マンションの「局地バブル」はもう崩壊寸前
住宅ジャーナリスト 榊淳司
2017年03月06日 09時19分
無断転載禁止
資材高騰や人手不足などで建設コストがかさみ、新築マンションの価格上昇が続いている。モデルルームを訪れた購入希望者が想像以上に高い販売価格に驚き、二の足を踏むケースが目立っているという。一部でささやかれる「マンションバブル」。崩壊のリスクをはらんでいるのか。住宅ジャーナリストの榊淳司氏が解説する。
増える「塩漬け」物件
「けっこう塩漬け物件が多くなってきたよ」
先日、ある有力デベロッパーの幹部が、ため息混じりにこう漏らした。首都圏の新築マンション市場はここに来て、大きな曲がり角を迎えていると言うのだ。
大手マンションデベロッパーでも、ここ2年ほどの間に購入した用地でマンション事業を行っても、価格を上乗せしていったら購買層の手が届かない状態になる。そういう用地は、仕方なく「塩漬け」される。事業化できない理由は、用地購入時に想定した販売価格では高すぎて「売れない」という見通しがハッキリしているからだ。
新築マンション市場は、明らかに冷えかけている。別の言い方をすれば「バブルが崩壊しかけている」ということになる。
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マンションバブルはどこで弾けるのか? >>
金融緩和に「爆買い」
新築マンションを取り巻く、この「バブル」とは何か。簡単に、今の「バブル」の経緯を見てみよう。
2013年から始まったアベノミクスは、旧民主党政権時代に停滞していたマンション市場を活性化させた。マンションが売れ出したのである。
ところが、消費税が14年4月に5%から8%へ上がると、マンションの購入意欲は一気にしぼみかけた。それを救ったのは、同年10月、日本銀行の黒田東彦総裁が行った異次元の金融緩和と言われる施策だ。金利が低下するとともに、住宅ローンの貸し出し競争が激化した。
にわかに活気付くマンション市場に輪をかけたのが、15年の1月から適用された相続税の増税だ。非課税の枠(基礎控除)が大幅に縮小された。このため、富裕層を中心に金融資産を不動産へ転換する動きが起こり、都心のタワーマンションに人気が集中した。円安を背景とする外国人による「爆買い」がマンション市場を席巻していた時期とも重なった。
「局地バブル」が始まっている
金融緩和や外国人投資などが重なった結果、15年から16年の前半にかけて、マンション市場は大都市圏を中心に、地域限定ながらバブル化した。私はこれを「局地バブル」と呼んでいる。
そのエリアは、東京の都心とその周縁、城南、湾岸エリア。川崎市の武蔵小杉周辺。横浜のみなとみらいエリア。そして、京都市の御所周辺と下鴨エリアが当てはまる。
このほかにも、福岡市、仙台市の一部で目立った価格上昇が起こったが、それらは実際の需要の増大を伴っているので、「どこかで弾けて消える」といったバブル的な要素は少ないと考える。
実際の上昇幅としては、東京・港区で、12年の終わり頃の販売価格と比べて1.5〜2倍程度。そのほか、山手線内では1.5倍程度の上昇だ。したがって、過去10年以内に、この「局地バブル」エリアで新築マンションを購入した人は、現状でほとんど含み益が生じている。
ただし、08年のリーマン・ショックで崩壊した「不動産ミニバブル」の最盛期だった06年〜08年前半にマンションを購入している場合はこの例外となる。
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増加するマンションの「完成在庫」 >>
崩壊の兆しが見える「局地バブル」
しかし今、この「局地バブル」には崩壊の兆しが見える。
まず、何よりも新築マンションが売れなくなった。私は、東京23区のうち20区の新築マンションの建設現場を、1クール3か月という周期でくまなく見て回り、その内容を「資産価値レポート」にまとめてネットで有料頒布している。最近、その資産価値レポートの中身を最新情報に更新するたび、「完成在庫」の増加が目立っている。完成在庫とは、すでにマンション建物が完成しているにもかかわらず、売れ残った住戸がある状態のことだ。
例えば、世田谷区では16年の夏ごろから、販売中の物件の6割強が完成在庫になっている。世田谷区は都心バブルが最も早く近郊に及んだエリア。さらに、最も遅くバブルがやってきた江戸川区でさえ、現状で販売物件の7割以上が完成在庫になっている。私はこの資産価値レポートを7年以上も作成しているが、これほど完成在庫の割合が高まったことはなかった。
つまり、新築マンションが売れていないのだ。
