14年6月に発表されたトヨタの燃料電池車MIRAI(撮影:梅谷秀司)
近未来の勝ち組は、電気自動車か燃料電池車か
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160428-00115419-shikiho-biz
会社四季報オンライン 4月28日(木)11時36分配信
先週のことだが、米自動車大手のフォード・モーターが、販売開始となったばかりのテスラ・モーターズのスポーツ型多目的車(SUV)「モデルX」を、表示価格より5万5000ドル(約610万円)高い19万9950ドル(約2220万円)で第三者から購入していたことが判明、全米の話題を呼んだ。フォードとしては一刻も早くモデルXを手にして性能や構造、部品、素材を調べたかったに違いない。電気自動車をめぐる熾烈な開発競争を垣間見た一幕だった。
このように最近は何かと話題に事欠かないテスラだが、先月末には新型量産車「モデル3」を初披露、17年終盤に発売すると発表した。モデル3は高級車の小型セダンといった位置づけで、レクサスISやメルセデスベンツCクラス、BMW3シリーズを意識した車格になっている。価格は3万5000ドル(約390万円)で、米国で購入すれば米政府から7500ドル(約83万円)の所得税控除も受けられる。モデル3の予約には1000ドルのデポジット(保証金)の前払いが必要だが、発表後3週間で40万台近くの予約が殺到したという。
さらに今月に入ってテスラは12日、高級大型セダン「モデルS」の刷新を発表した。4年振りとなるこの刷新では、性能面での強化を図り、1回の充電で走行可能な距離(米国基準)は435キロから473キロへと9%改善した。
こうした一連の動きを受け、テスラの株価も最近になってまた盛り返してきている。テスラ株は14年9月に286ドルをつけた後、今年2月、約半値の144ドルまで下落していた。それが4月22日には254ドルにまで回復してきたのだ。度重なる先行投資でテスラは03年7月の会社設立以来ずっと赤字決算を継続してきている。これをどう評価したらいいのか、投資家たちはつねに頭を悩ませてきたが、最近の株価上昇で、時価総額は約3.7兆円に達した。日本の自動車メーカーと比較するとトヨタ自動車 <7203> 、ホンダ <7267> 、日産自動車 <7201> の次に位置し、富士重工業 <7270> やスズキ <7269> 、マツダ <7261> よりも上位に来る。
■ 何台くらいの電気自動車が売れているのか
では、これまでに何台くらいのテスラ車が売れているのか。会社設立後、最初に販売したのはロードスターで08年から12年にかけて約2600台が製造・販売された(現在は生産終了)。現時点でテスラが販売しているのは2車種。高級大型セダンのモデルS(12年発売開始)とスポーツ型多目的車(SUV)のモデルX(15年発売開始)である(これに加えて高級小型セダンのモデル3の購入予約を受付中だ)。
テスラのCEO、イーロン・マスクが2月10日付で株主向けに発表した文書によると、テスラはモデルSとモデルXを合わせて15年末で、累積台数で10万7000台を販売したという。そして16年末にはこの数字は18万7000台〜19万7000台のレンジへ到達する見込みであるという。
これは驚異的な数字である。例えば15年の1年間の米国での販売台数において競合他車と比べてみると、テスラ車の人気が見て取れる。昨年1年間で、米国内でメルセデスベンツのSクラスは2万1934台売れた。BMW は7シリーズと6シリーズとを合わせて1万7438台を販売、アウディはA7とA8とを合わせて1万2711台を販売している。これに対してテスラのモデルSはこの間、これらを上回る2万5202台を販売しているのだ。
もっとも、これまで世界でいちばん多く売れている電気自動車はテスラのモデルSやXよりも低価格帯の日産リーフである。ちなみにリーフの日本での販売価格は273万円(補助金考慮後246万円)からとなっている。リーフは今年1月には全世界累計販売台数20万台を達成、14年度1年間では6万6000台を全世界で販売している。しかし価格帯を落としてこれから参入してくるテスラのモデル3がすでに40万台近くの購入予約を獲得していることを考えると、日産リーフの牙城はこれから先あっけなく崩れてしまうかもしれない。
■ 販売を「禁止」する州も出現
テスラは独特な販売方法で知られている。一般に消費者が自動車を買う場合、カタログを取り寄せ、それをじっくりと比較検討して買うことが多いのだが、テスラでは販売カタログは用意していない。テスラによれば、買わないかもしれない人に高価なカタログを配るのは無駄な支出ということになる。
