東芝問題を教訓にせよ、スピンオフ解禁待ったなし!
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/8820
2017年2月3日 桂木麻也 (インベストメントバンカー) WEDGE Infinity
「今年を表す漢字は「惑(まどう)」に決まりました。」
2017年最初の寄稿であるが、いきなり気の早いことを書いてみた。年末の恒例行事、清水寺で行われる世相を表す漢字一文字の発表である。「弄」も可能性があるかもしれない。いずれにしてもこの手の字が選ばれることに異を唱える人は、あまりいないのではないだろうか。ツイッターで放言し、意にそぐわぬ企業は恫喝され、メディアは嘘つき呼ばわりされる。我々は毎日のように「彼」の言動に驚かされ、呆れ、怒り、しかし時には快哉を叫ぶ。大いに戸惑い、翻弄されているのだ。
就任早々に署名した大統領令には、前大統領が腐心した保険医療制度の廃止、環太平洋パートナーシップ(TPP)からの離脱、そしてメキシコ国境の壁の建設、特定国の人間の入国制限などが含まれている。選挙トークの1つとしてなら理解できるが、まさか実現なんかするわけないだろうと考えていたことがいきなり動き出した。何をしでかすかわからないぞ。そんな警戒感が募る一方、米国企業の成長期待から、ダウ平均が過去最高の2万ドルを超えるという状況も。これからの1年、いや4年、我々は大いに惑い続けるに違いない。「不確実性」という言葉では括れない、不安と期待が絡み合う複雑な時代の扉が開いたようである。
■「どうなってしまうかわからない」問題の筆頭
日本を見るに、足元の「どうなってしまうかわからない」問題の筆頭は東芝であろう。2015年の不正会計事件で大いに社会を揺るがし、経営陣を刷新して再起を誓った東芝である。だが、新生東芝の根幹として将来を託した原子力事業における大規模な減損が不可避な状態であり、企業存亡の危機に直面している。
過去10年、日本の電機産業は大きな環境変化とそれに伴う再編に見舞われてきた。家電製造の競争力が中国企業に完全に移行する中、日系家電各社は消費者向けから企業向け、つまり個別最終商品の提供者から、世の中の仕組み・システムの提供者への変質を図ってきた。それは、エネルギーを軸とする社会インフラへの関与であり、ネットと融合することでより安全な自動車の製造への技術提供であり、はたまた今後の長寿社会をサポートするヘルスケア関連のシステム構築であったりする。
ただその変質のスピードには歴然たる差があり、消費者への依拠が大きい企業ほど苦戦し、その結果、三洋の名前が消え、シャープがホンハイの傘下に入った。東芝に関して言えば、今問題になっているウエスチングスハウスの買収やスマートグリッドのランデスギアの買収など、大胆な施策でエネルギー部門への大きな方向転換を図った。自己変革の実現では、まさに先駆者であったのだ。
今、多くの新聞・経済誌が東芝解体を取り上げ、どの部門を誰が買うのかというさや当てがしきりになされている。東芝の事業は、今回の震源地であるエネルギーに加え、半導体、パソコン・テレビ、エレベーター・照明・空調などで構成されている。一見して、事業特性や競争環境が全く異なる事業を寄せ集めていることが分かるであろう。実際、それぞれの事業の期待リターンとその裏腹のリスクは相当乖離しており、それぞれの事業に全く異なる経営のExpertizeが求められるのである。現在の綱川智社長はヘルスケア部門出身、退任する志賀重範会長はエネルギー部門の出身だ。
大企業の社長選定のキーファクターは、花形と呼ばれる部門での経歴が長いかどうか、社内ポリティクスを無難にこなすバランス感覚があるかどうか、人柄が良いか、などと言われる。しかし事業環境の変化が劇的に早くなり、かつての花形部門が一瞬でコストセンターになる時代である。そして超大国に出現した「彼」によって、まさかのことが実現していく世の中でもある。このような環境下、従来の方式で選ばれた日系大企業のトップは、すべてのステークホルダーの利益を最大化できる能力を持ちうると言えるのであろうか?
■米国のスピンオフ
私は前回のコラムで米国のスピンオフについて述べた。一種の会社分割である。例えば、石油資源探索会社のMarathon Corporationは、上流事業である石油・天然ガスの探査、開発、生産という上流事業と、ガソリンの精製・販売という下流事業を有していたが、Marathon Petroleumという会社を設立して、下流部門をそこに移管した。また、医薬品および医療器具の製造販売を手がけるAbbottは、Abbvieという会社を新設し、新薬の開発を行う部門を移管した。資源の探査・開発と新薬の開発、どちらも当たれば非常に大きいが、非常にリスクの高い事業である。
それぞれ、ガソリンの精製、既存薬や医療品の製造販売と比べて求められる経営のExpertizeは全く異なるのである。元々同根だった複数の事業。それが時代や環境によってその特性が劇的に変わってしまう場合、米国ではスピンオフによってそれぞれに対する適正なガバナンスを提供しようとする。双方の企業価値増大を企図してのことであるし、株主に対して正しいリスクリターンの有り様を示すためでもある。
翻って、テレビ・パソコンの製造会社としての東芝に投資した株主は、エネルギー事業のリスクをどう見ていたのであろうか? 我国では、スピンオフに関する特別な税制が整備されておらず、日系企業がそのようなスキームで再編をする手立てがない。経産省は財務省に対してスピンオフ税制を盛り込んだ税制改正要望を出しているが、その法改正は待ったなしと言って良いだろう。東芝がエネルギー事業の転換を決めた際に、スピンオフ税制が整備されていタラ、そして実査にエネルギー事業構造を切り出して十分なExpertizeを持った経営者がこれを指揮していレバ。流行りの「東京タラレバ娘」ではないが、何ともせんないものである。
■AIに絵画を描かせる
さて本論から全くもってスピンオフ(逸脱)するが、世の中的にはAI(人工知能)に対する関心が高まっている。囲碁や将棋の世界でAIの躍進は目覚しいが、芸術の世界への進出も始まっている。下記の作品は、AI にレンブラントの絵をディープラーニングさせて、新しいレンブラントの絵を描かせる、というプロジェクトをCMにしたものである。ING証券がスポンサーになって、マイクロソフトの全面的なバックアップの下で作られたもので、昨年のカンヌで金獅子賞をとっている。
The Next Rembrandt
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実はそのコアメンバーから、この技術を使った新しいプロジェクトの相談を受けている。詳細は無論言えないが、エンタメ分野の話である。将棋のように人と対戦する領域から、人を笑わせ、泣かせ、感動させる領域へ。AIの進歩はとどまるところを知らない。ふと思う。この技術が応用されれば、複雑で難しい経営判断の指南をAIにさせることができるかもしれないと。無論、経営そのものを取って代わることはないだろうが、老害的なOB相談役のしがらみに満ちたアドバイスより、ドライで合理的なアドバイスを与えられるかもしれない。
ところでそんな技術を「彼」が手に入れたらどうなるであろうか?いや超大国のトップの「彼」のことである。もう既に活用していて、その結果の方言・大統領令だとしたら……。「惑」「弄」どころではなく、「恐」「狂」という字の方が適切かもしれない。