金正男暗殺事件に新展開 マレーシア雇用主の正体(上)〜北朝鮮に心酔するマレーシア人/古川 勝久
古川 勝久
2017/03/08 17:45
http://forbesjapan.com/articles/detail/15501
(全文)
殺された金正男の長男が動画で声明を出す一方、マレーシアと北朝鮮は報復措置の応酬をエスカレートさせている。昨年まで捜査にあたってきた国連安保理の北朝鮮制裁委員会の元メンバー、古川勝久氏が新たな展開をレポートする。
北朝鮮に心酔するマレーシア人
次の言葉は、朝鮮中央通信に引用された、あるマレーシア人の言葉である。
「金正日閣下が、人生の最後の瞬間まですべてを人民のために捧げてくれたおかげで、朝鮮民主主義人民共和国は、勝利への確信とともに経済大国の建設を加速させつつ、同時に、難攻不落の軍事大国としての自らの力を証明している」(2014年6月8日付け記事)
「5千年の歴史の中で初めて朝鮮人民が喝采する金日成主席と金正日書記長は、国家の指導者であるばかりでなく、無比の愛国者であり、また人々の優しい父である。母国、人民、そして革命について、彼らと同じ見解をお持ちであられる金正恩元首のおかげで、彼らの偉業は今やさらにまぶしく輝いている。」(2014年6月28日付け記事)
北朝鮮の金一族の支配に心酔しているこの人物。彼の名前は、チョン・チン・チー氏。マレーシアにあるトンボ・エンタープライズ社の社長、チョン・アー・コウ氏の別名である。朝鮮中央通信では、しばしば「トンボ」のかわりに「ドンボ・エンタープライズ社」として紹介されている。
マレーシア警察発表によると、この会社は、先日、金正男氏暗殺事件の容疑者として逮捕されていた、リ・ジョン・チョル氏の法律上の雇用主であった。同社とチョン氏は、朝鮮中央通信に頻繁に紹介されており、2010年10月以来だけでも、少なくとも36回は引用されている。
各種メディアに対して、チョン氏は、リ氏には同社での勤務実態がなく、彼の就労許可証の取得を支援するために会社の名義を貸していただけ、と説明している。また、チョン氏はメディアのインタビューに対して、北朝鮮との緊密な関係についても説明しており、約10名の北朝鮮人の就労許可証取得にも協力してきたと説明している。
チョン氏がメディアに対して説明していなかったのは、彼自身が熱烈な金正恩政権の支持者であり、経済大国・軍事大国として北朝鮮をたたえ、そしてマレーシア国内で金日成主席や金正日主席の追悼委員会の委員長などの要職を歴任してきた過去である。マレーシア国内で北朝鮮の主要行事が開催される際には、彼がとりまとめ役として重要な役割を務めてきた。
トンボ・エンタープライズ社は、抗がん作用があるとされる漢方薬を販売している。この漢方薬の供給元は香港登記企業とされており、トンボ社はそのマレーシア国内の販売総代理店を務めている。
報道によると、この漢方薬は日本国内にも代理店があり、その社長の説明によると、漢方薬の原料は、中朝国境の長白山で採られているという。同じ山の反対側は、北朝鮮で「白頭山」と呼ばれる。金正日主席の「生誕地」として、神格化された山である。原材料は、あくまでも北朝鮮側で採られたものではない、との主張である。
2017年3月3日、マレーシア警察は、暗殺事件への関与を裏付ける十分な証拠が得られなかったとして、リ氏を釈放した。その後、同氏の労働許可証の期限が切れていたため、マレーシア不法滞在を理由に国外退去処分とした。
もしこれが日本であれば、旅券法違反の容疑でリ氏と雇用主を徹底して取り調べるところであろうが、マレーシア警察にはその意図も能力もないようだ。さらなる捜査のためには、家宅捜査、家族への聴取、通信記録の収集と解析、銀行口座取引履歴などを徹底的に行う必要がある。
このような捜査には朝鮮語の能力が必須であるが、マレーシア警察には期待できない。限られた拘留期限内に、マレーシア警察に膨大な量の朝鮮語の通信記録の解析を期待するのは非現実的だからだ。それ以上に、リ氏の不法滞在や旅券法違反については何ら追求しないマレーシア警察の姿勢は、あまりにも不徹底であると言わざるを得ない。
リ氏はクアラルンプール市内で、比較的高級なアパートに暮らしており、家族とともに裕福な暮らしを送っていたことが推測される。もしチョン氏の会社ではリ氏の勤務実態がなかったのであれば、彼はどのようにして収入を得ていたのだろうか?
