まず、ざっと見聞きした限りでの仲裁裁判所の判断は妥当だと思う。
中国の領有権を認めるにたる国際法的な権原や歴史的な実効支配の積み重ねがない。歴史的な漁業権については、フィリピンともども中国にも認めることができるというものである。
領有権ないし管轄権とは関係なく、島ではなく岩については、埋め立て造成が行われたとしても、領海は認められても排他的経済水域はが設定できない。低潮高地の場合、埋め立て造成をしても領海すら認められないというのは国際海洋法条約に従えば当然の判断である。
仲裁裁判所の判断や中国政府の受け容れ拒否を受け、中国の覇権主義的海洋進出などと対中非難が喧しいが、仲裁裁判所は、南シナ海海域にある島々(岩や低潮高地)の領有権がどの国(複数の場合も)に属するかについて何も言っていない。
フィリピンの訴え自体が、フィリピンの領有権を認めてもらう目的ではなく、中国が主張する領有権は根拠がないというものである。
日本政府も中国に仲裁に従うよう声明を出しているが、日本が国際法的に根拠が薄い国後島・択捉島の領有権を主張しているように、中国も国際法的に根拠が薄い南シナ海全域に対する主権を主張し続けるだろう。
(歯舞・色丹は日本領だが、サンフランシスコ講和条約で千島列島を放棄しており、南千島と呼ぶ国後島・択捉島も千島列島に属すると考えられる)
南シナ海で起きている領有権をめぐる対立は、日本で、覇権主義に走る中国の剥き出しの利益追求と横暴ぶりが原因であるかのように思われているフシがある。
しかし、尖閣諸島とは違い、中国(台湾)の南シナ海の島々に対する領有権の主張は、日本が領有し台湾の一部とした歴史的経緯もあり、台湾も中国の一部と考えるのなら、大国になった中国の覇権主義の現れとは一概に言えない。
さらに言えば、南沙諸島と西沙諸島を中心とする南シナ海海域の島々をめぐる領有権問題に日本が無関係というわけではない。
というより、1938年から1945年のあいだ大日本帝国が実効支配していた領域が、戦後70年以上経過した今なお国際法的には領有権の帰属が不確定のままというのが問題の淵源なのである。
朝鮮半島の分断など、戦後アジアにはいくつかの大きなトゲが育てられている。南シナ海領有権問題もその一つと言えるだろう。
日本は、サンフランシスコ条約第二条で「(f)日本国は、新南群島及び西沙群島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄」した。
サ条約第二条(f)に書かれている新南群島が南沙諸島(スプラトリー諸島)である。日本が1938年に領有を宣言し、新南群島と名付けた。行政区分上は、閣議決定で植民地であった台湾の高雄市の一部となった。
このような経緯から、日本の敗戦後、新南群島及び西沙群島に対する領有権は中華民国に移ったと理解することもできる。
サ条約は、北方領土についても言えるが、日本が放棄することは規定されていても、その後どこの国が領有権を引き継ぐかについては規定されていない。(沖縄県の国連信託統治に関しては米国と明記されているが)
UN(連合国)での代表権を維持しながらサンフランシスコ対日講和会議には招待されなかった台湾とのあいだで締結された日華条約(日中国交正常化で破棄)では、
第二条
日本国は、千九百五十一年九月八日にアメリカ合衆国のサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約(以下「サン・フランシスコ条約」という。)第二条に基き、台湾及び澎湖諸島並びに新南群島及び西沙群島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄したことが承認される。
と明記されているが、新南群島及び西沙群島が中華民国の領有になったという明確な記述があるわけではない。
(領有権を放棄した日本が放棄した領域の新たな帰属先を云々することはできないが、日華条約にわざわざ関連条文を加えたのは、米国の了解を得た上での“暗黙の引き渡し”があったと推測することもできる)
連合国での代表権を認められずサンフランシスコ講和会議にも招かれなかった中華人民共和国の周恩来外相は、サンフランシスコ講和条約の草案における南シナ海領域の扱いについて、次のようにクレームを付け、宣言も発している。
「対日講和問題に関する周恩来中国外相の声明」 1951年8月15日
