なぜ実燃費とこんなに違うのか? 「カタログ燃費」計測の奥深〜いプロの"妙技" よくて8掛け、時には6掛け
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49213
2016年07月24日(日) ベストカー編集部 :現代ビジネス
不正問題で世の中の注目が燃費に集まっているなか、今改めて話題になっているのがカタログに記載されるJC08モード燃費と実燃費との差の大きさだ。BC(ベストカー)読者なら「常識」という話だが、今回のことで初めて知った人も多いだろう。ここで改めて検証してみたい。
なぜ実燃費とこれほど違うのか?
JC08モードは'11年4月より始まった。'91年から続いていた10・15モードを改正し、より実燃費に近い数値が出るという触れ込みだった。
ご存じのとおり、JC08モード燃費の計測はシャシダイナモを使って室内で行われる。車重や走行抵抗に合わせた負荷を設定し、決められた走行パターンに沿って試験する。その走行抵抗の計測に不正があったというのが今回の問題だが、それはここでは置いておく。
JC08モードは10・15モードよりも所要時間、平均車速、最高速、距離などすべてが高く設定されており、燃費に厳しいコールドスタートの要素も加味されている。それでもなお実燃費との違いが激しいのはなぜなのか。
実は、BCは'12年にJC08モード計測を体験取材したことがある。実際にやってみれば、これがいかに専門的な技術が必要な試験であるかよくわかる。
テストは車両の右斜め前方に設置されたモニターに表示されるドライバーズエイド(運転指示装置)に沿って行う。ずっと斜めを見ながら操作することになり、これがすごい違和感。
運転指示には速度の下限と上限の許容域を示すラインが引かれており、それに合わせてアクセルとブレーキを操作するのだが、これが素人には難しい。加速は意外と速いし、ブレーキも想像以上にハードな操作を強いられる。
加速、減速が次々に指示され、ついていくのがやっと。「省エネ運転なんて気にしているヒマなかった」というのが体験した編集Mの感想だ。
JC08モードの走行パターンは平均速度24・4km/h(10・15モード22・7km/h)、最高速度81・6km/h(同70km/h)、所要時間1204秒(同660秒)、走行距離8・127km(同4・165km)。燃費が落ちるコールドスタートの数値も加味される
■一般人は絶対に無理
速度の上限と下限の許容域を、1秒以上超えることが2回あると測定中止となる。編集Mは測定を開始してすぐに「中止」を宣告されたが、それでは取材にならないので続行。
当時の記事の結論は「燃費測定のプロドライバーは、単に基準ラインをたどるのではなく、許容範囲内でスピードを上手に利用して、燃費をコンマ1km/L単位で削っていくのか。そう思ったら本当に頭が下がる思いがした」とある。ほとんど半べそ状態。よほど大変だったようだ。
BCは'12年にJC08モード燃費の計測を体験取材。実際にやってみると加速も減速も想像以上に急な操作が必要であることがわかる
つまり、JC08モードを計測する際の運転は日常のそれとはまったく異なるということだ。計測ドライバーは各メーカーの社員がつとめるが、それこそ省燃費運転のプロ中のプロ。全神経を集中させて、一切ムダなく1204秒(JC08モード計測の総走行時間)を走りきるのだ。一般人は絶対に無理。
また、クルマそのものもJC08モード計測の走行パターンで燃費がよくなるものにすることもできる。特にトランスミッションがCVTであればセッティングの幅が広く、"JC08モードスペシャル"に仕立てやすい。クルマもドライバーもJC08モードに特化しているのだから、それはいい数値が出る。
さらに燃費計測には影響しない消費エネルギーの問題もある。実際の走行ではエアコンやカーナビなどの電装品や補機類でけっこうなエネルギーを消費しているが、JC08モード燃費の測定ではそれは反映されない。これも実燃費との乖離が発生するひとつの要因となる。
■輸入車の場合
いっぽう、輸入車の場合はどうか。
輸入車も年間の輸入台数が5000台を超えるクルマに関してはJC08モード燃費の計測、表示が義務づけられており、日本車と同じ試験を受ける。日本ではなく海外の施設で行うこともあるが、内容は同じ。この点で日本車と輸入車の差異はない。
「モード試験は再現性があり、公平であることが何よりも重要。実燃費との乖離は把握していますが、意義はあると思っています」と国交省は言う
違うのはスペシャルなドライバーとクルマの設定がないことだ。JC08モードの走行パターンで究極の数値を叩き出すドライバーもいなければ、クルマをそこに合わせるセッティングもしない。それは単純に「そこまで日本市場に特化できない」(某インポーター関係者)からだ。
同じ車格で比べた場合、輸入車のカタログ燃費は日本車よりも劣ることが多いが、その理由のひとつがこれ。基本的に輸入車には"JC08モードスペシャル"がないのだ。
ちなみに、JC08モード燃費の数値は事前にメーカーが申請しておき、試験でそれを超えることができたら採用される。もしも試験でその数値を超える結果が出ても、事前申請の数値は変えられない。
逆に超えられない場合は再試験となるが、プロ中のプロが計測ドライバーをつとめる日本車はギリギリの数値で申請できるいっぽう、輸入車は再試験を避けるために余裕のある数値で申請しがち。そのため差がさらに広がるということも考えられる。
■カタログ燃費達成率No.1はなんと三菱!
