次世代自動車競争、欧米、中国に続き韓国も、大丈夫か?日本車
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2016年10月20日 山本隆三 (常葉大学経営学部教授) WEDGE Infinity
米国で仕事をしていた時に、時々自分の車で出張することがあった。20年以上前のことであり、当時日本車が米国でシェアを増やしていることを面白く思わない米国人もいた。米国の取引先に日本人が日本車で乗りつけるのもどうかと思い、多少の故障は覚悟のうえで米国車を購入したが、故障続きだった。
日本では、故障でディーラーなどに修理に行くことは稀だが、自動車の利用が多い米国では故障も多く、大きなショッピングモールには自動車の修理、点検を行う設備が併設されている。そこに数カ月に一度通うことになった。買って直ぐに壊れたのはエアコンだった。それから、高速道路を走行中に突然スピードが10マイル(16キロメートル)以上落ちる出来事があった。友人の米国車は右折、左折の際にしばしばエンストを起こしていた。
日本車であれば、1年に一度の点検だけで、まず故障することはないので、日米の品質の差を実感したが、その品質の差は今大きく縮まっているようだ。今年6月に発表された米J.D.Powerによる米国で販売された車の初期故障に関するメーカー別評価では、1位は韓国起亜、2位は独ポルシェ、3位韓国ヒュンダイ、4位トヨタ、5位独BMWだ。5年前の2011年のランキングでは、1位レクサス、2位アキュラ(ホンダの高級車部門)、3位ホンダ、4位独メルセデス、5位マツダだった。日本車の品質は急速に悪化しているようだ。表-1に2011年と2016年のランキングを示した。
日本車が劣勢になっているのは、車の品質評価だけではないようだ。次世代自動車競走でも、日本メーカーの多くは米、欧、中、韓の目指す方向とずれてきている。地球温暖化の問題、燃料のガソリン、軽油を製造する原油の生産がピークを打ったとの見方もあることから、二酸化炭素(CO2)の排出量が少ない次世代自動車の普及競争に拍車がかかっている。
世界は電気自動車(EV)に向かっているが、日本の多くのメーカーはハイブリッドに力を入れている。経済産業省はEVとプラグインハイブリッド(PHV)の普及を促進する政策を今年打ち出したが、中国が世界一のEV大国になっている現状で、日本車は大丈夫だろうか。
■なぜ世界はEVに向かうのか
テスラモデルS(Getty Images)
日本では日産自動車と三菱自動車がEVを手がけているものの、売れ筋はハイブリッド(HV)だ。今年1月から6月の乗用車ランキングの1位はプリウスで14万台、2位はアクアで9万台とハイブリッドが1、2位を占めている。
今年度の4月から6月の販売台数では、乗用車総計が62万7000台、うちHVは25万4000台と40%以上を占めている。PHVは1600台、0.3%、EVは2500台、0.4%、燃料電池車(FCV)は144台、0.02%しかない。
自動車は基幹産業であり、関連する産業も多く、雇用に占める比率も大きい。日本自動車工業会によると、製造出荷額は約53兆円、製造業出荷額に占める比率は17.5%、雇用は製造と資材部門で120万人、販売・整備部門で100万人を超えている。日本経済を支える産業だ。
自動車を手掛けている国は、当然ながら自動車産業の強化に熱心だ。このためか、世界ではEVを次世代自動車の主流にする動きが顕著だ。EVであれば電源構成次第とはいえ、大半の国でCO2排出量が少なくなることもこの動きを後押ししている。日本のメーカーが得意とするHVと比較すればEVは部品数も少なく製造は容易だ。EVを次世代自動車の中心とすることができれば、EV車を多く手がけている国が世界市場の覇権を握れるチャンスがある。
中国が政策支援によりEV生産台数世界一になり(『世界一の電気自動車大国になった中国 EVが次世代自動車の主役になるのか?』)EVに力を入れる米中の動きを報告したが、ここに来て韓国もEV市場に力を入れるなどEVを巡る競争は激化してきた。
EVに搭載されるバッテリーの能力を上げ、コストを下げることができれば、市場の覇権を握ることができる。さらに、EVに使用されるバッテリーを転用すれば、太陽光、風力発電など、お天気任せでいつも発電できない再エネの電気を上手に利用することも可能になる。EV市場だけではなく、再エネ用の蓄電設備の巨大市場も視野に入ってくる。
■EVのCO2排出量と経済性
ガソリン1リットル(L)当たりのCO2排出量は2322グラム(g)だ。燃費を1L当たり15キロメートル(km)とすれば、1km当たりのCO2排出量は約155gとなる。一方、日産リーフは電気量1kWh当たり平均では8km程度走行するようだ。電気1kWh当たりの2015年度のCO2排出量は530gなので、1km当たりのCO2排出量は約66gとなる。
原発が停止していることから化石燃料の使用料が増えている日本では1kWh当たりのCO2排出量は増えているので、原発が稼働すれば、さらにEVのCO2排出量は減少することになる。一方、中国のように発電量の75%を石炭に依存している国では1kWh当たりのCO2排出量は大きく、EVの効果は薄れることになる。
