もはや外国人の「ブラック労働」なしでは成り立たない新聞配達の悲惨な現場 「奨学金留学制度」の功罪
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2016年08月26日(金) 出井 康博 現代ビジネス
新聞配達。もはや外国人なくしては、成り立たない仕事の一つだ。しかし、彼らがどれだけ過酷な労働を強いられているか、知る人は少ない。話題の一冊『ルポ ニッポン絶望工場』から「朝日奨学会」の実態を描いたパートを特別公開する。(前編はこちらから)
■「朝日」と「ベトナム人」
朝日奨学会が招聘したベトナム人は、2年間にわたって日本語学校に通いながら新聞配達の仕事に就く。なかには、日本語学校を卒業した後も、専門学校や大学に進学して新聞配達を続ける者もいる。
最近では朝日奨学会とは無関係に、個々の販売所が来日中のベトナム人留学生をアルバイトとして雇うケースも急増中だ。そうしたアルバイトを含めれば、首都圏の朝日新聞販売所だけで少なくとも500人以上のベトナム人が働いていると見られる。
仮に500人が一人300部の新聞を配達していれば、首都圏の朝日新聞だけで15万部がベトナム人によって配られていることになる。それにしても、なぜ「朝日」と「ベトナム人」なのか。
朝日奨学会による外国人奨学生の受け入れは、もともと「中国人」がターゲットだった。1982年、朝日新聞東京本社と「中国の関係機関が、友好事業の一環」(朝日奨学会東京事務局)として始めたのである。
その後、中国のほかにも韓国やモンゴルからも新聞奨学生を受け入れるようになる。だが、これらの国からの受け入れは盛り上がらなかった。そんななか、唯一成功したのが「ベトナム」だった。
ベトナム人が奨学生として受け入れられ始めたのは、1990年代初めのことだ。きっかけは、朝日新聞系の週刊誌「アエラ」に載った一本の記事だった。記事では、当時としては珍しく日本に留学経験のあるベトナム人が、母国でつくった日本語学校が紹介されていた。その記事を見た朝日新聞販売所の経営者が、日本語学校の校長に会うためわざわざ現地を訪ねた。
バブル期ではあったが、販売所に人が足りないわけではなかった。事情を知る関係者によれば、その経営者は純粋にベトナム人の人材育成を目指していたのだという。
「日本が貧しかった時代、朝日に限らず新聞奨学生は、地方の若者にとってはありがたい制度でした。恵まれない家庭の子どもたちでも、都会の大学で勉強することができた。彼(経営者)も元新聞奨学生なんです。1990年代初めのベトナムは、今にもまして貧しかった。日本語学校で勉強しても、日本に行くチャンスなどほとんどありません。そんな若者たちに彼は、日本で学べる道を開こうとしたのです」
経営者と日本語学校の校長は意気投合した。そして帰国後、経営者が朝日奨学会に話をつけ、ベトナムからも招聘奨学生を受け入れることになった。
ベトナム人奨学生の受け入れだけが成功したのも、この経営者の存在が大きかった。奨学生は来日後、新聞配達に必要な原付バイクの免許を取得する。もちろん、試験は日本語で受ける。そのサポートから始まって、仕事を始めた後の悩みの相談まで、経営者はまさに親代わりとなって時間を割いた。
一方のベトナム人たちも、招聘奨学生となる道をつくってくれた経営者や販売所、さらには出身校であるベトナムの日本語学校の期待に応えようと、懸命に仕事と勉強の両立に励んだ。その結果、日本語学校を卒業後、国立大学に合格するような奨学生も相次いだ。
そんな話がベトナムに届くと、現地の日本語学校にはさらに優秀な学生が集まるようになっていく。ベトナムでは政府関係者の子弟でもなければ、海外留学など高嶺の花だった。しかし、新聞奨学生になれば、日本という先進国への留学の道が開かれるのだ。
