アメリカは本当に「9月利上げ」に踏み切るのだろうか? イエレン発言を読み解く
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2016年08月29日(月) 真壁 昭夫「通貨とファイナンスで読む世界経済」 現代ビジネス
8月26日、イエレン連邦準備理事会(FRB)議長は、米ワイオミング州ジャクソンホールにてカンザスシティ連銀が開催した経済シンポジウム(通称、ジャクソンホール)で、「連銀の政策目標が達成されつつあり、利上げを行う論拠が高まった」と発言した。
8月中旬以降、複数のFRB高官が「9月の利上げも含め近い将来の利上げが可能」と述べて来た。そして、FRB議長自ら利上げの必要性を示したことは、多くの投資家に利上げが近づいていることを認識させることになった。それによって、講演終了後の金融市場で米金利上昇・ドル高につながった。
一方、米国および世界経済の現状を冷静に考えると、本当に利上げが可能か不透明な部分もある。
FRBが早期の利上げを目指した場合、市場が混乱しリスクオフが進むことも考えられる。当面、米国の金融政策に対する投資家の思惑が市場を左右することになるだろう。FRBの政策動向には一段と注意が必要だ。
■すべては「データ次第」
ジャクソンホールでのイエレンFRB議長の講演原稿を見ると、雇用の改善が進み完全雇用が達成されつつあること、そして物価は数年のうちに目標の2%に到達するとの見方が示された。
その上で議長は、堅調な労働市場の動向を取り上げ、数ヵ月のうちに利上げを進める論拠が高まったと述べた。これは、利上げへの注意喚起だ。この部分に注目すると議長の講演はタカ派だったと言える。
一方、同議長は慎重な政策スタンスを示し、利上げへの懸念が過度に高まらないよう配慮してもいる。講演の中では、現在の慎重な政策運営の重要性が示されている。そして、議長は利上げの可能性はあるが、すべては“データ次第”とも述べている。そのスタンスは従来と変わらない。
今回のイエレン議長の発言は、ダドリーNY連銀総裁やフィッシャー副議長らFRB高官の発言内容と共有する点が多い。連邦公開市場委員会(FOMC)の参加者の多くが、今後の利上げに前向きな姿勢であることがわかる。
議長講演での発言を受けて、金融政策の動向を反映しやすい米2年金利は6月上旬来の0.80%台に上昇した。為替相場ではドルが主要通貨に対して上昇し、ドル/円は101円台半ばをつけた。
ただし、今後、ドル高が続くかは慎重に考えるべきだ。通貨の価値に変動を与えるインフレ率を加味すると、実質金利(名目金利-インフレ率)は、デフレが進むわが国の方が米国よりも高い。そのため、円はドルに対して強含みやすい。ドル高による米国経済の圧迫も無視できない要因だ。
■市場は利上げに耐えられるのか
8月の雇用統計で非農業部門の雇用者数が予想以上に増加すれば、9月利上げの可能性は排除しきれない。
しかし、足許の経済指標を見ると、雇用以外の分野では低調なものが多い。インフレリスクへの懸念が高まっているわけでもない。第2四半期のGDP確定値が速報値から下方修正されるなど、本当に利上げができるか、これからも不透明な部分が残ることになるだろう。
これまでFRBが慎重な金融政策を重視してきたことは、多くの投資家にリスクテイクへの安心感を持たせた。それが新興国市場の資金流入につながり、景気への懸念がある中での通貨、株式市場の安定を支えてきた。米国の株式市場が史上最高値を更新し、低格付け債券市場が堅調に推移していることも、FRBの政策によるところが大きい。
FRBの利上げには、投資家としてそれなりの準備が必要だ。投資家とすれば、「一定の警戒は示しつつも、低金利継続への願望を捨てられない」のが本音だろう。
その中でFRBが早期に利上げを行おうとすれば、さらなる注意喚起が必要だろう。その場合、ドルの上昇を受けた新興国からの資金流出など混乱が広がることが懸念される。
ドル高の影響はブーメランのように米国に降りかかり、企業業績や輸出が落ち込む可能性もある。雇用の改善に注目すれば利上げは可能かもしれないが、それに市場が耐えられるか、不安は払拭しきれない。
世界経済全体が米国の緩やかな景気回復に支えられてきただけに、今後もFRBは慎重に政策運営を行うことになるはずだ。