず、それらの弛緩不全を放置して自然治癒に任せていても、治ることのない場合があるという証なのだ。
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