販売所でも、ベトナム人は次第に評価されていった。働きぶりは真面目で、しかも学業でも優秀な成績を収める。奨学会がベトナムの同じ日本語学校に絞って受け入れていたこともよかった。仕事や勉強、生活面に至るまで先輩が後輩に指導する態勢ができたことで、販売所から逃げ出して不法就労に走るような者もいなかった。
こうして朝日新聞を通じ、ベトナム人が日本に留学する道が開かれた。するとベトナムの若者の間で、「日本に行けば、働きながら勉強できる」という噂が広まっていく。
もちろん、朝日の招聘奨学生の場合は、あくまで「仕事」よりも「勉強」がメインである。しかし、そのほかの留学希望者は必ずしもそうではない。時が経つうち「仕事」と「勉強」の比重がすっかり逆転し、「日本に留学すれば働ける」という話に変わっていく。
一方、日本では人手不足が急速に進んだ。政府も2008年に始めた「留学生30万人計画」の実現に向け、途上国出身者であっても留学生を喜んで受け入れた。そんな日本の状況に目をつけ、ベトナムでは留学を斡旋するブローカービジネスが広まった。そして「日本留学ブーム」が巻き起こる。つまり、現在のブームに火をつけたのは「朝日新聞」だったのである。
■留学生を送り込むブローカー
朝日奨学会によるベトナム人奨学生の受け入れが大成功すると、各紙の新聞販売所で「留学生」が注目を集めるようになった。過去数年間で朝日に限らず販売所の人手不足が深刻化したからだ。
出稼ぎ目的で来日している“偽装留学生”にとっても、新聞販売所の仕事は悪くない。なんといっても、日本語のできない留学生が就ける仕事は限られる。多くは徹夜の重労働で、時給は最低賃金レベルである。しかも「週28時間以内」という留学生アルバイトの制限をかいくぐるためには、2つ以上の仕事をかけ持ちする必要がある。その点、1つの仕事で月20万円近くを稼げる新聞配達は、留学生には魅力的なのだ。
留学生を販売所に斡旋する業者も生まれた。そうしたブローカーはベトナム人に限らず、さまざまな国から来た“偽装留学生”たちを販売所に斡旋する。最近では、新聞販売所で働く留学生の国籍もかなり多様になった。ベトナムに加え、ネパールやインドネシア、ミャンマーなどの出身者もよく見かける。
現地の日本語学校と提携し、組織的に販売所に留学生を斡旋するような業者もある。ビザ取得のため日本の日本語学校に留学させ、新聞配達の仕事に使うのだ。朝日奨学会がベトナムで始めたビジネスモデルを真似てのことである。
だが、新聞配達の仕事は決して楽ではない。朝日奨学会によるベトナム人の受け入れがうまくいったのは、前述したように関係者らの全面的なバックアップがあったからなのだ。
ブローカーが斡旋する他の留学生たちには、そうした支援は望めない。日本語にも不自由な外国人が、いきなり販売所に放り込まれるのだ。販売所で働く日本人とコミュニケーションは取れず、仕事もなかなか覚えられない。原付免許もないため、配達は自転車でやることになる。仕事の大変さは原付の比ではない。新聞配達に自転車で密着した私にはよくわかる。
当然、配達時間も長くなる。嫌になって仕事を辞め、さっさとほかのアルバイトへと移っていく留学生も少なくない。すると販売所は、また新たに留学生を探す必要に迫られる。そうした悪循環も、人手不足のなかで生まれている。
もちろん、新聞を留学生が配ること、それ自体に問題はない。だが、違法就労が横行しているとなれば話は違ってくる。
■完全にアウト
私が仕事に密着したアン君の朝刊配達は、午前6時に終わった。午前2時に出勤し、広告の折り込みなどをした後、配達に3時間少々かかった。朝の仕事時間は約4時間である。その後、夕刊の仕事を午後2時から始めた。配達を終えたのが午後5時だ。この日の労働時間は合わせて7時間だった。そしてアン君は週6日働いている。
