地震予知前提の防災転換へ
「東海」想定した大震法見直し、「注意情報」の扱い焦点
政府はマグニチュード(M)8級の東海地震を想定した大規模地震対策特別措置法(大震法)を抜本的に見直す。今から40年近く前、1978年にできた大震法は「東海地震は予知が可能」との前提に立ち、危険が迫ったら首相が警戒宣言を出して対策を取り、被害を減らすとしている。だがその後、別の地域で大きな震災が繰り返し起き、前提は崩れた。大震法の問題点と見直しのポイントを探った。
「東海地震を予測できるとして法律をつくったのだろうが、予知の精度は上がっていないという現実がある」。防災相の河野太郎さんは6月末、記者会見でこう述べた。
この発言からもわかるが、大震法の見直しは、予知を前提にした防災からの転換が柱となる。内閣府は専門家による会合を8月にも開き、今年度中に見直し案をまとめる。
大震法制定の発端は76年、東京大学の助手だった石橋克彦さん(現神戸大名誉教授)が唱えた「駿河湾地震説」だった。
東海沖から四国沖に延びる南海トラフでは、プレート(巨大な岩板)が沈み込み、そのひずみがたまって、M8級の地震が繰り返し起きてきた。紀伊半島沖を境に東で起きると東南海地震、西だと南海地震と呼ばれ、過去には両者が連動した例も多い。
石橋さんは過去の東南海地震を調べ、震源域が駿河湾に及ぶことを突き止めた。1944年にはこの地域で昭和東南海地震が起きたが、駿河湾は「割れ残り」になったと指摘。「駿河湾(東海)地震が単独で、明日起きてもおかしくない」と警告した。
有力学者が集まる地震予知連絡会も石橋説を追認した。これを受け気象庁は駿河湾周辺で地殻のひずみなどを測る観測網を整備。予知を前提とした大震法が定められた。
大震法では、地殻に異常が見つかると、気象庁に専門家による「判定会」が招集される。地震が近いと判断すれば首相が警戒宣言を出し、新幹線や鉄道を止め、百貨店や学校も休んで事前に避難する。
想定外の震災発生
同法の制定後、地震研究は東海地震予知に重点が置かれ、ほかの地域の観測は手薄になっていった。その死角を突いたのが95年、死者6千人以上を出した阪神大震災だ。2011年の東日本大震災も想定外の連動地震となり、予知の難しさを見せつけた。
大震法の最大の問題点は、それでも「予知」の看板を下ろさなかったことだ。内閣府の有識者会議は13年、東海を含めた南海トラフの地震について「起こり方が多様で確かな予測は困難」と結論づけた。座長を務めた名古屋大教授の山岡耕春さんは「予知が困難なことは地震学者の共通認識で、今後の見直しで出発点にするのは当然」と話す。
2つ目の問題点は、警戒宣言の出し方だ。不確実な予知情報をもとに交通を止め店を閉めれば、経済活動への影響は甚大だ。東海地震説を唱えた石橋さんも「戒厳令を出すようなもので、制定当初から疑問だった」と警戒宣言方式の廃止を求めている。
3つ目の問題は対象地域だ。仮に前兆が観測されれば東海地震だけでなく、東南海・南海地震も同時に起きる恐れがある。だが大震法の対象は三重県以東の8都県に限られ、和歌山県以西で起きる地震には言及していない。
以上3点は見直される可能性が高いが、議論が分かれそうなのは「注意情報」の扱いだ。大震法では前兆が不確実な場合に出し、住民に避難準備を呼び掛けるとしている。名大の山岡さんは「異常をとらえたら黄色信号として自治体や住民に伝える仕組みは必要」と話す。
法律廃止求める声
一方、法律自体の廃止を求める声も根強い。静岡大客員教授の安藤雅孝さんは「どんな異常が観測されたら注意すべきなのか。いまの地震学は科学的根拠のある基準をつくるほどの実力がない」と話す。東京大教授のロバート・ゲラーさんも「大震法は日本の地震研究をゆがませ、国民に予知への過大な期待を抱かせた。予知ができない以上、存続の理由はない」と訴える。
自治体からは「異常があれば国が情報を発信する仕組みや自治体の防災対策を途切れさせない手立てが要る」(静岡県)との声が上がる。制定以来、地震研究や防災のあり方に大きな影響を及ぼしてきた大震法。その功罪を改めて検証し、自治体や住民の声も踏まえた見直しが必要だ。
(編集委員 久保田啓介)
[日経新聞7月15日朝刊P.35]