ECBのドラギ総裁は3月理事会での追加緩和を事実上予告(写真:phoelix/PIXTA〈ピクスタ〉)
マイナス金利の“副作用”に苦しむユーロ圏経済
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160304-00107918-shikiho-bus_all
会社四季報オンライン 3月4日(金)15時31分配信
2月26、27両日に開かれた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は、声明で「政策を総動員し世界経済の成長を支える」姿勢を打ち出した。中国人民銀行がまず同月29日に預金準備率引き下げへ動いたが、今後も10日にECB(欧州中央銀行)理事会、14〜15日に日銀政策決定会合、15〜16日に米連邦公開市場委員会(FOMC)と日米欧で金融政策を決める一連の会議が続く。
日銀は1月にマイナス金利政策を打ち出したばかり。利上げを目指すFOMCはデータを見極めながらも、どちらかといえば様子見姿勢だ。最初に動くのはECBとみられる。
1月21日の定例理事会でドラギECB総裁は「次回3月の政策委員会で再検討し、場合によっては再考することが必要になる可能性がある」と追加緩和を事実上予告した。実際、経済悪化で追加緩和の必要性が高まっているためだ。
2015年10〜12月のユーロ圏GDP(国内総生産)は前期比プラス0.3%とさほど悪くなかったが、情勢は年末以降急速に悪化した。12月まで緩やかに上昇していたユーロ圏景況感指数は年が変わって1月、2月と連続で大幅に低下し、昨年6月以来の水準に落ち込んだ。2月のユーロ圏消費者物価は前年比0.2%下落と5カ月ぶりのマイナスになった。
ECBは15年12月3日に下限政策金利である中銀預金金利をマイナス0.2%からマイナス0.3%へ引き下げるとともに、債券購入プログラムの期間を6カ月延長して来年3月まで続けることを決めたが、この追加緩和が景気や物価を押し上げる効果は限定的だった。金融状況はむしろ引き締まりぎみになり、経済にマイナスに作用した可能性がある。
■ 低収益体質を反映する欧州銀の株価
過去4回のECBの金融緩和実施(14年6月マイナス金利政策導入、同年9月マイナス金利幅拡大、15年3月量的金融緩和開始、同年12月量的金融緩和延長とマイナス金利幅再拡大)時のユーロ圏銀行の民間向け融資残高を見ると、金融緩和策の効果はほとんどなかったか、融資を減少させた可能性がある(右グラフ)。
14年12月から15年1月にかけて融資残高が増えた時期があったが、これはおそらく当時、ストレステストが終わったことによるものだ。
このようにユーロ圏でマイナス金利といった強力な金融緩和政策が効きにくいばかりでなく副作用が強いのは、ユーロ圏の銀行がいまだに多額の不良債権を抱えて低収益体質から脱しきれておらず、金融システムも脆弱だからだ。
ユーロ圏の銀行はリーマンショック後、米銀に比べてバランスシート調整を積極的には進めてこなかった。米銀の不良債権比率は住宅バブル崩壊により07年末の1.4%から10年3月末には5.5%へ上昇。11年ごろから処理を積極化させた。
バランスシート調整を済ませた後は再び貸し出しを増やして利益を確保(左グラフ)。結果として15年6月末時点の同比率は1.7%まで低下した。
これに対して欧州の銀行はリーマンショック後のバランスシート調整が不十分のままで、イタリアの銀行の不良債権比率は18%、スペインの銀行も10%と高いままだ。イタリアでは政府が公的資金で銀行から不良債権を買い取る「バッドバンク」の設立で抜本的に処理を進めようとした。
だが、この1月までの数か月にわたる欧州連合(EU)との協議の結果、焦げ付きリスクの低い貸し出しを証券化して政府が保証するといった、骨抜きの対策しかまとめることができなかった。不良債権という重荷がのしかかっているうえ、銀行の数が多すぎること(オーバーバンキング)など構造要因もあって欧州の銀行業界は低収益体質から脱し切れていない。