これは統計数字にも表れている。不動産経済研究所によると、16年の首都圏(東京、神奈川、千葉、埼玉)における新築マンションの年間供給は、前年より11.6%減の3万5772戸。契約率は68.8%で、09年以降初めて70%を下回った。さらに、平均価格は0.5%ダウンの5490万円で4年ぶりの下落となった。
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高級タワーマンションも売れない >>
強気の価格設定
このように、すでに16年時点で、マンションが「売れない」兆候は表面化していた。
17年に入って、この傾向はさらに強まっている。その結果、デベロッパーたちはこれまでの強気の事業姿勢を見直し、今以上の高値で開発分譲する予定だった用地を「塩漬け」にしているのだ。
その例として分かりやすいのは、江東区の湾岸エリアだ。ここには二つの象徴的なタワーマンションがある。ともに「東京ワンダフルプロジェクト」という冠を付けられた「スカイズ」と「ベイズ」の2物件だ。地下鉄有楽町線の豊洲駅からそれぞれ徒歩12分と11分。最近話題の豊洲新市場に近い。
先に完成したスカイズ(44階、1110戸)は、13年の新築販売時に20年の東京五輪開催決定で注目を集め、短期間で完売した。販売価格は、3LDK(75平方メートル)で5800万円台(坪単価250万円台)。その後、16年7月に完成したベイズ(31階、550戸)は6000万円台(同260万円台)となり、いずれも強気の価格設定となった。
買い手も借り手もつかない
スカイズより低層にもかかわらず、隣接するベイズが高値を維持したため、16年の初めには、スカイズの中古価格が坪単価300万円を超える相場観を形成。実際、このスカイズとベイズからは、大量の売り物件が流通市場に出始めた。値上がりを期待して投資的に購入された住戸が多かったのだ。
ところが、政府指定の不動産流通機構「レインズ」の情報に出てくるベイズの成約事例は、17年1月末時点でわずか2件。多くの物件が売り出されている割に、買い手がつかない状態が続いている。
つまり、都心などでにわかに湧き上がったマンションバブルは、一部ではすでに崩れようとしているのだ。
先日、このベイズを賃貸運用目的で購入した男性と話す機会があった。
「同じマンションで賃貸に出している住戸がたくさんあるため、なかなか借り手がつかない状態だ」と男性は嘆く。「管理費など毎月のランニングコストやローンの支払いがあるので、やりくりが苦しい。賃料を下げようか悩んでいる」
銀行が引き締めに入った >>
金融機関も「潮目が変わった」
(画像はイメージ)
(画像はイメージ)
ローンを貸し出す金融機関も局地バブル崩壊に敏感だ。
ある大手企業に勤務している50代のビジネスマンが、昨年末から不動産投資を検討していた。私のスタッフが優良物件を紹介して、いざ購入となった。
ところが、銀行融資が下りない。メガバンクや地銀など、数行に打診したが結果は同じ。16年の前半までなら、間違いなく一発で審査が通ったと言えるほどの優良物件だ。男性の勤務先や収入を考えれば、融資を受けられる可能性は高かった。にもかかわらず、融資が下りない。これは明らかに銀行が引き締めに入った兆候だ。
実は、16年後半からそういった動きが目立ってきた。マンションデベロッパーはもちろん、金融機関も「潮目が変わった」と感じている様子がうかがえる。
とはいえ、現状では不動産価格が下落しているというあからさまな動きは見られない。ところが、現場では明らかに空気感が変わっている。
この先、はっきりとマンション価格の下落を感じるようになるまでには、もう少し時間がかかるだろう。ただ、リーマン・ショックのようなに不況到来を実感させるような「事件」が起こると、一気にその流れが加速するのではなかろうか。
【あわせて読みたい】
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プロフィル
榊 淳司( さかき・あつし )
京都府出身。同志社大学法学部、および慶應義塾大学文学部卒業。1980年代後半のバブル期以降、四半世紀以上、マンション分譲を中心とした不動産業界に関わる。著書に「年収200万円からのマイホーム戦略」「磯野家のマイホーム戦略」(ともにWAVE出版)、「やってはいけないマンション選び」(青春出版社)、「新築マンションを買ってはいけない」(洋泉社新書)、「年収300万円でも家が買える!」(WAVE出版)、「マンション格差 」(講談社現代新書)など。オフィシャルサイトは こちら
『マンション格差』(講談社)
『マンション格差』(講談社)
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