分解寸前のISが取る最後の一手
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9022
2017年3月8日 岡崎研究所 WEDGE Infinity
フォーリン・アフェアーズ誌が、1月31日付で同誌ウェブサイトに、テロ問題の研究者Charlie WinterとColin P. Clarkeとの連名による、イラク、シリア以外の地域でのISIS(イスラム国)の活動は衰えていることを、その宣伝活動の頻度分析から指摘した論説(電子版)を掲載しています。Winterはオランダのハーグにある「テロ対策国際センター」のアソシエイトフェロー、Clarkeは米RAND研究所の研究員です。要旨、次の通り。
1月24日、イラクのアル=アバディ首相は、モスル東部がISISから完全に解放されたと声明した。ISISは2016年、シリアとイラクでの掃討作戦のために何名かの幹部が殺害、捕捉され、財源も大きく失った。支配地域も縮小している。これからの数年で、ISISは分解していくだろう。
それは二つの過程のいずれかをたどることになろう。一つは、全体として弱まりながら、中心部(シリア・イラク)の比重が増大していくというもの、そしてもう一つはアルカイダが2000年代にたどったように、中心部の力が弱まり、アフガニスタン、リビア、シナイ半島、イエメン等周辺部での勢いが強まる、というものである。
おそらくISISは後者のシナリオをたどるものと思われる。これをテロ撲滅作戦の勝利と見るか、周辺部のテロ組織が更に一層過激化し、戦いを長引かせると見るか。そこはまだわからない。
確かなことは、ISISが分解しつつあることだ。それは、ISIS諸グループの行っている宣伝活動を分析してみるとよくわかる。最近半年で、各地での宣伝活動は減少している。57カ所の「放送局」乃至、コンテンツ製造拠点の活動を分析してみると、2015年のピークで40以上の拠点が活動していたのに対し、2017年1月半ば現在で活動しているのは19カ所に過ぎない。それもシリア、イラクに集中し、戦闘要員の国際的な徴募活動も衰えている。支部が発出する宣伝を中央のものとすり合わせておくためには、頻繁な連絡が必要なのに、最近ではそれも衰えている。そのような状況下、ISISの中核部は、拡張よりも残存、生存に焦点を絞ってきている。
そしてISISは戦闘要員を出身国に戻し、そこでテロをやらせようとするだろう。またシリア、イラクでは、ISISは支配地域を失うにつれ、ゲリラ的なテロ活動に訴えて来るだろう。
ISISの分解は反テロ作戦の成果で、歓迎するべきことだ。更に残党の掃討を行うとともに、ISISにつけこまれないよう、途上国のガバナンスを向上させ、汚職を削減していくべきである。
出典:Charlie Winter & Colin P. Clarke,‘Is ISIS Breaking Apart?’(Foreign Affairs, January 31, 2017)
https://www.foreignaffairs.com/articles/2017-01-31/isis-breaking-apart
シリア情勢、ISISについての世界の報道を見ていると混乱してきます。ほぼすべてのマスコミが事実の一面しか報道しない上に、対抗する諸勢力間の中傷合戦の道具となって、嘘をつくからです。例えば、イランやロシアの報道では、ISISは少なくとも過去のいずれかの局面で米国、サウジ、トルコ、カタール等の支援を受けていたことになっています。おそらく、そのような局面はあったでしょう。各国諜報機関とテロ組織の関係はそのようなものであり、テロ組織はある時は利用され、次の局面では捨てられ、掃討され、報復に出てくる例が多いのです。ISISについても、ものごとは一筋縄では片付かないことに意を用いつつ、現在の主要トレンドに依拠して我が国の対応を考えていくしかありません。
この論説が指摘する「ISISの退潮・分解」は事実でしょう。ただし、イラクでのISISは、シーア派政府に対して自衛している地元スンニ派と合体しているので、ISISという看板は下ろすかもしれませんが、自治体としては残るでしょう。その場合、次のようなことが起きると思われます。
■最後の花火
分解の過程で、世界各地で休眠しているISIS分子が、「最後の花火」をあげる可能性があります。可能性が高いのは欧州、トルコ(既に起きている)、ロシアであり、新疆ウイグル、あるいは東南アジアのイスラム地域も要注意でしょう。なお、アフガニスタンではこれまでISISの伸長が見られましたが、「金の切れ目が縁の切れ目」で、老舗のタリバンが再び前面に出てきています。
また、中央アジア、ロシアのチェチェン等から出稼ぎ・傭兵の感覚でシリアのISISに加わった青年達は行き場を失うことになります。
トランプ政権の安全保障関係の主要人物たちは、ISIS掃討を最優先課題として挙げていますが、ISISが分解のトレンドにあるのなら、オバマ大統領が始めた「有志連合」も縮小の方向に向かうでしょう。そして、シリアのISISが退潮し、アサド政権容認で米ロが手を握るのであれば、シリア・イラク等中東での勢力範囲を過度に拡大した感のあるイランへの対処が、米国にとっての最優先課題として浮上してくるでしょう。
いずれにしても、日本ではISISを宗教、あるいは思想の面から論ずる傾向が強いですが、テロには必ず、資金、兵器を誰が供与しているのか、という問題が絡みます。テロは政治現象なのであり、宗教・思想は運動を正当化するために用いられる錦の御旗であるに過ぎません。