焦点:
老朽化する米核戦力、次期政権悩ます巨額更新費用
9月26日、国防当局者や専門家のあいだでは、予算の制約上、次期大統領はほぼ確実に、オバマ政権が計画した米国の核戦力の維持・近代化の是非と、実施するならばどの程度のペースで進めるのかという決断を迫られるだろうという観測が広がっている。写真は、非武装の大陸間弾道ミサイル「ミニットマンIII」の発射実験。米カリフォルニア州バンデンバーグ空軍基地で2月撮影。米空軍提供(2016年 ロイター/Kyla Gifford/U.S. Air Force Photo/Handout via Reuters)
Yeganeh Torbati
[マイノット空軍基地(米ノースダコタ州) 26日 ロイター] - マイノット米空軍基地はカナダ国境に近く、風の強い広大な平原にある。パイロットたちが操縦するのは、20世紀半ばのケーブルやプーリー(滑車)も使われている、祖父たちが操縦していたものと同じ爆撃機である。
グレートプレーンズ地帯の数千平方マイルの地域には、核弾頭装備の弾道ミサイル150発が収められたサイロ(地下式ミサイル格納施設)が散在している。毎年春になると、空軍の職員たちは、融雪で汚れた鉄とコンクリートで作られたサイロの扉を掃除する業務に追われる。
米国の核戦力は、25年から62年前のあいだに、競合する超大国・ソ連との軍拡競争にのめり込むなかで構築され、これまで何度となく、改修、修理、再塗装を経験してきた。11月8日の米大統領選を控えた今、こうした核戦力の将来が争点になっている。
民主党のヒラリー・クリントン候補は、大統領就任後最初の仕事の1つとして、前回は2010年に完了した核戦力の見直しを求めることになると言う。
一方、共和党のドナルド・トランプ候補は、長年にわたる米政策の転換に着手し、今月、5回目にして過去最大の核実験を行った北朝鮮による攻撃を抑止するため、日本や韓国といった同盟国が独自に核武装することを認めると述べている。
カーター国防長官は26日、就任後初めてノースダコタ州のマイノット空軍基地を訪問した。カーター長官は、米国の核抑止力は安全保障の根幹であり、国防総省にとって最優先課題であると述べた。
巡航ミサイルを搭載したB52爆撃機の前に置かれた演台で、カーター長官は「更新を進めていかなければ、これらのシステムは確実に老朽化していき、安全性、信頼性、有効性が低下していくだろう」と語った。
「実際のところ、わが国の核兵器運搬手段は、大半が当初の耐用年数を超え、もう何十年も延長されている。したがって、もはやこれらのプラットホームを交換するか維持するかという選択ではない。交換するか、それとも失うかという話なのだ」とカーター長官は言う。
カーター長官によれば、ロシアはすでに新たな核兵器システムを構築しており、同国の指導者たちが核兵器について十分に慎重かどうかという点で疑問が生じている、という。また同長官は、北朝鮮が引き続き脅威になっているとも述べた。
カーター長官の演説と並行して、国防当局者や専門家のあいだでは、予算の制約上、次期大統領はほぼ確実に、オバマ政権が計画した米国の核戦力の維持・近代化の是非と、実施するならばどの程度のペースで進めるのかという決断を迫られるだろうという観測が広がっている。
<試練の時期>
試練の時期が到来するのは2020年代だ。米国の弾道ミサイル搭載潜水艦、巡航ミサイル搭載戦略爆撃機、大陸間弾道ミサイル(戦略核戦力の3本柱)が耐用年数の終わりを迎えるからである。
議会予算局の試算では、核戦力にかかる総コストは、2024年までで3480億ドル(約35兆1340億円)となっている。だがこの金額には、2020年代後半に予定されている最も高額な更新費用が含まれていない。外部による試算では、核戦力の維持・近代化のコストを30年間で約1兆ドルとみている。
エネルギー省のモニッツ長官は20日、ロイターに対し、「(核戦力の)更新の実施については超党派的な公約があるので、それだけのコストはかかると覚悟しなければならない」と語った。「とはいえ、特に20年代には相当な予算増額になる」
エネルギー省は国防総省とともに核戦力に関する責任を分担しているが、その研究・生産施設の一部については、すでに設立以来73年が経過している。
次期政権は、コスト削減のために核戦力近代化計画の一部を中止、または延期する可能性がある。増税、財政赤字の拡大、国内プログラムの削減といった手段もあるが、いずれも米国の有権者には受けの悪い政策である。
近代化計画のうち最も削減される可能性が高いのは、核弾頭の装備が可能な長距離巡航ミサイル(LRSO)と新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)である。
