「ワタミ低迷→鳥貴族躍進」は日本経済危機のシグナルか? デフレが原因か、それとも…
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2016.10.27 加谷 珪一 現代ビジネス
かつて破竹の勢いで成長していた居酒屋チェーン「ワタミ」の業績が低迷し、一方では280円均一の焼き鳥チェーン「鳥貴族」が大躍進している。
両社の対称的な状況から、メディアの見出しには「デフレ再来」などの文字が躍っている。デフレになると低価格な飲食店が流行るという話は本当なのだろうか。
■なぜワタミの株価は急上昇したのか
このところ株式市場でちょっとした異変が起こっている。業績が低迷しているはずのワタミの株価が急上昇しているのだ。年初に800円を切っていた同社株は、その後、みるみる上昇し、10月18日現在では1100円を突破している。
株価とは正反対に、ワタミの業績は依然として厳しい状況が続いている。2016年3月期の決算は、売上高が前年比17.4%減の1282億4600万円、経常損失が11億3200万円であった。最新の決算である2016年4〜6月期も最終損益が5億6800万円の赤字となっており、状況は改善していない。
同社は昨年の決算で129億円の赤字を計上し、経営不振が表面化した。主力の居酒屋事業で客足が鈍り、既存店売上高が大きく減少したことが業績悪化の原因である。
同社は、ブラック企業問題など、ネガティブな話題が続いたこともあって、かなり以前から客数の減少に苦慮しており、すでに100店舗の大量閉店を行っていた。2015年度に入ってからもリストラを進めており72店舗を閉鎖している。
巨額損失によって自己資本が毀損したことから同社は昨年12月、創業者である渡邉美樹氏の肝煎りでスタートさせた介護事業を損保ジャパン日本興亜ホールディングスに売却した。これによってワタミは約150億円の売却益を獲得し、財務体質の悪化にはひとまず区切りを付けた。
本来であれば、このあたりをボトムとして、反転攻勢に出たいところだが、思ったように事は運んでいないようだ。今期に入ってからも不採算店舗の閉鎖が続いており、売上高の減少が止まらないからである。
もっとも、店舗のリストラについてはそろそろ一段落というところであり、既存店の売上高は4月以降、プラスになる月が増えてきている。
株価が上昇しているのは業績底入れを見越した動きなのかもしれないが、それだけではないようだ。事情はもう少し複雑である。株主優待の条件を大幅に緩和することで、新規の株主を増やしている可能性があるからだ。
■タコがタコの足を食う
同社は2015年11月、株主優待制度の変更を発表している。新しい制度では、保有している株数に対する金額の条件は悪くなったが、利用条件が大幅に改善された。以前はランチタイムの利用は不可で、1回あたり2枚までしか利用できなかった。だが新制度では、ランチタイムの利用が可となり、利用枚数に制限がなくなっている。
主力の「和民」では、ランチの時間帯に営業している店舗は少ないものの、アメリカン・ダイナーの「TGIフライデーズ」や「炉ばたや銀政」などではランチ営業を行っている。首都圏や一部の大都市圏に住む人にとって、この条件変更は利用価値が高いだろう。
何といっても大きいのが、枚数制限の撤廃である。ワタミの優待は1枚500円だが、2枚までの制限があるのとないのとでは、利用者の印象は大きく異なる。100株の保有者は500円券が6枚もらえるので、現在の株価をあてはめれば約10万円の投資で3000円の食事ができる計算になる。
もっとも、変更前であれば、同じ株数で6000円の優待がもらえたので、既存の株主にとっては嬉しい知らせではない。同社が新規購入の投資家に極端に有利な条件を提示しているのは、これによって何とか来店する客数を増やしたいと考えているからだろう。
株主優待は、株主は企業の所有者であるという株式会社の原理原則から言うと、あまり望ましい制度とはいえない。その理由は、商品という金の成る木をタダで身内である株主に提供しているからである。お店のオーナーが、商品を自己消費するというのは普通は御法度である。
