プロが明かす出世のカラクリ
賃金カーブがおじぎする業界はどこだ?今ドキ出世事情〜あなたはどう生きるか(4)
平康 慶浩 セレクションアンドバリエーション代表取締役、人事コンサルタント
2016/5/24
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この15年間で拡がった給与の業界格差(前回記事参照)をひもといてみると、出世の仕組み、特に給与の増減から考える業界が4種類に区分できることがわかります。
第一の区分はいまなお全年齢を通じて平均年収が上がり続ける「右肩上がり型」業界。この業界では50代で平均年収が900万円以上になります。そこで働く人は全体の4割ほど。
第二の区分では、50代後半になると年収が平均して100万円以上下がります。これを「山形」業界と定義しました。年を取って年収が100万円以上下がるとはいえ、この業界のピーク時平均年収は右肩上がり型と変わらず、900万円ほどあります。
第三の区分は「台地型」。第四の区分は「平地型」と定義しました。
それぞれ、どのような特徴があるのか見てみましょう。
■今なお4割の企業が右肩上がりで給与を増やしている
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給与が右肩上がりに増えるのは昭和の時代の幻想。
そう思っている人が多いかもしれませんが、統計を見るとそうではないことがわかります。2016年に公表された厚生労働省の賃金構造基本統計調査データで見ても、いまなお39.4%の人たちが右肩上がりの業界で働いているのです。
それは具体的に、以下の業界です(表の数値はすべて厚生労働省による賃金構造基本統計調査を基に計算)。
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もちろんこれらは大枠での区分によるもので、細かい業界区分では事情が異なります。たとえば製造業とひとくくりにしていますが、その中でも自動車などの輸送機械器具製造業や化学工業は比較的年収が高めです。一方で食料品製造業や繊維工業は低めの年収となっていたりします。
重要なことは、賃金カーブが「おじぎ」をしていないこと。ちなみに賃金カーブのおじぎとは、一度あがった給与が年齢基準で引き下げられることをいいあらわした私の造語です。
年齢基準で給与が引き下げられる代表的な理由は役職定年です。55才前後で、課長や部長のポストからおりてもらい、後進に役職をゆずる人事の仕組みですが、大企業の約3割が導入しています。製造業や建設業でも役職定年の仕組みを導入している会社は多いのですが、推測できる違いが一つあります。
それは役職を定年しても給与が下がらない可能性です。
考えられる理由は、昭和的なオールドスタイルの社風を維持していることや、労働組合の強さです。役職定年の実態について調査した人事院のデータを見ると、1割程度の企業で、役職をはずれても給与が下がらないようになっています。そのすべてが製造業や建設業ということではないでしょうが、昭和的なオールドスタイルの社風や、強い労働組合の存在がこれらの業界に多いこともまた事実です。なにせ日本を代表してきた主要産業ですから。学術研究や教育業界、電気・ガスなどのインフラ系、鉱業などの業界も同じような理由でここに含まれていると考えられます。
■50代後半で130万円も年収がさがる「山型」業界
では、賃金カーブがおじぎをしている業界について整理してみましょう。
右肩上がり型以外のほぼすべての業界でおじぎは生じているのですが、特に激しくおじぎをしているのが「山型」業界です。
山型業界では50代前半で平均年収は900万円を超えます。これは右肩上がり型とほぼ同じなのですが、そこからおじぎをしてしまっているのです。結果として、50代後半の平均年収は130万円ほど下がって770万円になります。山型は以下の3業界です。
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情報通信、金融・保険、不動産・物品賃貸。いずれの業界もそれぞれ一世を風靡した感のある業界です。特にIT系や大手都銀などは給与水準が高い印象があります。しかし統計を見る限り、それらはもはや過去の話のようです。
ちなみにこの中でも特におじぎの幅が大きなのは金融業、保険業です。50代前半の平均年収約860万円が、50代後半では690万円と、170万円も下がります。月給にすれば10万円以上も下がることになるので、なかなか生活も大変になりそうです。