ガソリンを1L100円とすると1L当たり15kmの燃費の車では1km当たり6.7円必要だ。電気料金を1kWh当たり25円とすると、1km当たり3.2円になる。EVのほうが燃料にかかる費用は安いが、いま欧州で問題になっているのは、EVが増加すると電力不足が発生する懸念だ。発電設備の老朽化が進む日本でも同様の不安が出てくるかもしれない。
■世界のEV市場
国際エネルギー機関(IEA)によると、昨年末時点での国別EVとPHVの保有台数は表-2の通りだ。世界一のEV大国は米国、次が中国、日本も3位につけており、HVに加え、EV/PHVもある程度のシェアを持ち、世界の中でも上位にあることが分かる。
ただ、EV/PHVの国内における市場シェアをみると、世界一はノルウェー23.3%、2位はオランダ9.7%、スウェーデン2.4%、フランス1.2%、中国1.0%、英国1.0%、米国0.7%、ドイツ0.7%。日本は0.6%だ。
ここに来て、EV生産国世界一になった中国でのEV販売が急伸している。今年1月から8月までの販売台数は、対前年同期比90%以上の伸びを示し19万3000台と米国の9万1000台を10万台以上上回り、保有台数も50万台を超え、米国を抜き世界一になった。
現在世界一のEVメーカーは、投資の神様と言われるウォーレン・バフェットの企業バークシャー・ハサウェーが10%の株式を持つ中国BYDだ。最近韓国サムスン電子が30億元(465億円)を同社の新株購入に投資し、2%の権益を得たと報道されたことでも注目された。1月から7月までの販売台数は5万3000台だ。2位は日産3万4000台、3位テスラ3万4000台、4位BMW、5位フォルクスワーゲンと続くが、BYD車の豪州などへの輸出に続き、国営企業のBAICグループもメキシコへのEV車の輸出を開始しており、EVでは中国メーカーが海外市場を獲得する可能性は無視できない。
■韓国も乗り出す政策支援
EV市場を育てるための政策手段の中心は、充電スポットの整備と、EV購入時の補助金、税の免除だ。特に、充電スポットが限られ、充電に時間がかかることがEV拡大の足枷になっている。
韓国でのEV台数は昨年末時点で4300台、市場シェア0.2%しかなく、EVの普及は遅れているが、8月に韓国産業通商資源部チュ・ヒョンファン長官が、ソウルと済州島にそれぞれ120器の急速充電器、全国では合計300器を11月までに設置し、さらに全国の4000の共同住宅に3万の充電器を年末迄に設置すると発表した。韓国電力公社主導で進められ、投資額は2000億ウォン(180億円)。
最初の急速充電器の開所式で、チュ長官は「主要な輸出品目として育てるためにEVを重点政策とする」と述べたが、韓国電力などの公的機関が440億ウォン(40億円)を投じ2023年までに1100台のEVを購入し、国内需要を喚起する計画になっている。EV購入の補助金も1200万ウォン(110万円)から1400万ウォン(125万円)に増額された。
■ガソリン車販売禁止を考えるノルウェーとオランダ
欧州主要国は、EV販売促進のために補助金、税免除など様々な支援策を導入している。例えば、EV導入率世界一のノルウェーは、EVには登録税、付加価値税の減免、駐車場代、フェリー代金、高速代金の無料化など手厚い支援策を取っている。
ノルウェーの気候・環境大臣は、9月にインタビューに答え、2025年に国内でのガソリン、ディーゼルを使用する車の販売を禁止する意向を明らかにしている。EVあるいはFCV以外の販売は不可能になる。大臣は2023年にはEVの価格が競争力を持つことになるので、2025年にはEVの販売だけで市場を満たすことが可能になるとみている。
オランダ下院も、ガソリンとディーゼルを使用する車の販売を2025年に禁止する法案を可決している。本法案には、実現は不可能とする反対の声も強く出ているが、2025年には今までのガソリン、ディーゼル車を販売できなくなる国が欧州で登場するかもしれない。
充電スポットについては、英国において石油会社のシェルが自社のガソリンスタンドに充電設備を設置することを検討中と報道された。シェルは英国内に約1000のスタンドを保有するが、来年前半から設置を開始する予定だ。ガソリンスタンドに充電設備が設置されるとなると設備数は急増することになる。
■おいてきぼりにならないように
日本でも今年3月に経済産業省がEV/PHVを普及させるためのロードマップを発表し、2020年にEVの保有台数を最大100万台にする目標をたてた。中国はEVを中心とする新エネルギー車を2020年までに500万台普及させる目標を立て、政策支援を行っている。技術的には比較的製造が容易なので、中国の後発メーカーも製造可能な車だ。2008年にオバマ大統領が2015年までに100万台のEVを普及させる目標を立て未達になった米国も、充電設備に対する連邦政府の補助制度を導入し、インフラ整備に力を入れ始めた。
世界の流れは、技術的に複雑なため手がけることが可能なメーカーが限られ、加えてインフラの普及も見えていないFCVではなく、EVにあるようだ。それだけに、欧米に加え、中国、韓国とも世界市場を握ろうと躍起になってきた。技術力があるだけに、CO2削減のため多様な技術を追いかけていた日本メーカーもそろそろ的を絞り、リーフに続き競争力があるEV車を市場に投入する時期に来ているように思える。パリ協定の発効により地球温暖化対策がさらに注目されるようになってきた。世界のEV市場の拡大は予想よりも早いかもしれない。