■筋筋膜性腰痛症の原因
腰痛の原因としてもっとも多いのは筋筋膜性腰痛症である。そして、それを漠然と腰部固有背筋由来の症状だと考えている整形外科医は少なくない。だが、町医者の素朴な実感から言えば、腰痛の原因となっているのは腸腰筋の弛緩不全である。確かに、圧迫骨折などの外傷を契機とする腰痛であれば固有背筋由来の症状を考えてもよいだろう。しかし、そのような場合を除くと、たとえ固有背筋に痛みを伴っていたとしても、それは腸腰筋が弛緩不全を呈した結果、二次的に症状を患ったものである場合が多いといえる。
■腸腰筋の弛緩不全
腸腰筋は、主に腰椎肋骨突起から起こる大腰筋と腸骨内面から起こる腸骨筋とから成り、鼠径靭帯の下にある筋裂孔を通り、内股にある大腿骨の小転子に停止する。その作用は股関節の屈曲であり、姿勢保持においては骨盤の前傾に関わる。また、それはインナーマッスルとしての性格上、その異常が見過ごされ易い上、日常生活においては、そこにストレッチの役割を果たす動作や姿勢が著しく不足しがちであるという特質を有している。
通常、腰痛の原因として整形外科医の治療を要するのは、腰椎椎間板ヘルニアや変形性腰椎症、脊柱管狭窄症などであるが、それらはいずれも慢性疾患であり、そこに至る過程が存在するのだ。そして、そこに難治化をもたらす要因が、この腸腰筋の弛緩不全だと考えられるのである。
■腰椎関連疾患の病態生理
腸腰筋が痛みを生むメカニズムを考察してみよう。腸腰筋の弛緩不全は、骨格における同筋付着部両端に牽引力として作用するため、その作用点で炎症を来たすだけでも痛みを誘発することになるだろう。特に大腰筋由来の張力は、力学的には腰椎に対し、軸圧として作用するだけでなく、腰椎全体を前下方に引き下ろす力としても働く。このため、成長過程にある若年期の骨格にその力が作用すると、椎弓にかかる負担が増大し、同部に疲労骨折を招来する原因となり得る。また、この疲労骨折が癒合不全に陥れば立派な分離症ができあがるというわけだ。この過程で生じる同部の炎症が痛みを生ぜしめるのである。
さらに、高じた軸圧は椎間板内圧を上昇させるため、線維輪を内側から外側に押し広げ、痛みを誘発することになる。椎間板は線維輪と呼ばれるドーナツ・タイヤ状の組織の中心に、弾力性に富んだ髄核と呼ばれる丸いゴムボールがはまり込んだ様な形状をしており、そこにかかる軸圧は、このボールを押し潰してタイヤを外側に押し広げる力として働くわけだ。ゆえに、構造強度の閾値を越えた軸圧がそこに作用すると、若年者では椎間板の線維輪に変性が少ないので、同部の断裂を来す前に椎体終板の破綻を招いてシュモール結節を呈したり、成長軟骨の破綻から隅角解離を呈したりすることになる。そして勿論、腸腰筋それ自体が筋挫傷や筋筋膜性疼痛症候群に陥って痛みを生じる場合もあるに違いない。実際、SLRTでは、下肢拳上時ではなく、その下降時に痛みを生じる場合があるが、これは腸腰筋に伸展負荷が加わるために起こる現象といえるだろう。
■腰椎椎間板ヘルニアと変形性腰椎症の病態生理
この段階以降、適切なメンテナンスを施すことなく腸腰筋の弛緩不全が持続すると、青壮年期に入っても椎間板に軸圧が加わり続けることになる。腰椎にかかる軸圧は椎間板を押し潰し、その膨隆を促すので、膨隆した椎間板が神経根を刺激することで椎間板ヘルニア様の下肢症状を呈する場合も考えられる。この時点で腸腰筋に弛緩を導くことができれば治癒することも期待できるが、弛緩不全が持続すれば、ついには線維輪の変性から断裂を来すことになる。これが椎間板ヘルニアの前病変というわけである。
仮に線維輪の断裂が起きなかったとしても、数十年にわたって継続する軸圧負荷は椎間板の変性を促し、また、Wolffの法則に従って加重部分で骨棘を形成するようになる。これが変形性腰椎症であり、それらは腸腰筋の慢性弛緩不全が招いた形態的な結果に過ぎず、腰痛の直接原因ではない。それはすべり症にしたところで同じことだ。ただ、その変形が脊柱管を狭窄せしめるならば、それが腰痛や下肢痛の原因となってしまう場合はあるだろう。即ち結果が原因となってしまうわけである。そして、そのようにして生じた痛みが、疼痛部位にさらなる弛緩不全を誘発し、新たな病態を生じる原因ともなり得ることだろう。
■弛緩不全という概念が多様な疾患を一元的に解釈し得る
つまり、腰痛の原因と呼ばれる代表的な疾患は、おしなべて腸腰筋の弛緩不全に由来していたと考えられ、疾患の多様性は発症年齢や病期の相違など、個別の要素に依存するだけの話だといえそうだ。
変形性膝関節症も変形性腰椎症も、変形それ自体は膝痛や腰痛の原因などではなく、形態的な結果に過ぎない。本当の原因は特定筋肉の慢性弛緩不全として、一元的に解釈できるのである。
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