荒れる米大統領選の意外な「本命」はオバマ 和党の醜い舌戦のおかげで人気回復のオバマがいよいよ選挙戦に参戦。情勢は変わり始めた?
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2016年4月13日(水)18時30分 安井明彦(みずほ総合研究所欧米調査部長) ニューズウィーク日本版
選挙の顔 民主党支持者の前でドナルド・トランプについてのジョークを飛ばしたオバマ Jonathan Ernst-REUTERS
アウトサイダー旋風が吹き荒れる米国で、主流派の頂点に立つオバマ大統領の支持率が上昇している。どうやら、トランプ氏を取り巻く喧騒が、オバマ大統領の冷静さを引き立たせているようだ。追い風を背景に、いよいよオバマ大統領は選挙に関する言及を増やし始めたが、その標的であるトランプ氏との間には共通項も見え隠れする。
■アウトサイダー旋風の反動でオバマ大統領の支持率は上昇
「主流派に属する政治家は信用できない」。そんな雰囲気が支配する米国で、例外的に支持率を伸ばしている政治家がいる。誰あろう、オバマ大統領だ。年初は40%台前半だった支持率は、大統領選挙の本格化と歩調を合わせるように、50%前後まで上昇している(図表1)。オバマ大統領にとっては、二期目が始まった2013年前半以来の高支持率である。
(図表1)オバマ大統領に対する評価(世論調査)
米国の大統領選挙には、アウトサイダー旋風が吹き荒れている。共和党では、実業家のトランプ氏と、ティー・パーティー系のクルーズ上院議員が指名候補を争う。民主党では、大本命のクリントン前国務長官に、自称「社会主義者」のサンダース上院議員が食い下がっている。
どうやら、大統領選挙に吹き荒れるアウトサイダー旋風は、オバマ大統領への追い風になっているようだ。度重なるトランプ氏の問題発言や、中傷合戦の様相を呈している予備選挙の現状など、米国の政治は過去にない喧騒のなかにある。それと好対照なのが、いつも変わらぬオバマ大統領の落ち着いた態度。今年の選挙に出馬していないこともあり、オバマ大統領は、選挙の喧騒から距離を置き、米国民に安心感を与えられる数少ない政治家となっている。
■選挙に関する発言が増加
そのオバマ大統領が、いよいよ選挙に関する発言を増やし始めた。
「トランプ氏だけではない。クルーズ氏の提案を心配する声もある」
4月5日の記者会見でオバマ大統領は、共和党の候補が掲げる厳しい移民対策に対し、諸外国の首脳から懸念が伝えられていると発言した。4月8日にカリフォルニア州で行われた民主党支持者を対象とした集まりでは、トランプ氏やクルーズ氏は例外的な存在ではなく、「彼らの発言こそが、極端に右傾化してきた共和党の本音である」という趣旨の攻撃を展開している。
「(トランプ氏ではなく)共和党自体が道を踏み外している」という論法には、自らの業績を正当化する狙いがある。移民改革の行きづまりなど、オバマ大統領の業績には、物足りなさを指摘する声が少なくない。そうした声に対するオバマ大統領の反論は、「正しい政策ですら、議会共和党は聞く耳を持たない」というものだった。オバマ大統領に言わせれば、極端な発言が連発される共和党の予備選挙は、共和党の変質を裏付ける何よりの証拠である。
オバマ大統領は、民主党の強力な武器になり得る。共和党のトランプ氏、クルーズ氏のみならず、民主党のクリントン氏などと比較しても、オバマ大統領の好感度は高い(図表2)。選挙の看板にはうってつけだ。実際に、民主党の指名候補を争うクリントン氏とサンダース氏は、互いの政策を批判こそすれ、いずれもオバマ大統領の路線を継承・発展させることを謳う。共和党の候補者たちが、こぞって不人気だったジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)から距離を置こうとした2008年の大統領選挙とは、全く構図が違う。民主党でも、2000年の大統領選挙で党の指名候補となったゴア副大統領(当時)は、スキャンダルの多かったビル・クリントン大統領(当時)と同一視されることを嫌っていた。
オバマ大統領には、予備選挙での対立を癒し、民主党をまとめる役回りも期待されている。民主党では、クリントン氏とサンダース氏の指名候補争いが長引いている。いずれ決着がついても、互いの支持者にわだかまりが残るようでは、共和党と対決する本選挙に悪影響が生じかねない。指名候補争いに目途がつけば、オバマ大統領は党の団結を支持者に呼びかける役回りを演じるはずだ。
(図表2)好感度(世論調査)
■オバマ大統領とトランプ氏には共通点も
興味深いのは、オバマ大統領が批判の矛先を向けるトランプ氏に、大統領自身との共通点が散見されることだ。その典型が、外交政策である。
オバマ大統領とトランプ氏は、ブッシュ前大統領が民主主義の旗頭を自任して海外での軍事行動に踏み込んでいった点を批判し、「他国の国家建設に国力を使うのではなく、米国自身の再建に尽力すべきだ」とする点で共通する。オバマ大統領は国際政治の安定に力を貸さない「フリー・ライダー」国家への嫌悪感を公言し、トランプ氏は「米国ばかりに負担が大きい同盟関係」を批判する。オバマ大統領は冷静な分析に基づいており、トランプ氏は直感に頼っているように見えるが、オバマ大統領の主張から論理の整然さを取り除き、トランプ氏から乱暴な対応策を切り離すと、意外に似通った問題意識が残る。
振り返れば、2008年の大統領選挙でオバマ大統領は、「国民の雰囲気をすくい上げることで、(大統領は)国の方向性を変えることが出来る」と述べていた。米国民の内向的な雰囲気をすくい上げている点では、トランプ氏はオバマ大統領と共通している。もっとも、2008年のオバマ大統領が希望に満ちた「チェンジ」を謳ったのに対し、今年のトランプ氏の選挙活動は怒りと憤りに彩られている。両者が放つエネルギーは、驚くほど異なっている。
実は両者のあいだには、もう一つの共通点が指摘されている。絶対的な自信である。トランプ氏は、外交アドバイザーを問われた際に、「まずは自分自身と話をする。自分は優れた頭脳を持っているからだ」と答えている。オバマ大統領も2008年には、「どのような問題でも、自分はどのアドバイザーよりも良く知っている」と述べていた。
正反対のスタイルであるにも関わらず、ほのかに浮かぶ共通点。なおさらオバマ大統領は、トランプ氏に我慢がならないのかもしれない。
安井明彦
1991年富士総合研究所(現みずほ総合研究所)入社、在米日本大使館専門調査員、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長、同政策調査部長等を経て、2014年より現職。政策・政治を中心に、一貫して米国を担当。著書に『アメリカ選択肢なき選択』などがある。