トランプ「国境税」が世界経済にとって危険な理由
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2017年1月24日 真壁昭夫 [信州大学教授] ダイヤモンド・オンライン
■世界経済は
縮小均衡に向かう!?
1月11日、トランプ氏が大統領当選後初めて記者会見を開いた。同氏は大統領選挙以降、財政出動、規制緩和、減税からなる“トランプノミクス”の具体的な内容に言及してこなかっただけに、世界中の経済専門家や市場関係者は目を凝らして注目した。
トランプ氏は、多くの人たちが期待した経済政策の具体策には言及しなかった。むしろ、記者会見で一層明確になった点は、トランプ氏が「米国第一」を重視していることだ。具体的には、同氏は米国から出ていく企業には国境税(Border Tax)をかけると警告した。トランプ氏の主張する国境税がどのような効果があるか、経済の専門家の間でもさまざまな意見がある。
国境税については、与党である共和党内部からも賛同する意見が出ており、今後、国境税がどのように扱われていくかは、トランプノミクスを評価する重要なポイントの一つになるだろう。
トランプ氏が大統領の権限を行使すれば、すぐに国境税の導入を実現できるわけではない。同氏の意図は必ずしも明確ではないものの、特定の企業を念頭に国境税を課そうとしているようにも見える。
一方、共和党内部では輸入企業を罰し、輸出企業を支える税制改革を進めようとする動きもみられる。米国経済の底上げを実現するという大統領選挙戦の公約、共和党への支持拡大を考えると、政治家にとって国境税の導入は魅力的なのだろう。
記者会見後の各国政府の反応などを見る限り、トランプ氏が主張する国境税は、輸出業への補助金の側面がある。米国がそれを実行に移せば、世界経済は貿易競争に直面し、縮小均衡に向かうだろう。
それを回避するためには、共和党とトランプ氏が歩み寄り、現実的な政策を進めることが欠かせない。財源確保のために米国企業が海外に滞留させてきた利益への課税を強化すれば、ある程度、有権者の満足感を高めることはできるだろう。トランプ氏が現実的な取り組みよりも、企業に厳しい条件を押し付ける米国への回帰を力づくで求めるなら、中長期的に、世界経済の不安定化は避けることが難しくなるだろう。
■トランプ氏らが考える
国境税の概念
国境税とは“国境調整税”と呼ばれる税の一つだ。OECDは国境調整税を、モノを輸出する際、その国でかけられている税率の全部、あるいは一部を免除し、モノを輸入する場合には、税の全部または一部を輸入産品に課す税制と定義している。
これは、産品が消費される国で課税されるべきとの考えだ。これを“仕向地課税主義”とか、“消費地課税主義”と呼ぶ。一例をあげると、わが国の消費税は、ある意味では消費地課税主義に則っている。国内で消費される輸入産品(例えば自動車の輸入)には消費税がかかる。一方、海外に輸出されるモノへの消費税は免除される。
トランプ氏も共和党も、米国の税制を改革し、経済成長率を促進しようと考えてきた。重視されているのが法人税の改革だ。共和党は、法人税率の引き下げ(35%から20%)に加え、仕向地課税主義の導入も検討してきた。それが実現すれば、米国への企業の回帰と輸出企業のサポートを、同時に進めることができると考えられるからだ。
トランプ氏は法人税率を15%にまで引き下げ、米国を拠点とする企業が税率の低い“タックスヘイヴン”に滞留させてきた利益に課税することを重視してきた。同氏は、この課税によってインフラ投資の財源を確保すると主張してきた。
今回、同氏が国境税に言及した理由の一つには、共和党の税制改革に同調し関係を改善しようとの目論見があるかもしれない。真偽は定かではないが、トランプノミクスの中で国境税がどう扱われるか、今後の注目は高まっている。
米国では州政府が売上税を管轄し、連邦政府レベルではこれに該当する税制度がない。そのため、国家全体で税の国境調整を進めることが難しかった。法人税率引き下げと国境税の両方が実現すれば、企業は米国を拠点に輸出で稼ぐビジネスモデルを選択しやすくなる。これが米国での雇用や設備投資の増加につながることは言うまでもない。トランプ氏の考えは定かではないものの、米国内に国境税の導入を重視し、米国への資金還流と経済の底上げを目指す考えがあることは確かだ。
■国境税に対する
