米国を代表するネオコンの1人、ディック・チェイニー前副大統領(2011年10月6日撮影、資料写真)〔AFPBB News〕
ついにネオコンまで、共和党からヒラリー支持続々 集めた選挙資金は250億円、その7割は共和党富裕層から
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46483
2016.3.31 堀田 佳男 JBpress
「外交政策については、彼女の考え方に賛成します」
彼女というのは米大統領選の民主党トップランナーのヒラリー・クリントン氏(以下ヒラリー)だ。発言者はネオコン(新保守主義)の論客、ロバート・ケーガン氏である。
ケーガン氏だけでなく、いまネオコンの重鎮たちは共和党レースで首位を維持するドナルド・トランプ氏(以下トランプ)ではなく、ヒラリーの支持に回っている。
ネオコンという言葉は懐かしい響きさえある。
起源は1930年代にまでさかのぼれるが、世界的にネオコンの名前が流布したのはブッシュ前政権時代で、タカ派的な外交政策の政治イデオロギーや人物を指す。当時は共和党の外交政策の代名詞的な意味合いがあった。
■リベラル干渉主義者
著名な政治家・思想家としては、ディック・チェイニー前副大統領、ポール・ウォルフォウィッツ元世界銀行総裁、リチャード・パール元国家防衛政策委員長などがいる。
ただ現在、ネオコンという言葉はすでに使い古された感があり、ケーガン氏は昨年「リベラル干渉主義者」と呼ぶ方が適切であると述べている。しかし本稿では、少し古いがネオコンと書くことにする。
話を戻したい。いまヒラリーの外交政策を後押しするネオコンは、ケーガン氏以外にも何人もいる。
ニューヨークに本部があるシンクタンク、外交問題評議会(CFR)の上級研究員マックス・ブート氏は「(トランプが大統領になると)米国の外交政策だけでなく国際的な外交規範を破壊してしまう」と述べ、「(ヒラリーが)大変好ましい候補」と持ち上げる。
さらにブッシュ政権2期目に国務省高官を務め、学者の中では最も影響力の強いネオコンと呼ばれるジョンズ・ホプキンス大学教授であるエリオット・コーエン氏は、「ヒラリーはトランプよりもずっと害が少ない」と発言。
前出のディック・チェイニー氏もヒラリーの外交政策を支持してさえいる。ヒラリーがバラク・オバマ政権1期目に国務長官に就任した時にABCニュースにこうコメントしている。
「ヒラリーは素晴らしい人物なので、オバマ政権の中では最も有能な長官になるはず。私はオバマ氏ではなく、彼女が大統領に当選すると思っていたくらいです」
ネオコンの重鎮たちはまるでヒラリーを共和党候補であるかのように推すのだ。
2003年に米軍がイラクへ侵攻した時、ネオコンはもちろん思想的な推進者だった。当時、民主党上院議員として戦争賛成に回ったのがヒラリーだった。彼女はその後、イラク戦争への態度を変えるが、軍事力の行使を厭わない政治家である点にいまもって変化はない。
■積極的なイスラエル擁護者
しかしトランプのイラク侵攻の見方は違う。
イラク侵攻は「間違いだった」と言い続けている。トランプは今年3月になるまで外交問題のアドバイザーを周囲に置かず、外国の諸事情は新聞や雑誌などの一般情報から入手しているだけだとニューヨーク・タイムズとのインタビューで明かして素人ぶりを晒してしまった。
一方のヒラリーはまがりなりにも国務長官を4年間勤め上げた外交のプロだ。しかも、ネオコンが相好を崩すほど、イランへの強硬策を厭わない。2008年、ヒラリーがオバマ氏と民主党の代表候補争いをしている時、タカ派としての考え方を披露している。
「今後10年以内にイランがイスラエルを攻撃したとして、その時私が大統領だったらイランを軍事攻撃します。イラ人はよく覚えていてほしい」
共和党保守派と認められるネオコンの外交路線と重なる。重なるどころか、ネオコンの中東政策そのままである。
ブッシュ政権時代、ネオコンはイラクやリビアといった独裁国家を強制的に民主化させていく方針を打ち出していた。イランに対して強硬路線を厭わず、ネオコンはヒラリーの言説を賞賛しさえした。
しかも好戦的な資質だけでなく、積極的なイスラエル擁護という政治的立場が、トランプとは明らかに違うヒラリーらしさである。
今年3月21日、ヒラリーは首都ワシントンで開かれた米イスラエル公共問題委員会(AIPAC)の年次総会に招待された。AIPACというのは全米ライフル協会と並ぶ米国で最大級のロビイング団体である。
米国内に住むユダヤ系米国人だけでなく、米国の外交政策がイスラエルの利益になるように促す組織と言って差し支えない。
■米イスラエル政策の中核
実は今年、トランプも招待されて演説をしている。そこでトランプはイスラエル政策では「中立でいる」態度をほのめかした。
しかしヒラリーはトランプを牽制して明言した。
「イスラエル政策で米大統領が『中立』という立場でいるわけにはいきません。イスラエルと米国は固く結ばれていなくてはいけないからです」
そしてイスラエルがイランと交戦状態になった時にはイランを攻撃する用意があることを示唆した。この点について、ヒラリーはぶれていない。というのも2008年にもほとんど同じ内容をAIPACの総会で話しているからだ。
「米国は現在も、いや永遠にイスラエルという国家を守るでしょう。両国は多くの利害を共有していますし、共通の価値観も分かち合っています。ですから、私はイスラエルの国家の安全を守ることを約束いたします」
イスラエルに忠誠を誓ったとも思えるほどの言い回しである。まるでヒラリーがユダヤ系米国人であるかのような響きさえある。
実は歴史的に、この発言こそが米国の対イスラエル政策の中核と思って間違いない。イスラエルが他国に核攻撃された時には、米国は核攻撃で報復する準備があるのだ。そしてネオコンが大統領に求める基本的外交政策の1つと言える。
しかし、オバマ大統領は親イスラエル政策を取りつつも、政権発足時からいまに至るまで慎重な態度を崩さない。ヒラリーのように「命をかけます」的な発言はしていない。その点でオバマ氏とトランプは似ているかもしれない。
さらに驚かされるのは、歴史家のエリック・ジュッセ氏によれば、ヒラリーが3月21日までに集金した2億2100万ドル(約250億円)という選挙資金(スーパーPACも含む)のうち、約7割は共和党の富裕層からの献金だという。
前回の記事(「トランプ圧勝は確実、しかし本選はヒラリーの理由」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46338)で、ヒラリーが民主党の代表候補になる可能性が高いと記したとおり、ヒラリーはいまや一部の共和党有権者までも引き込んで11月の本選挙を迎えようとしている。