世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第202回 必然の人手不足
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週刊実話 2016年12月29日号
厚生労働省が12月6日に発表した毎月勤労統計調査(速報値)によると、10月の実質賃金の上昇率はプラスマイナス0%。実質賃金の伸びが止まってしまった。これだけ人手不足が深刻化しているにもかかわらず、実質賃金が伸びない。なぜなのだろうか。
決まって支給する給与の「名目賃金」は、10月は対前年比で0.5%のプラスであった。実質賃金は、名目賃金を物価指数で割ることで算出される。実質賃金計算時のインフレ率である「持家の帰属家賃(持家住宅についても借家と同様のサービスが生産され消費されるものと仮定して評価した計算上の家賃)を除く総合消費者物価指数」は、10月が0.5%上昇であった。名目賃金の0.5%の上昇が物価上昇で打ち消されてしまったわけである。
インフレ率を押し上げたのは「生鮮食品」で、何と対前年比で11.4%の上昇だった。天候不順で野菜の値段が急騰し、持ち家の帰属家賃を除く消費者物価指数を上昇させ、実質賃金の下方圧力と化したのだ。
同時に、名目賃金の伸びも鈍ってきている。今年7月の名目賃金が対前年比プラス1.3%、8月が1.0%、9月が0.8%、10月が0.5%と、3カ月連続で伸び幅が縮まってしまった。
人手が不足している状況だというのに、なぜ名目賃金が安定的に伸びていかないのか――。内閣官房参与である藤井聡教授(京都大学大学院)が、筆者が編集長を務める『「新」経世済民新聞』にコラムを寄稿し、答えを教えてくれた(12月6日『【藤井聡】市場の「脱ブラック化」が、「人手不足」を解消させる』)。
藤井教授によると、現在の人手不足自体が「デフレ期からインフレ期」に発生する必然とのことである。
過去20年近いデフレ期、競争が極端に激化した結果、企業は「最低限の人員」で過剰なサービスを提供することを続けてきた。理由は、そうしなければ競争から脱落し、生き残ることができないためである。過剰なサービスを最低限の人員で供給するわけだから、当然ながらしわ寄せは従業員に向かう。日本で「ブラック企業」が問題視されたのは、まさにデフレにより過当競争が続いたためだ。
「最低限の人員」で供給していた以上、少し需要が増えるだけで、途端に人手不足になってしまう。考えてみれば、当たり前だ。デフレ期の日本企業は、常に過小な供給能力で過剰な供給を強いられ続けた。
藤井教授のコラムから引用しよう。
『さて、デフレが産み出した「過剰サービスを供給するブラック・マーケット」は、需要が限られたデフレでは確かにその需要を満たすことができるのですが、デフレ以外の状況ではその需要を満たせない、という「構造的欠陥」を抱えています。
そもそもブラック・マーケットは、現有人員をフル稼働させて、ようやく成立している「限界ぎりぎり」のマーケット。ですから、「これ以上の需要に対応する」ことができません。
もちろん、そんなマーケットでも「労働者を増やす」ことができれば「需要増」に対応可能ですが、そもそもそれだけの労働者は(少子高齢化であろうがなかろうが)日本国内にはいません(無論それは、少子高齢化であればなおさら、です)。
従って、ブラック・マーケットでは、需要がわずかでも増えれば、瞬く間に「人手不足」となります。
これこそ、20年間もデフレを続けてきた日本が今、デフレ脱却を図ろうとして、あらゆる業界で「人手不足」が叫ばれ始めた背景です。(「新」経世済民新聞)』
デフレ期に、われわれは知らず知らずにデフレに適応し、過剰なサービスを安価に提供することが「当たり前」の状況に陥ってしまった。そうなると、これだけ人手不足であるにもかかわらず、名目賃金(実質ではない)の伸びが異様に低い理由が理解できる。
経営者は、人手不足であろうとも、「過去の経験」的に従業員に高い給与を支払おうとしないのだ。何しろ、1998年以降、20年近くもデフレが続いた。過去の経験が、経営者に「従業員は安い給料で、最大限の労働を供給するもの」という固定観念を植え付けてしまっているのである。
というわけで、日本企業は過剰サービスの提供を停止しなければならない。過剰サービスをやめ、従業員に余裕を持たせるのだ。すると、従業員一人当たりの生産量は増え、人手不足が解消され、名目賃金がインフレ率を上回るペースで上昇し、実質賃金が上がる。
例えば、運送サービス。運送サービスは、高いお金を支払う荷主と、支払わない荷主について、迅速性、確実性について差をつけるべきである。高いお金を支払う荷主の貨物は、迅速に、確実に届ける。そうではない荷主の貨物については、迅速性や確実性を落とす。そうすることでドライバーに「余裕」が生まれ、既存の需要に対し現在の人員のみで対応可能となり、人手不足が解消する。
あるいは、建設サービスでは、高いお金を支払う顧客の建設を優先し、納期を守る。十分な建設費を支払わない顧客について、そもそも仕事を引き受けないというのも選択肢に入れるべきだ。そうすることで、建設サービスの費用は全体的に適正化され(上昇する、という意味だが)、限られた労働者で仕事をこなすことが可能になる。
製造業ならば、話はよりシンプルだ。すなわち、利益にならない製品の生産をやめる、である。利益が大きい製品にラインアップを絞り込むことで、従業員の負担を減らし、生産性を向上させることができる。
問題は、日本の経営者が相変わらずデフレマインドに支配されており、
「過剰サービスをやめると、顧客に逃げられるのでは? 競合相手に負けてしまうのでは?」
と、今後も従業員に無理をさせる過剰サービスを継続する可能性が高いという点である。
だからこそ、日本政府は「過剰サービスを規制する」という意味の構造改革を推進する必要があるわけだ。
とはいえ、果たして日本政府は「競争を緩和する」形の規制強化に乗り出せるのだろうか。あるいは、国民は「競争はとにかく善」という、(時期により)間違った思考から抜け出せるのか。
わが国の人手不足を解消するためには、まずは「過剰な競争は悪である」と、国民や政治家が理解しなければならないのだ。
みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。
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