そもそも、リ氏は雇用実態を偽りながら、マレーシア国内でどのような活動を行っていたのか? 本当はトンボ社で何らかの雇用実態があったのではないか? トンボ社のパートナーである香港企業のグローバル・ネットワークを、北朝鮮のために悪用していなかったのか? また、チョン氏が支援したとされる「10名の北朝鮮人」とは、いったい何者で、どこでどのような活動を行っているのか? すべてが闇のままである。[関連:金正男暗殺で動いた、東南アジアに潜伏する工作員たちの日常]
国連専門家パネルが懸念するマレーシア企業
朝鮮中央通信に引用された海外企業には、国連制裁違反事件に関与した企業や関与が疑われる企業が多く存在する。マレーシア国内には他にもそのような企業がある。例えば、マレーシアと北朝鮮のジョイント・ベンチャー企業である、マレーシア・コリア・パートナーズ・グループ・オブ・カンパニーズ(Malaysia-Korea Partners Group of Companies: 以下、「MKPグループ」と略称)。この在マレーシア企業も、朝鮮中央通信に頻繁に紹介されてきた。
国連安保理・北朝鮮制裁委員会・専門家パネルは、2017年度の最終報告書で、同社の子会社である、在平壌のインターナショナル・コンソーシアム銀行(International Consortium Bank)の活動が、国連安保理決議で禁じられた活動を行っている容疑で捜査中、と報告している。
安保理決議では、北朝鮮の銀行との取引関係の維持が禁じられており(決議2270号の第33の規定)、北朝鮮に所在する子会社や銀行口座の閉鎖も義務づけられている(決議2321号第31の規定)。
MKPグループの銀行がこれらの制裁措置に違反する可能性が考えられている。また、MKPグループの主要事業の一つに、アフリカなどでの銅像などのモニュメントの建造も含まれており、安保理決議で禁止されている、北朝鮮による銅像の輸出が行われている可能性も、同報告書で示唆されている。
加えて、MKPグループのもう一つの主要事業として、船舶建造がある。同社のホームページで紹介されている「船舶」の中には、海軍の艦船と思われるような代物も紹介されている(写真1参照)。もしこれらが海軍向け艦船であれば、北朝鮮との「兵器及び関連物資」の取引を禁じた国連制裁にも違反していることとなる。
さらに、MKPグループは建設事業も柱としており、そこでは日本企業の建設作業車両の使用を宣伝している(写真2参照)。もしこれらの車両が日本から迂回輸出されて、北朝鮮のジョイント・ベンチャー企業に使用されていたとすれば、それは日本の輸出管理にも抵触しうるのではないだろうか。
北朝鮮がマレーシアとのジョイント・ベンチャー・ビジネスを通じて、様々な国連制裁違反を行っていた可能性につき、検証されなければならない。
しかし、マレーシア政府は、これまでのところ国連専門家パネルの捜査にまったく協力せず、この企業や関係者に関する情報を何ら提供していない。もとよりマレーシアは北朝鮮に融和的で、厳しい制裁に協力的ではなかった。まさにこのようなマレーシアの脇の甘さが、今回の金正男暗殺事件で利用されたのである。[下に続く]
http://www.asyura2.com/17/kokusai18/msg/587.html