各国の対応
問題は、トランプ氏が特定の国や企業を念頭に国境税の導入を主張しているように見えることだ。トランプ氏はメキシコで自動車を生産し米国で販売してきた大手メーカーに対し、米国向けの製品を国内で作らないなら国境税(35%)を課すと脅してきた。
元々、同氏は移民抑制のためにメキシコとの国境に壁を建設するとも主張している。明らかに、トランプ氏は保護主義の考えを持っている。これに対し、メキシコ政府の関係者が国境税導入の際には対抗措置をとると発言したのは当然だ。
トランプ氏は貿易赤字の元凶として日本や中国も批判した。すでにわが国の政府内では米国が本当に保護主義色の強い通商政策を進めた場合に備え、企業の支援措置を整備すべきとの考えが出始めている。中国も自国産業の保護のために補助金を出すなど、対応策を考えているはずだ。トランプ政権下での国境税の導入を警戒し、対抗措置を検討する国が増えることは必至だろう。
特に、中国の反応には注意すべきだ。中国経済が減速傾向にある中、習近平は秋の党大会に向け、一層、権力基盤の強化を重視するだろう。その一環として、中国が南シナ海の海洋進出に力を入れ、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉の加速化を狙う可能性がある。中国に対するトランプ氏の批判は強硬だ。記者会見後も人民元安を批判するなど、その姿勢は一貫している。
そして、国境税の導入は米国第一を世界経済に押し付けることにほかならず、中国にとってもマイナスだ。中国が報復措置として米国からの輸入品への関税を引き上げたり、保有する米国債の売却を進めるとの懸念は高まりやすい。
すでに米国内からも国境税に対する懸念が出ている。自動車、小売りの業界団体は輸入品のコストが増加し、業績圧迫につながるとの見方を示している。TPP交渉を主導してきた米通商代表部(USTR)も、国境税が実現すると報復を受ける恐れがあるとの懸念を表明した。このようにトランプ氏が主張する国境税には国内外からの批判や懸念が強い。
■国境税の短期的
中長期的な影響の考察
批判や懸念の強い国境税が、米国、そして世界経済にどういった影響をもたらすかは、時間軸ごとに分けて考えるとよい。短期的には、米国での設備投資、雇用、生産の増加期待が米国株式市場やドルの上昇を支える可能性がある。足元、米国の労働市場は完全雇用に近づき、徐々に賃金も増加し始めた。
さまざまな論点があるにせよ、トランプ氏が国境税の導入などによって、人為的に、米国の雇用を増やそうとしていることは軽視できない。国境税の導入などを受けて、米国の労働市場が逼迫し、景気回復が加速するとの期待が高まる場合には、利上げ観測も高まるだろう。
その場合、米国内外の金利差には拡大圧力がかかる。金利差の拡大は短期的な為替レートの動向に影響を与えやすい。目下、利上げが視野に入るのが米国だけの状況であるため、再度、ドルは買われる可能性がある。短期的には景気循環以上に、各種経済政策の内容が米国経済への期待にどう影響するかが重要だ。
こうした展開が進む間に、トランプ氏が冷静に、実現可能な政策を進められるなら、中長期的な世界経済への懸念は低下するかもしれない。基本的に、トランプ氏の発想は“ゼロサム”だ。同氏はグローバル化の進行とともに進んだ企業の海外展開を強制的に巻き戻そうとしている。そうすれば、海外に流出した雇用や投資が、そっくりそのまま米国経済の成長につながるというのが同氏の発想だ。これは、グローバル化が進行する中で職を失った労働者の支持を得る上では一定の効果を果たした。
しかし、米国を筆頭に、世界経済は相互に強く結びついている。米国が国境税を導入するなどして保護主義色の強い政策を進めれば、徐々に世界経済は縮小均衡に向かうだろう。トランプ氏の国境税は輸出補助金というべきものだ。
世界貿易機関(WTO)は輸出の補助金を禁止し、多くの国はそれを遵守してきた。折しも、世界経済全体の需要が低迷し、欧州などでも自国優先の論調が強まっている。その中で世界のリーダーである米国がルールを破れば、世界経済の秩序は低下する。その結果、中長期的には需要の奪い合い、貿易競争などが発生し、世界経済は不安定な状況に直面する可能性がある。
(信州大学教授 真壁昭夫)
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