消費者はネットでスペックを確認しながら望みの車種、装備を決める。購入を勧めてくるディーラーや販売セールスパーソンもいない。あるのはショールームだけで、テスラ車を買う体験はまるでアップルストアでアップルのパソコンを見て買うような感じだ(ただしアップルのパソコンと違って、テスラ社の購入はショールームでは出来ず、あくまでもネットを通しての購入となる)。
この結果、テスラは全米のディーラーを敵に回すようになってしまった。ディーラーを経由せずに、まるでパソコンを売るかのように直販されてしまうと、ディーラーはお役御免になってしまう。そういった販売方法を許してはいけないと、各州のディーラーたちが立ち上がって州議会議員たちに働きかけた。その結果、ニュージャージー、アリゾナ、テキサス、バージニア、メリーランドなどの諸州では自動車の直販禁止の法律が可決され、テスラの販売が禁止されることとなってしまった(ただし一番厳しいとされるテキサス州の例でも、住民はテスラ車をネットで購入し、隣接する州で車のデリバリーを受けることが出来る)。
これらの州以外でもテスラによる直販に制限を設けている州は多く、たとえばジョージア州では年間の販売台数が150台までであれば直販を認めるとしている。ニューヨーク州では州内にこれ以上のショールーム店舗を設けないことを条件に、既存のテスラ社所有店舗5カ所の維持が認められることとなった。
■ 航続距離は実用上ほとんど問題とされなくなってきた
電気自動車は(1)車両価格が高いことと(2)航続距離が短いことが問題とされてきたが、テスラのモデル3は3万5000ドル(約390万円)である、米政府から7500ドル(約83万円)の所得税控除を受けることが出来れば、実質的な負担はもっと低くなる。レクサスのIS350(日本で約540万円)よりも格段に安い。
テスラのモデル3は航続距離も346キロで、高価格のモデルS(473キロ)に比べれば劣後するものの、運転する上でほとんど気にならないところまで改善されてきた。筆者の知人でも日本でテスラ車(モデルS)に乗っている人がいる。彼によると乗っていて航続距離を気にしたことはないという。ちなみに現在の日産リーフは15年11月に改良が加えられ、航続距離はJC08モード(国土交通省審査値)で280キロとなっている(10年の発売当初は160キロだった)。
なお日産が51%、日本電気(NEC)グループが49%出資して設立されたオートモーティブエナジーサプライ(AESC)社は現在高エネルギー密度のリチウムイオン電池を開発中と報じられている。これは18年にも次世代リーフに搭載されると考えられており、その場合リーフの航続距離は420〜560キロになるとの予測もある。
■ トヨタもクレジットを購入する側に
カリフォルニア州の「排ガスゼロ車」(ZEV; Zero Emission Vehicle)規制では、17年秋以降に販売される「18年モデル」から規制が一段と厳しくなる。電気自動車と燃料電池車のみが「排ガスゼロ車」(ZEV)と認定され、プラグイン・ハイブリット車は「過渡的な(Transitional)排ガスゼロ車」(TZEV)と分類された。単なるハイブリット車はどちらの分類からも外れてしまっている。「18年モデル」ではGM、フォード、トヨタなどの大手メーカーは、最低でも2%のZEVと最大でも2.5%のTZEVを加えた台数が全販売量の4.5%以上であることが求められる。
つまりプラグイン・ハイブリット車という過渡的なクッションが認められはしたが、自動車メーカーは電気自動車と燃料電池車のどちらかを一定比率販売することで規制をクリアすることが求められるようになる。規制をクリアできない場合は、罰金を払うか、クリアできたメーカーからクレジットを買う。ハイブリットに強いトヨタはこれまでクレジットの売り手とみなされてきたが、15年、公表ベースで初めて「買い手」に回ってしまった。
トヨタやホンダが燃料電池車の開発を急いできたのも、こういった環境規制強化が見えてきたからに他ならない。
■ 燃料電池車の利点と問題点
さて、その燃料電池車だが電気自動車に比べ(1)航続距離が長い(MIRAIの場合、約650キロ)、(2)燃料となる水素の充填時間は3分程度と極めて短いといった利点をもつ。ただし次の3つの問題を抱えている。(1)車両価格が高い、(2)車の普及やインフラ整備に時間がかかる、(3)水素を生産するのに二酸化炭素が排出されることになるケースが多い。以下、順番に見ていこう。
まず車両価格だが、トヨタは燃料電池車「MIRAI」を14年12月に日本で発売開始、米国でも15年10月に販売し始めた。価格は日本で720万円、米国で5万8000ドル(約640万円)。米国の場合、連邦政府と州政府から合計1万3000ドル(カリフォルニア州の場合)ほどの補助が出るので実質的な価格は4万5000ドル(約500万円)となる。それでも電気自動車テスラのモデル3に比べればかなり割高となってしまう。