「草案は、故意に日本が西鳥島と西沙群島にたいする一切の権利を放棄すると規定し、その主権返還の問題について言及するところがない。実は、西沙群島と西鳥島とは、南沙群島、中沙群島及び東沙群島と全く同じように、これまでずっと中国領土であったし、日本帝国主義が侵略戦争をおこした際、一時手放されたが、日本が降伏してからは当時の中国政府により全部接収されたのである。中華人民共和国中央人民政府はここにつぎのとおり宣言する。すなわち中華人民共和国の西鳥島と西沙群島にたいする犯すことのできない主権は、対日平和条約アメリカ、イギリス案で規定の有無にかかわらず、またどのように規定されていようが、なんら影響を受けるものではない。 」
※ 周恩来中国外相の声明でいう「西鳥島」が、現在、ベトナムが実効支配している南沙諸島の一つ南威島である。
中沙諸島は、スカボロー礁(黄岩島)が存在するところで、昨年4月、スカボロー礁周囲で中国の漁船が拿捕され、大きな係争になったところである。
日本政府は、米国の尻馬に乗って中国横暴論を振りまくなのではなく、戦後70年経ってなお領有権の帰属が未確定の南シナ海領域について、二国間及び関連多国間での交渉で領有ないしは管轄の境界を定めようという気運の醸成に努力を傾けるべきであろう。
=======================================================================================================================
南シナ海、中国の主権認めず 国際司法が初判断[日経新聞]
習主席「判決の影響受けない」
2016/7/12 20:29 (2016/7/12 22:26更新)
【ブリュッセル=森本学】国連海洋法条約に基づくオランダ・ハーグの仲裁裁判所は12日、南シナ海での中国の海洋進出を巡り、中国が主権を主張する独自の境界線「九段線」に国際法上の根拠がないと認定した。中国が人工島造成など実効支配を強める南シナ海問題に対し、初めて国際的な司法判断が下された。中国は判決を受け入れないとしており、国際社会との緊張が高まるのは必至だ。
裁判はフィリピンが提訴した。判決文は九段線の海域内で中国が主張する主権や管轄権、歴史的権利に関して根拠がないと指摘。国連海洋法条約を超えて主権などを主張することはできないとした。中国は1996年に同条約を批准している。
中国が造成する人工島も「島」と認めなかった。フィリピンが訴えた「中国が人工島を造成したミスチーフ礁などは満潮時に水没する『低潮高地』(暗礁)であり、領海を設定できない」との指摘を認めた。
スカボロー礁やジョンソン礁などは「岩」であると認定し、沿岸国が漁業や資源開発などの権利を持つ排他的経済水域(EEZ)は設けられないと判断した。スカボロー礁周辺の海域は中国、フィリピン、ベトナムの伝統的な漁場で、中国がフィリピン漁船にたびたび妨害を加えていたことも国際法違反だとした。
フィリピンのヤサイ外相は判決を歓迎するとした上で「フィリピンは画期的な判決を尊重し、強く支持する。紛争の平和的解決のため、引き続き努力する」と述べた。一方、中国の習近平国家主席は北京訪問中のトゥスク欧州連合(EU)大統領との会談で「南シナ海の島々は昔から中国の領土であり、領土、主権、海洋権益はいかなる状況でも仲裁判決の影響を受けない。判決に基づくいかなる主張や行動も受け入れない」と強調した。
国連海洋法条約に基づく仲裁裁判は、相手国の同意がなくても一方の国の意思だけで始められる。中国の海洋進出を脅威に感じたフィリピンは2013年1月に裁判の開始を申し立てた。中国は拒否したが、同条約の規定に従い裁判官に当たる5人の仲裁人が審理した。
米海軍が昨年5月に公表した南沙諸島のファイアリークロス礁の画像=米海軍提供・ロイター
中国は1950年前後に九段線を示し、海域のほぼ全域での主権と管轄権を主張してきたものの、国際法上の根拠を明確には説明してこなかった。今回の判決で「国際法違反」と明確に結論づけられ、中国の主張が根底から覆された。中国とフィリピンは判決に従う義務を負うが、罰則や強制する仕組みはない。
南シナ海は国際航路の大動脈である上、天然ガスや漁業などの資源が豊富。中国とフィリピンのほか、台湾、ベトナム、マレーシアなどが領有権を争っている。中国はここ数年で南沙(英語名スプラトリー)諸島で埋め立てを進めて人工島を造成したほか、西沙(英語名パラセル)諸島にミサイルを配備し、国際的な懸念が強まっていた。
主要7カ国(G7)は5月の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)で、「法に基づく主張」「力や威力を用いない」「平和的な紛争解決」の三原則を確認した。