しかしそれでもまだ「山型」の業界は良い方なのです。あとの二種類の業界ではさらに厳しい現実が読み取れます。
■おじぎは少ないが水準も低い「台地型」業界
「台地型」業界では、50代前半から50代後半にかけてのおじぎ幅は平均して約12万円だけです。だから山型業界よりもよい待遇なのか、というとそうではありません。
なぜなら、台地型業界のピーク時年収は約699万円と、山型業界に比べて200万円も低い年収だからです。
台地型の業界では、20代前半の間は右肩上がり型や山型の業界とほぼ変わらない給与が支払われます。だからその時点ではあまり気づかないことが多いのですが、20代後半で年収に約50万円の差がつきます。30代でその差は100万円、130万円と増え、50代前半のピークで200万円の差にまで広がるのです。
このような傾向のある台地型の業界はどこかといえば、以下の3業界です。
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医療、福祉業界は、皆保険の範ちゅうで売り上げが定められているので、そこから支払われる給与を引き上げることが難しい業界です。卸売や小売はデフレの影響が色濃く残っており、運輸業界の価格競争が厳しいことは周知の事実です。そう考えてみれば、これらの業界でピーク時年収を引き上げることが難しいことがわかります。
■転職市場の拡大が「平地型」業界を拡げている
最後の「平地型」業界は就労者の13%しか占めていませんが、私たちが直接接する機会が最も多い業界でもあります。
平地型に属するのは以下の4業界で、一言で言えばサービス業です。
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平地型業界では50代前半よりも早く、40代後半でピーク年収に到達します。そのまま50代前半までピークが維持され、50代後半で平均20万円ほどだけ年収が下がります。
しかしそのピーク年収は約530万円。台地型業界よりも160万円低く、右肩上がり業界に比べると約400万円も低い年収水準です。
平地型の賃金カーブが生まれた原因はいくつか考えられますが、最も大きな要因は、労働市場の変化にあったのではないか、と考えられます。
もちろんデフレが進んで売り上げが下がったからその分だけ人件費も上がらなくなった、という事情もあるでしょう。根本要因はそうかもしれませんが、高い人件費を払えないけれどもそれでも働いてくれる人たちをたくさん求めた企業側のニーズと、非正規でもいいから/昇給がなくてもいいからとにかく働く場所が欲しいという働く側のニーズが合致して、昇給がほとんどない賃金カーブが生み出されてきたのではないかと考えられるわけです。
■出世すればいずれの業界でも給与は増えるが……
賃金の統計データを見てみると、将来に夢を持てる業界とそうでない業界がはっきりとわかります。これらは大学の就職課や、各種職業紹介を行う会社にとってみればあまり公にしたくないデータかもしれません。なぜなら大学の就職課にしてみれば、とにかく就職できたかどうかという就職率が大事だから。各種職業紹介の会社にしても、まずは入社してもらわないことにはクライアント企業からお金をもらえません。そんなとき、「この業界は将来性がないからやめといた方がいい」と十把(じっぱ)一からげに指摘されてしまうと、元も子もありません。業界が厳しい状況だからといって、個々の会社で見れば優良な企業も多い。平均値で測る統計データは、風評被害をもたらしてしまうかもしれません。
とはいえ、統計からわかる事実もあるわけで、自衛のためにも自分自身で情報を集める必要があります。
もしこれから学校を卒業して就職をするとすれば、これらを参考にしながら就職活動をすることも良いでしょう。また、今平地型業界にいるのであれば、そこから台地型や山型、右肩上がり型の業界を目指して転職活動をすることも考えられます。
さらに言えば、どの業界であったとしても、管理職や役員への出世を果たすことができれば、これらの平均値の範囲からはずれた給与を受け取ることができるようになります。
だからこそ現在では、15年前よりもさらに出世が求められるわけです。
一方で、出世にはなかなか厳しい現実もあります。まだまだ多くの会社では、出世と自由とがバーター取引の関係にあるからです。出世したものの自由に使える時間はなくて、肉体的にも精神的にも追いつめられる、ということだってあります。
だとすれば、私たちはどんな出世を目指すべきでしょうか?