日曜日は夕刊がない。しかし、休みが日曜と重なるときもある。また、夕刊配達を終えた後、翌日の朝刊分の広告の折り込みなどで居残るケースも少なくない。アン君によれば、仕事時間は平均して「週40時間」程度になるという。
新聞奨学生も「留学ビザ」で来日している。新聞配達はアルバイトという扱いだ。そのため仕事は「週28時間以内」しか許されない。アン君の場合、週12時間は違法に働いていることになる。
アン君だけが特別なのか。それを確かめようと、私は50人以上のベトナム人に直接会って話を聞いた。OBを含め皆、首都圏の朝日新聞販売所で奨学生として働いた経験者である。
労働条件は配属された販売所によって大きく違った。配達する朝刊の数も300部から550部程度まで開きがあった。新聞配達だけでなく、チラシのポスティングや古紙回収、朝日奨学会が外国人奨学生にはやらせないよう指導している集金業務までやっている者もいた。
また、新聞の配り忘れである「不着」1軒につき、販売所から数百円の罰金を取られていたりもする。経営者の方針次第で、仕事の中身から待遇までまったく違ってくるのである。
ただし、1つだけ共通していたことがある。それは私が取材したベトナム人の奨学生経験者全員が「週28時間」を超える仕事をしていた、ということだ。なかには、週50時間近くも働いている奨学生もいる。
もちろん、朝日新聞の販売所で働くベトナム人奨学生のすべてが法律に違反していると言うつもりはない。しかし少なくとも、アン君が特別なケースでないことは確かである。
朝日奨学会は販売所に文書を配布し、「週28時間」の労働時間を守るよう求めている。だが、実態はまったく伴っていない。アン君が働く販売所の経営者も、彼が週28時間以上の仕事をしていることを認めた。
「確かに、法律に定められた時間以上の仕事をベトナム人奨学生はやっています。ほかの店に聞いてもらっても同じだと思いますよ。そもそも(奨学会が販売所に求める)一日5時間(週5日、夕刊のない日曜は3時間で計28時間)では販売所の仕事は終わりません。配達の現場を多少でも知る人なら、誰でもわかっているはずですけどね」
ほかにも数人の販売所経営者に話を聞いたが、答える内容はほぼ同じだった。販売所の仕事は、とても「週28時間以内」で終わるようなものではないのだ。留学生に法律を守らせようとすれば、彼らの仕事だけを減らし、特別扱いする必要が生じる。だが、そんな余裕は今の販売所にはない。
■経営悪化の煽りを受ける外国人労働者
この数年で、新聞販売所の経営は軒並み悪化している。定期購読者と広告の両方が減っているからだ。アン君が働く販売所では、毎日約1500部が売れ残る。朝日から購入する朝刊の実に3割に達する数である。こうして売れ残る新聞のことを、関係者は「残紙」と呼ぶ。
なぜ、売れもしない新聞を販売所は新聞社から購入するのか。そこには販売所と新聞社の力関係が影響している。売れ残るからといって、販売所は簡単には新聞社に部数カットを言い出せない仕組みなのだ。ちなみに、朝日に限らず新聞社の「公称部数」は、こうした残紙も含んだ数字である。
購読者が減ったため、アン君の販売所では最近になって配達の区域分けを1つ減らした。そのぶん一人が担当する区域は広がり、配達部数と労働時間が増えた。
なにもアン君の働く販売所に限った話ではない。経営状態が悪化しているため、どこの販売所でも人件費は安く抑えたい。たとえ留学生が日本人より安価な労働力であっても、無制限に数は増やせないのだ。
実は、「週28時間以内」という労働時間の制限は、ベトナム人を雇う販売所にとっては都合がよいシステムでもある。実際にはそれ以上の仕事をしていても、法律を逆手に取って残業代を支払わないですむ。週28時間を超える分の残業代を出せば、販売所が公に法律違反を認めたことになるからだ。こうして日本人には残業代が支払われても、ベトナム人は「未払い残業」に甘んじることになる。
■結局、移民を受け入れられる態勢ではない?