年明け後、欧州の銀行株は急落。世界の株価も押し下げた。直近安値を付けた2月11日までの欧州銀行株指数の年初来下落率は25%。米銀行株の23%、欧州全業種株価の15%を上回った(右グラフ)。
より注目すべきは、欧州銀行の株価が低収益体質を反映してリーマンショック後、ずっと低迷し続けていた点だ。欧州主要行の1株当たり利益は同ショック前の水準を大きく下回り、利益の低迷が株価の低迷につながった(表1)。こうした低収益体質に、マイナス金利政策による収益悪化懸念が加わって欧州の銀行株が大きく下落したと考えられる。
■ 銀行救済コストの個人負担は困難
マイナス金利は銀行の利ザヤを縮小させる。銀行にとっての資金調達金利である預金金利はECBがマイナス金利政策を導入しても基本的にゼロより大きく下げられない。引き下げれば預金流出の起こるおそれがあるからだ。これに対して資金運用金利である貸し出し金利は債券利回りなどの低下につれて下がる。
利ザヤが縮小するのであれば銀行は貸し出しを減らさなければならなくなる。そうすると、マイナス金利で銀行の貸し出しを増加させようというECBの目論見も外れてしまう可能性がある。
一方、EUが1月から開始した統一的な銀行破綻ルールの適用が、思いがけず欧州の金融システムの脆弱性を思い起こさせることになった。新ルールによれば、経営が悪化した金融機関の救済時の負担を納税者ではなく、株主のほか債権者に求めることになった(「ベイルイン」と呼ばれる)。「ベイルイン」を厳格に適用すれば、銀行債を多く保有する個人が負担を被ってしまい、政治問題化するおそれがある。
このため、各国の通貨当局は特例措置として個人投資家の保有分をベイルインの対象から外すことができるようになったが、特例措置が実施されれば今度は機関投資家がその分の負担を被ってしまう。機関投資家は「特例措置」に目を光らせなければいけない状態になったのだ。
こうした中、昨年11月にイタリアで小規模銀行4行が救済された。これは1月からの新ルール適用前に個人投資家を保護しようとの意図があった。今回の救済で個人投資家に負担を求める「ベイルイン」が政治的・現実的に困難であることが明らかになり、機関投資家は欧州銀行の信用を疑問視することとなった。
現在のユーロ圏経済は、いわば大病後で「金融」という基礎的な身体の循環機能が回復していないのに、マイナス金利という強力な薬を飲まされている患者のようなもの。クスリの作用で一時的に元気になっても、その副作用が本来の循環機能をダメにしている。こうした中でECBは今回、具体的にどのような追加緩和策を取ることができるのだろうか。
中銀預金金利のマイナス金利幅拡大(現在のマイナス0.3%から0.1ポイント引き下げてマイナス0.4%へ)、量的金融緩和の延長(「17年3月」から半年延ばして同年9月ごろまで)などが取りざたされているが、前者のマイナス金利幅拡大は効果もそれなりにある反面、副作用も大きい。一時的に好感されても、その後は再び欧州銀行株主導で世界の銀行株がツレ安となるリスクもゼロでない。一方、後者の量的金融緩和の延長はそもそも効果自体、限定的だ。
ECBは1月に予告した以上、なんらかの追加緩和策を打ち出さざるをえないが、財政面での景気刺激策あるいは日米との協調緩和などがなければ、ECB単独で世界経済を上向かせるには不十分だろう。確かに今回ECBが動けば、4月に日銀、6月に米国も追随するのではないかとの期待も強まるだろうが、当面は副作用を意識せざるをえない。
ディフェンシブだが物色対象としては金利低下のメリットを確実に得られるREIT、不動産株、金ETFに注目したい。
新見未来(にいみ・みらい)/大手シンクタンクに在籍する気鋭のエコノミスト。マクロ経済のわかりやすい解説には定評がある。今後2週間の注目スケジュールと、重要な経済指標の活用法を隔週金曜日にお届けする。
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新見 未来