次回はそのあたりのヒントを考えてみましょう。
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平康 慶浩(ひらやす・よしひろ)
セレクションアンドバリエーション代表取締役、人事コンサルタント。
1969年大阪生まれ。早稲田大学大学院ファイナンス研究科MBA取得。アクセンチュア、日本総合研究所をへて、2012年よりセレクションアンドバリエーション代表取締役就任。大企業から中小企業まで130社以上の人事評価制度改革に携わる。大阪市特別参与(人事)。
http://style.nikkei.com/article/DGXMZO02561220Q6A520C1000000
40代で2倍!わずか15年で広がった業界格差今ドキ出世事情〜あなたはどう生きるか(3)
平康 慶浩 セレクションアンドバリエーション代表取締役、人事コンサルタント
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2016/5/10
PIXTA
2000年台初頭まで、日本ではどの業界に就職しても、給与水準は大きくは変わりませんでした。給与水準の違いは主に企業規模の大きさによっていたからです。だから、良い大学を出て有名な大企業に就職すれば、安定とやりがいの両方を手に入れることができました。
でも社会「全体」での成長が難しくなってくると、業界ごとに差が生まれてきました。
現時点で比較的安泰な業界で働くことができている人は全体の約40%。残る60%の人たちが働いている業界では、キャリア上のリスクが生まれています。
なぜ業界によってキャリアリスクに差が出るようになったのか。順を追ってその秘密に迫ってみましょう。
【エピソード3】業界ごとの年収差は1.5〜2.5倍
「業界ごとの年収差って5倍もあるんだ」
シンプルにまとまった2016年の賃金カーブグラフ(前回記事参照)に見入りながら、僕は独り言のようにつぶやいた。
「まあ5倍は統計上のマジックね。65才以上のところでたまたま極端な結果が出ているだけ。全体としては1.5倍から2.5倍の間に収まるって考えた方がいいと思うわ」
コーヒーの香りを挟んで向こう側に座っている愛宕さんが、ペンでグラフの数字を指した。
「それにしてもずいぶんと差があるよね。だったら新卒の就職活動のときから、業界ごとの年収水準をちゃんとしらべておくように就職課で指導してくれたらよかったのに」
「多分、それは無理だったのよ」
コーヒーを置いて、まじめな顔で彼女が言った。
「そうなの? だってこういう統計情報があるんだからわかるんじゃない?」
「こちらが2002年のグラフ。2016年のデータに比べると業界の細分度が違うからいちがいに比較はできないけれど、ずいぶんと違うと思わない?」
二つのグラフを見比べてみて、僕はまた眼を見開くことになった。
「2002年の時って……業界差ってこんなに小さいんだ……」
「そうなの。それからほんの15年でここまで業界ごとの年収差が開くようになってしまったの。こんな変化はそれぞれの会社にいても多分わからない。こうして振り返って分析して、やっとわかるくらいじゃないかしら」
僕はおもわず自分が勤めている金融業界のグラフを見てみた。幸いなことに、僕がいる業界はほとんど変化がないようだった。彼女は僕が見ているグラフに気付いた。
「金融業界は15年間でも大きくは変化していないわよね。でも変化がとても大きな業界だってある。就職の常識が変わっていったということじゃないかしら」
「そうだね……だって大企業にさえ入っておけば幸せなキャリアを歩めた時代から、ほんの15年で、業界をちゃんと選ばないとダメになるなんて、僕も言われてみるまで気が付かなかったよ」
「でも、なんでこういうことになってしまったのかしらね……」
彼女の疑問に僕も思わず考え込んでしまった。
■業界差はどのように拡大してきたのか
2002年の時点で、業界毎の賃金カーブは細長い帯状でした。新入社員の時点での年収差はわずかに18%。一番低い業界の月給が20万円だとすれば、最高額の業界で23万6000円。年収差ですから、もしかすると月給はほぼ一緒で、賞与水準だけが違っていたのかもしれません。そして18%くらいの年収の違いだと、月々15時間ほどの残業で逆転することができたのです。
この20%前後の年収差は50代前半まで続きます。つまり、業界毎の年収差は、年をとっても開かなかったということです。さらにどの業界でも、年収は50代前半までは右肩上がりで増え続けました。最低年収ですら800万円になりました。