エリザベス・ウォレン氏(マサチューセッツ州選出)、バーニー・サンダース氏(バーモント州選出)など10人の上院議員は7月、オバマ大統領に対して、LRSOに関する計画は「核戦争のリスクを増大させかねない不必要な能力を与えるもの」であるとして中止するよう求めた。
国防総省当局者や国防専門家のなかには、巡航ミサイルは、防空網がステルス爆撃機でも浸透することが困難なほど強化された場合の保険になるという意見もある。
クリントン政権であれトランプ政権であれ、地上配備の弾道ミサイルの数を現在計画されている400発より削減する可能性はある。あるいは、現行の大陸間弾道ミサイル「ミニットマンIII」の退役を先送りすることで新型ミサイルの配備を延期する可能性がある。「ミニットマンIII」は1発につき最低TNT火薬換算300キロトンの核弾頭を搭載するもので、推定14万人の命を奪った広島型原爆の20倍の威力がある。
米国は、核不拡散条約のもとで核兵器の保有を認められた5つの核保有国の1つだ。他は、ロシア、英国、フランス、中国である。
米空軍では、新たな地上システムのコスト(ミサイル、指揮統制システム、発射管制センターを含む)を600億ドル以上と試算している。
ペリー元国防長官など米国の元当局者の一部は、地上配備ミサイルは不可欠なものではなく、段階的に廃止していくべきだと主張している。一方で、ロシア、北朝鮮による核攻撃の潜在的脅威のもとで、地上配備ミサイルの重要性は増していると支持する声もある。
米シンクタンク、戦略予算評価センターのエバン・モンゴメリー上級研究員によれば、予定されている近代化のかなりの部分はほぼ停滞状態にある。新型兵器の投入が必要であり、その一部はかなり先の話になるからだ。
モンゴメリー氏は、B21長距離戦略爆撃機と、海軍が保有するオハイオ級弾道ミサイル原子力潜水艦14隻の代替となる新型戦略原潜は「最も高額な兵器だが、多くの点で最も安全であることはほぼ間違いない」と指摘する。B21は通常兵器・核兵器の双方を搭載することができ、新型戦略原潜は、敵国からどのような先制攻撃があろうと生存できるため、最優先と考えられている。
海軍では、1981年に初就役となったオハイオ級原潜(個別誘導多弾頭型の「トライデント」ミサイルを最大24発搭載)を、12隻の新型潜水艦に置き換える計画であり、コストは約1000億ドルとされている。
カーター国防長官は26日に行った演説のなかで、ほとんどの人は理解していないが、核戦力プログラムへの支出は国防予算のなかではわずかな比率でしかないと述べた。国防専門家によれば、国防総省の予算は現在、年間6000億ドル前後であり、核戦力への支出はピーク時でも国防総省予算の約5%を占めるにすぎないだろうという。
それでも資金不足は大きく、国防総省の巨額の予算をもってしても、次期大統領は避けがたいジレンマに直面しそうだ。
オバマ政権で国防次官(政策担当)を務めたジェームス・ミラー氏は、「私の考えでは、当該の時期にグローバル戦略を遂行するために必要な資金に比べ、数百億ドルは不足しているのは確実だ」という。「もはや細かい帳尻合わせのレベルではなくなっている」
(翻訳:エァクレーレン)
http://jp.reuters.com/article/usa-nuclear-future-idJPKCN12015V?sp=true
コラム:欧州にまん延する「国民投票恐怖症」
Paul Wallace
[28日 ロイター] - 欧州連合(EU)について語られる語彙(ごい)には、すでに聞き苦しい言葉やフレーズがあふれているが、新たに「国民投票恐怖症」という造語をそのなかに加える必要があるだろう。
一部の不安とは違い、国民投票への恐怖心には十分根拠がある。英国でEU離脱の是非を問う国民投票(ブレグジット)が6月に実施されたのに続き、この秋以降にハンガリーが移民問題で、イタリアが憲法改正をめぐり国民投票を予定している。
これら国民投票が、EUをさらに不安定化する可能性がある。さらに根本的なことを言えば、国民投票は、ブレグジットのような動きを阻止するのに必要とされる改革をまさに除外してしまうことになる。
国民投票のせいで、EUは北方のみならず、欧州中心部での拡大を阻まれている。直接民主制を標榜(ひょうぼう)するスイスは、EU加盟をめぐり、過去2回国民投票を実施している。その両方において加盟は可決されなかった。EU加盟への第一歩になることを恐れてか、1992年には欧州経済地域(EEA)への加盟も僅差で否決された。