今、日本でも移民の受け入れをめぐっての議論が始まっている。だが、私から見れば、受け入れ賛成派、そして反対派にも大きな勘違いがある。それは、「国を開けば、いくらでも外国人がやってくる」という前提で議論を進めていることだ。
日本が「経済大国」と呼ばれ、世界から羨望の眼差しを注がれた時代は今や昔なのである。にもかかわらず日本人は、昔ながらの「上から目線」が抜けない。
日本で働く外国人労働者の質は、年を追うごとに劣化している。そのことは長年、現場を見てきた身から断言できる。
本書で取り上げてきた実習生、介護士の問題もそうだ。日系ブラジル人の場合は、年齢が若く、可能性を秘めた人から母国へ帰国している。留学生に至っては、出稼ぎ目的の“偽装留学生”の急増は目立つが、本来受け入れるべき「留学生」は決して増えていない。すべては、日本という国の魅力が根本のところで低下しているからなのだ。そんななかで、「移民」受け入れの議論が始まった。
移民の受け入れを主張する人たちに尋ねたい。「あなたたちは、いったいどこの国から、どれだけの数の人たちを、どんな条件で受け入れるつもりなのか」と。
安倍晋三首相は、移民の受け入れを繰り返し否定している。だが、裏では着々と準備が進められてもいる。人手不足に直面する経済界の声、さらには米国などからの「外圧」に押されてのことだ。
2016年3月に開かれた自民党「労働力確保に関する特命委員会」の初会合では、テレビのコメンテーターとしても有名な米国人エコノミストからこんな提言があった。
「日本の大学で、日本語で授業を受けて卒業した留学生に対し、自動的に日本の永住権を与えるべきだ」
エコノミストは「移民」に対して日本人のアレルギーが強いことをわかって、「永住権」という言葉で置き換えている。だが、永住権の付与は移民の受け入れと同じことだ。
「大卒の留学生」に限って受け入れると聞けば、もっともらしく響く。もちろん、このエコノミストも「留学生30万人計画」で急増する“偽装留学生”の実態は知っているはずだ。金さえ払えば、彼らに卒業証書を出す大学はいくらでもある。そんな大学を卒業したところで、日本語は不自由で、単純労働者としてしか使えない。つまり、出稼ぎ目的の偽装留学生≠移民にまでしてしまう抜け道を提案しているのだ。
人手不足は、低賃金・重労働を嫌がって日本人が寄りつかない仕事ほどひどい。そのことを素直に認めたうえで、なぜもっと正直な議論をしないのか。いつまで外国人を騙し、都合よく利用するつもりなのか。これでは日本が国ぐるみで「ブラック企業」をやっているも同然だ。
私は移民の受け入れをいっさい拒むべきだといっているわけではない。ただし「移民は一日にしてならず」である。今やるべきことは、将来「移民」となる可能性を秘めた外国人労働者、留学生の受け入れ政策について、一から見直すことだ。現状の制度は、嘘と建て前のオンパレードなのである。
単純労働者受け入れの裏口である「外国人技能実習制度」では、依然として「国際貢献」や「技能移転」といったお為ごかしがまかり通っている。「日本人と同等以上」と定められた実習生の賃金は、官民のピンハネのせいでまったく守られていない。ピンハネ構造を改め、実習生の再入国を認めるだけで「失踪」の問題は大幅に減り、現場にも役立つ制度になるはずだ。
経済連携協定(EPA)を通じての外国人介護士・看護師の受け入れにも、改善の余地は大きい。せっかく優秀な人材を集め、多額の税金まで遣って育成しながら、日本は「国家試験」というハードルを課して追い返してきた。受け入れの目的すら定義せず、意味不明な政策を取り続けてきた結果である。
「留学生30万人計画」は即刻中止すべきだ。出稼ぎ目的の留学生が歓迎される国など、世界を見回しても日本だけである。
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