第二に、燃料電池車は普及に時間がかかることが問題視される。水素供給インフラが十分整っていないこともあり、米国におけるトヨタMIRAIの購入希望者は15年10月の発売開始時点で2000名強(当初はカリフォルニア州のみで発売)。発表後3週間で40万台近くの予約が殺到したテスラのモデル3のような勢いは、残念ながらまったくない。
トヨタとしては、MIRAIを「一台一台丁寧に造り込みながら慎重に立ち上げていくため」、日本では現在注文しても納期は今から3年後の19年以降になる。MIRAIの生産台数は15年までの約1年間で約700台、16年は2000台程度、17年は3000台程度の見通しだ。
水素を生産するのに二酸化炭素が排出されることになるケースが多い
燃料電池車の3つ目の問題は、燃料電池車は水素を必要とするが、これ生産するのには二酸化炭素が排出されてしまうことが多いという点だ。燃料電池車の仕組みは、酸素と水素の化学反応で起きた電気でモーターを駆動させて走るというものだ。つまり水素が必要なのだ。
15年10月21日、米フォーチュン誌は、ガソリンなどの化石燃料、原子力、太陽光などの再生エネルギーと違って、「水素はエネルギー源ではなく、エネルギー貯蔵の一方式」に過ぎないと論じた。水素をいちばんクリーンに生産する方法は水を電気分解することだ。しかしこの方法に対しては、同誌はテスラのCEO、イーロン・マスクによる痛烈な批判を紹介している。いわく、電力で直接モーターを回せば済むのに、わざわざその電力を使って水素を生産し、それでもって酸素と化学反応させるというのは「まったく馬鹿げている」。
フォーチュン誌はさらに日本政府のロードマップは水素を海外から輸入することであると紹介し、近い将来の可能性としてオーストラリア産の石炭を使って水素を生産し、これを日本に持ってくることが検討されていると報じている。そして「これでは東京の空気の質向上には役立つかもしれないが、地球規模で見た場合の二酸化炭素削減にはほとんど役立たない」と辛辣なコメントを載せている。
こうした批判に対する燃料電池車擁護派の見解は、「電気は貯蔵が難しい(放っておけば放電してしまう)。したがって、化石燃料や原子力、再生エネルギーなど、一次エネルギーで水素を製造し、必要に応じて水素を電気に変えて使用する方法には利がある」というものだ。
■ 重要な米国カリフォルニア州の動向
近未来の自動車を占ううえで、これまで重要な市場とされてきたのは米国カリフォルニア州だ。同州の環境規制は世界でもっとも厳しく、他州や他国をリードしてきた。世界の自動車メーカーが投入する新製品は米国カリフォルニア州で認められることで、やがては世界中に広まっていくと考えられてきた。
たとえば今から11年前の05年2月、カリフォルニア州ハリウッドで行われたアカデミー賞授賞式。俳優のレオナルド・ディカプリオが会場にトヨタのプリウスで乗りつけた。これを機にハイブリット車が一気に注目を浴び人気化したのは多くの日本人にとっても記憶に新しいところだ。ところがそれから3年後の08年、ディカプリオはプリウスから、発売されたばかりのテスラ・ロードスターに乗り換え、このことが世界中に瞬く間に報じられた。
ZEV(排ガスゼロ車)市場を「電気自動車」対「燃料電池車」という構図で見た場合、テスラとトヨタのスタンスはあまりにも対照的だ。シリコンバレーの多くのIT企業は、たとえ赤字になろうとも一気に売り上げを拡大し、一刻も早く市場を押さえ、デファクトスタンダード(事実上の標準)を確立してしまおうとの行動様式を取ってきた。
テスラがこうしたシリコンバレー的な発想でZEV(排ガスゼロ車)市場の覇者になろうとしているのに対して、トヨタは日本的なものづくりのスタンスでこれに対峙する。「一台一台丁寧に造り込みながら慎重に立ち上げていく」というのは、いかにもトヨタらしい良心的な対応で、安心感もある。しかし普及に時間がかかり過ぎるため、これから先、19年〜20年の段階で、ZEV(排ガスゼロ車)市場の大勢が電気自動車で決着してしまうことが懸念される。
4月22日現在、日経平均のPER(株価収益率)が16倍あるのに対し、トヨタのPERは8倍しかない。トヨタは燃料電池車だけでなくて、電気自動車においても、もっと本腰を入れて開発すべきだ ―― 株式市場はそう督促しているように思える。
いわさき・ひでとし●プライベート・エクイティ投資と経営コンサルティングを手掛けるインフィニティ代表。22年間の日本興業銀行勤務の後、JPモルガン、メリルリンチ、リーマンブラザーズの各投資銀行を経て現職。日経CNBCテレビでコメンテーターも務める。近著に『不透明な10年後を見据えて、それでも投資する人が手に入れるもの』(SBクリエイティブ刊)。
※当記事は、証券投資一般に関する情報の提供を目的としたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。
岩崎 日出俊