続いて、JC08モード燃費(カタログ燃費)と実燃費の差はどのくらいあるのかを調査してみたい。豊富なBC燃費テストのデータを使い……、といいたいところだが、データ量では到底かなわないe燃費の力をお借りすることにする。
e燃費は62万人の会員から送られてくる愛車の実燃費データを管理しているインターネットサービスだ。
(表1)運転者、走り方、走っている場所など条件がすべて異なるe燃費の実燃費データは、あくまでも「参考」として考える必要はあるが、サンプル数の多さにより平均値の信憑性は相当高い。そんなe燃費のデータを見ると、JC08モード燃費の数値が低いほど達成率がよく、数値が高いほど達成率が悪いことがよくわかる。 協力/e燃費
e燃費のさまざまなデータのなかで、今回は「カタログ燃費達成率」に着目。5月15日時点での直近60日以内データのベスト10とワースト10を抽出した(表1)。
ナンバーワンは今話題の三菱アウトランダーPHEVで、JC08モード燃費20・21km/Lに対し実燃費21・581km/Lと、達成率111・25%をマーク。なんとJC08モードよりも実燃費のほうがいいという結果となった。
EVで走れる距離が長いPHVは、JC08モード燃費と実燃費に差が出やすい面は確かにあるが、それがいいほうに転んでくれるのだったら大歓迎。こういう乖離なら納得できる。なお、2位のプジョー308、3位のボルボV60まで100%超えとなっている。
いっぽうのワースト1位はダイハツキャストで56・0%、2位はインプレッサスポーツハイブリッドで58・99%、そして3位が不正問題で販売休止中の三菱eKワゴンで60・0%。ワースト10のほうにはほかにもJC08モード燃費の数値がウリのクルマがずらりと並び、低燃費を標榜するクルマには"JC08モードスペシャル"が多いことがうかがえる。
(表2)5月15日現在での直近60日以内のe燃費「カタログ燃費達成率」データを編集部でメーカー別に集計したところ、なんと燃費不正問題で揺れる三菱が最も達成率が高いメーカーという結果となった。これはどう考えればいいのか?あとダイハツはちょっと悪すぎない?
そして、注目していただきたいのが表2だ。e燃費によるカタログ燃費達成率のデータをBCが独自にメーカー別に算出したのだが、なんと話題の三菱が最も優秀だったのだ!
輸入車を含むすべての平均達成率が73・21%だったところ、三菱は小数点以下を四捨五入すれば唯一80%となる79・58%をマーク。この差は驚きである。
三菱が燃費を稼ぐために不正を働いていたという事実は糾弾されるべき。失墜した信用も取り戻すのは難しいだろう。
しかし、JC08モードと実燃費の差が最も少ないメーカーであるというのもひとつの事実。本当に燃費というのは複雑である。
■1kg違いで天国と地獄! 車重1080kgの攻防
JC08モード燃費の計測ではシャシダイナモのローラーに負荷をかける「等価慣性重量」というものがあり、下の表のとおり車両重量によって細かく区分されている。
JC08モード燃費の計測ではシャシダイナモのローラーに負荷をかける「等価慣性重量」というものがあり、下の表のとおり車両重量によって細かく区分されている。
燃費計測ではカタログで表示される車重に110kgを足した重さが適用され、コンパクトクラスによくある1080kgのクルマであれば等価慣性重量は1130kg。これが1kgでも重くなると1250kgとなり、負荷が急激に増えてしまう。それゆえ車重を1080kg内に収める"燃費スペシャル"のグレードが発生するのだ。
例えばアクアのS、Gは車重1080kgでJC08モードは37・01km/Lだが、1090kgのXアーバンは33・81km/Lに急落する。車重10kgの違いで実燃費がこんなに変わるわけはないのだが、試験ではそうなってしまうのだ。
フィットハイブリッドは標準グレードが1080kgで36・41km/Lなのに対し、Fパッケージは1140kgで31・41km/Lに。デミオXDも1080kgの標準グレード(6MT専用)は30・01km/Lだが、ツーリング(6AT専用)は1130kgで26・41km/Lとなる。
フィットやデミオの1080kgグレードは燃料タンク容量も少なくしているが、車重は燃料満タンの状態で測るからで、その量を減らすための苦肉の策。まさにグラム単位で1080kgに抑えていることがわかる。
その上のクラスも同様だ。プリウスはEのみJC08モードが40・81km/Lとなっているが、これは車重を1310kgに抑えているからで、等価慣性重量は1360kgの枠に収まる。E以外の車両重量は1360~1380kg(FF)となっており、等価慣性重量はひとつ上の枠となって110kg増え、燃費は37・21km/Lに落ちてしまう。プリウスも燃料タンク容量を小さくしていて、Eは38Lでそれ以外は43L。
各社そこまでしてJC08モード燃費の数値にこだわっているということで、そりゃ実燃費との乖離も出るわって話なのだ。
「ベストカー」2016年6月26日号より