今回の条件変更では利用枚数が無制限になったので、場合によっては優待だけで済ませてしまい、ほとんどお金を払わないという客が出てくる可能性もある。それでも、同社が制度変更を実施したのは、客足の戻りが鈍いからであり、これは同社の経営環境が依然として厳しい状況にあることの裏返しということになる。
■「デフレの元凶」ではありません
なかなか状況を改善できないワタミとは正反対に、絶好調なのが鳥貴族である。女性でも入りやすい明るい店舗と、何より280円均一という分かりやすい価格体系がウケて、業容を急拡大させている。
2010年には177店舗だったが、毎年、急ピッチで新規店舗をオープンしており、現在では500店舗に迫る勢いだ。ワタミは大量閉店で逆に約500店舗を切っているので、鳥貴族はすでに店舗数においてはワタミと肩を並べていることになる。
各店舗の売上げが好調なことから、鳥貴族の2017年7月期における業績は、売上高、経常利益とも約25%の増加を見込んでいる。店舗については、直営店で80店舗、フランチャイズ店で20店舗の合計100店舗を新規出店するという強気の計画だ。
ワタミをはじめとする既存の居酒屋は苦戦が続き、280円(税抜き)均一を謳う鳥貴族が躍進していることで、メディアでは「デフレ再燃」といった見出しを目にする機会が多くなっている。
かつて、牛丼チェーン各社やサイゼリアなど低価格な外食チェーンは「デフレの申し子」などと呼ばれていた。場合によっては「デフレの元凶」などと、デフレを引き起こす原因になっているという見方まであったくらいである。
では今、日本は再びデフレに戻ってしまったのか。
今年に入ってから消費者物価指数はマイナスが続いており、8月の数値も前年同月比マイナス0.5%であった(生鮮食料品を除く総合:コア指数)。確かにデフレの足音が聞こえてきている。
だが物価全体の水準が下がるデフレという現象(マクロ)と、個別商品の相対的な価格が下がること(ミクロ)は分けて考える必要がある。
経済学の世界では、物価と需要には逆相関があるとされている。同じモノであれば、価格が高いと需要が減り、価格が下がると需要が増大する。景気が悪く全体の需要が乏しくなると、すべての価格帯において値段を下げない限り、同じ販売数量を維持できなくなるため、皆が値段を下げようとする。
これがデフレの正体である。ワタミにお金を落とさなくなった利用者が鳥貴族にお金を落とすということではない。
ちなみに「ワタミ」「大庄(庄や)」「鳥貴族」の3社で、毎月の全店売上高の伸びと消費者物価指数の伸びを比較すると面白いことが分かる。3社とも、消費者物価指数が上昇すると、売上高の伸びは鈍化しているのだ。
つまり物価が上がると、値段に関係なく消費者は居酒屋への支出を控えるようになる。相関係数を計算すると3社ともマイナス0.5くらいになり、会社ごとの差はあまりない。
これを見る限り、物価が変動することで、ワタミや庄やから鳥貴族に利用者が流れているというわけではなさそうだ。もちろん懐が寂しくなったので、より安い店を選ぼうという消費者心理は存在するが、デフレ懸念が高まっていることと、鳥貴族の躍進とワタミの苦戦を安易に結びつけるのはやめた方がよいだろう。
ましてや、低価格帯チェーンの存在をマクロ的なデフレの元凶とするのは、まったくのお門違いということになる。
■答えは「流行のサイクル」にあった
外食チェーンの世界には、流行のサイクルというものが存在し、同じ業態を長く続けていると顧客から飽きられてしまう。
ワタミはもともと居酒屋チェーン「つぼ八」のフランチャイズとして事業をスタートさせているが、つぼ八は、かつては破竹の勢いで全国展開しピーク時には600近い店舗数となっていた。しかし現在ではワタミに完全に追い抜かれ、280店舗と規模の小さい展開を余儀なくされている。
つまり、一定のサイクルで顧客はお店を変えていく可能性が高いのだ。そう考えると、つぼ八から巣立ったワタミが、つぼ八のピーク時に近い店舗数あたりから業績が反転し始めたというのは何とも暗示的である。
鳥貴族は、今期末には店舗数がほぼ600に達する。居酒屋の流行サイクルというものを考えると、鳥貴族はこれからが本当の意味での勝負ということになるだろう。
とはいえ、現在、日本経済はデフレ転落の瀬戸際にある。それ自体はまぎれもない事実だ。
本当にデフレに逆戻りする状況となれば、業態にかかわらずどの企業もマイナスの影響を受けることになるわけだが、そのような姿はあまり想像したくないものである。