業界ごとの格差がほとんどなく、最低水準も高い。そのような人事の仕組みが2002年当時にはありました。
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しかし2016年の賃金カーブの幅は広がります。ラッパ型ともいえるその形では、新入社員の時点でも差は48%あり、40代から50代の時点では100%前後(およそ2倍)の年収差が生まれてしまっています。私たちもなんとなく、この業界の給与は高くて、こちらの業界の給与は低い、という感覚を持つようになりました。
しかし業界毎の給与差というものは、わずか15年ほど前にはほとんどなかったのです。ここで示したデータは大企業のものですが、もっと小さな企業においても、2002年当時では最大で70%程度の差に収まっていたのです。
業界ごとの給与差がほとんどないけれど、企業規模の違いはある。その結果として、多くの日本人の間には、「大企業神話」が根付いていったのではないでしょうか。
「大企業神話」とは、とにかく良い大学を出て大企業に入りさえすれば、一生を安泰にすごすことができる、という物語です。2000年くらいまではその物語は神話ではなく、現実でした。そして物語は現実から神話になってゆきます。
大企業に入りさえすればいい、という状態は、今や過去のものです。
■下に大きく広がった賃金カーブ
2002年と2016年、それぞれのグラフを見比べてみると、年収差が上下に大きく広がっていることがわかります。
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一目でわかるのは、下に大きく広がっていることです。このグラフは大企業だけを取り上げたデータですが、大企業に就職しさえすれば誰でも年収800万円にまでなれた時代から、今や500万円にすら届かない状態になっています。
格差社会という言葉が流行語になったのは2006年です。それは国全体としての格差が拡がったというわけではなく、「同じ学校を出たのに、入った会社(業界)が違ったために年収差が拡がった」状態が実感されていた部分もあったのではないか、と考えられます。手に入れられたはずの幸せが手に入らなかったときに、人は大きな不満を持つのですから。
今や入る業界を間違えると、30才になっても40才になっても年収は増えません。年収が増えないから生活環境も変えられません。伴侶を得たとしても、子どもを育てる余裕がない場合もあるでしょう。
大企業神話は、さらにいえば「正社員神話」といえるかもしれません。正社員として会社に入りさえすれば生活ができる。アルバイトや契約社員などの不安定な雇用形態の状態から見ると、正社員になりさえすればなんとかなる、と思ってしまうのは仕方がないことです。けれども正社員になったからといって生活に余裕が持てるのか、といえばそれは「業界による」ということしか言えないわけです。
昨今、一物一価の考え方に基づいた給与設定が議論されていますが、アルバイトや契約社員の給与水準を、もともと低すぎる業界の正社員水準にあわせたところであまり意味がないかもしれません。
■カーブが上に広がっている事情にヒントがある
グラフを見ると、45才以上で賃金カーブが上に広がっている場合も見られます。
これらは特殊な業界の数値を拾っているように見えるかもしれません。たしかに2002年のデータよりも2016年のデータの方が、業界を細分化して統計処理をしています。
どの業界が賃金カーブを引き上げているのでしょう。
実は賃金カーブを一番引き上げているのは、鉱業,採石業,砂利採取業です。ちなみにこの業界に属している人数はわずかに1万3880人。全体の0.1%でしかありません。
しかしそれ以外にも賃金カーブを引き上げている業界があります。それも、全体の11.5%にも達する人数です。
答えは、情報通信業、学術研究、専門・技術サービス業、教育、学習支援業です。2002年当時の統計では、広くサービス業に含まれてしまっていた業種です。しかしそれぞれに属する人たちが増えてくると独自の数値が採集されるようになりました。
それだけではなく、これらの業界の賃金カーブが高くなっている事情はまた別にあります。
そして、その事情にこそ、どんな業界であったとしても年収を引き上げていけるヒントが隠されているのです。次回はその答えを、4つの業界分類ごとに見ていくことにしましょう。
http://style.nikkei.com/article/DGXMZO00322590S6A500C1000000
http://www.asyura2.com/16/hasan109/msg/110.html