その結果、スイス国民の生活が必ずしも楽になったわけではなかった。スイス政府は120に及ぶ二国間協定について交渉をしなくてはならなくなった。加盟した場合と比べ、単一市場へのアクセスは悪く、EU市民の自由な移動は認めているものの、移民数制限の是非を問う2014年の国民投票で賛成票が上回ったことで、この取り決めさえ危うくなっている。
国民投票はまた、ユーロ圏拡大の足かせにもなっている。不釣り合いな南欧の経済国がユーロ圏最初の加盟国として名を連ねた一方、困難に対し自国で対処可能な北欧2国は国民投票の結果、支持を得られず加盟することがかなわなかった。
デンマークはユーロ圏に加盟しなくてもよいとするオプトアウト(適用除外)の権利を有するが、同国政府は2000年にユーロ圏加盟の是非を問う国民投票を実施。結果は否決された。同様の国民投票が2003年にスウェーデンでも行われており、否決されている。以降、スウェーデンは非公式のオプトアウトを享受している。
EUと国民投票との関係が一段と険悪さを増しているのは、単なる偶然ではない。1972年以降、EU関連の国民投票は55回実施されている。そのうち46回は1992年以降に行われている。
1990年代初めには12カ国だったEU加盟国の数が2013年までに28カ国へと増えるなか、EUの統合ペースが加速するのに呼応するように、各国政府は国民投票の実施を求めるようになっていく。スイスが最も多く実施しており、その数は計8回に上る。この習慣は広がっており、EU加盟国28カ国のうち、国民投票を実施していないのはドイツを筆頭にベルギー、ブルガリア、キプロス、ポルトガルのわずか5カ国だけである。
たいていの場合、国民投票は加盟をめぐって実施されることが多いが、EU加盟国間の関係を支配する条約の重大な変更について行われることもある。アイルランドの有権者は、EUが「ノー」という返事を受け入れないことを思い知らされた。同国は2度、EU基本条約(リスボン条約)の批准をめぐり国民投票を実施。1度目は否決されたが、いくつか小さな譲歩によって促され、2度目の投票で可決した。
しかしプレッシャーは小国には有効かもしれないが、もっと影響力のある国に対しては利かない。2005年には欧州憲法条約の批准をめぐり、フランスとオランダで相次いで国民投票が行われたが否決された。ただし、その計画の大要は2007年のリスボン条約に受け継がれている。EU設立国6カ国のうち仏蘭2カ国が欧州の統合を拒否したことは、2010年初めに発生したユーロ危機に対して抜本的な対応策を講じることの妨げとなった。
さらなる国民投票を警戒してか、メルケル独首相をはじめとするユーロ圏の指導者たちは、根本的な条約変更を必要とする改革を故意に回避。リスボン条約に小さな変更を加えることにより、ユーロ圏の金融安全網である「欧州安定メカニズム(ESM)」創設の法的課題を未然に防いだ。とはいえ、ESMはEUの法律というより国際法にのっとり創設された。既存の条約にとらわれ、ユーロ圏の不安定な基盤をてこ入れするための制度改革はそれ自体がその場しのぎのものだった。
さらに悪いことに、欧州のリーダーたちはもはやEU関連の国民投票だけを恐れているわけではない。とりわけ、12月に予定されている憲法改正の是非を問うイタリアの国民投票を懸念している。上院が不信任投票を通じて政権を転覆できないよう権限を弱める憲法改正案が支持されなければ、レンツィ首相は辞任すると公言しているためだ。銀行の不良債権問題ですでに揺れているユーロ圏3位の経済大国イタリアでは、レンツィ首相がもし退陣すれば政治不安が起きるだろう。
「国民投票恐怖症」はEUをマヒ状態に陥らせる恐れがある。ありがたくないことに、これは1980年代初めの欧州プロジェクトに見られた病的な症状と似ている。当時、EU理事会で決定されたことが加盟各国で相次ぎ否決されたため、いわゆる「ユーロスクレローシス(欧州硬化症)」と呼ばれる経済停滞に対処することができなかった。
こう着状態が打開されたのは1986年、単一市場の成立を可能にする単一欧州議定書が満場一致で調印されてからだ。現在、条約の修正には障害がある。それを取り除かない限り、EUはブレグジット以上の問題に直面することになるかもしれない。
*筆者はエコノミスト誌の元欧州経済担当エディター。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
http://jp.reuters.com/article/column-eu-plebiphobia-idJPKCN12017C?sp=true
http://www.asyura2.com/16/warb18/msg/746.html