2月23日、年初来の世界的な市場変動が、日本企業の心理を冷やし、今年の春闘における賃上げが昨年を下回るのではないかとの懸念が、政府部内で広がり出した。写真は都内で16日撮影(2016年 ロイター/Thomas Peter)
焦点:年明けの市場変動、春闘に冷水 政府内に高まる失速の懸念
http://jp.reuters.com/article/market-goverment-idJPKCN0VW0K3
2016年 02月 23日 17:20 JST
[東京 23日 ロイター] - 年初来の世界的な市場変動が、日本企業の心理を冷やし、今年の春闘における賃上げが昨年を下回るのではないかとの懸念が、政府部内で広がり出した。安倍晋三首相を筆頭に政府は2%超の賃上げを希望しているが、賃上げが昨年を下回ることになれば、景気拡大エンジンが機能せず、アベノミクスが失速するリスクも高まる。政府・日銀は円高・株安がいずれ収まるのではないかと先行きを注視している。
<円高・株安の進行、賃上げ後退リスクに政府の焦り>
このところの円高・株安・マイナス金利導入といった金融市場の激しい動きの下で「一番心配なのは、企業行動が慎重化することだ。特に春闘に影響することが何よりも困る」と、政府関係者は口をそろえて懸念し始めている。
というのも「2017年4月に消費増税を実施できる環境を整えるためには、経済の地力をつける必要がある」(複数の政府関係者)ためだ。
一方で、世界経済が低成長となり外需に期待できない。そこで内需の柱となる消費の喚起が重要になってくる。多くの政府関係者が「春闘で賃上げを実現することが、最大の政策」だと従来から繰り返してきた。
しかし、懸念は現実となりつつある。自動車総連はじめ大手組合は、相次いでベースアップを昨年要求の半額程度にとどめている。政府内からは「要求額が低ければ、(企業の)回答額も低くなるのは当然だ。労組は情けないのではないか」と不満の声が高まった。
ロイターが2月上旬、今春闘に臨む考え方を企業側に聞いた「ロイター企業調査」でも「景況感や物価上昇に足踏み感がある中では、明確な賃上げは難しい」などの声が数多くあった。さらに2%以上の賃上げを検討する企業が、昨年同時期の40%から今年は16%に大幅に減少した。
政府関係者の1人は「労使ともに賃上げにより、経営が傾き、雇用が維持されなくなる『とも倒れリスク』を恐れているのだろう。だが、ここで賃上げしなければ、次の消費税の負担は確実に国民に回っくる」とみている。
別の政府関係者は「このままでは17年の消費税引き上げを安倍首相が見送る可能性もある」との見通しを示した。
<日銀も春闘の動向注視>
日銀からは、今年の賃上げ幅が想定通りにならなければ、物価目標実現のシナリオが描きにくくなると、心配する声も出始めている。
日銀としては、2%の物価目標実現に向け、持続的な賃上げの実現によって、人々の期待インフレ率が上昇し、消費喚起による需給ギャップの改善などを通じ、物価を押し上げる力が増強されるというシナリオを描いてきた。
しかし、足元の円高が継続すれば、輸出産業を中心に企業収益が想定よりも下振れ、そうした見通しの形成が賃上げや設備投資に影響するリスクを意識せざるを得ないとの見方もある。
今年の春闘に関連し、日本総研・調査部長の山田久氏は「一時金では消費性向が低いままで、消費の安定的な拡大につながりにくい。経済好循環を実現するには、ベースアップが重要」と指摘する。
昨年の賃上げ率は、全体で2.38%(厚生労働省調べ:主要企業対象)だったが、ベースアップだけを取り出せば0.6%前後にとどまった。この水準がさらに低下するようなら、次の消費増税分2%を補うには明らかに力不足との声が民間エコノミストからだけでなく、政府内からも出ている。
<インフレ期待、企業の価格設定行動に後退の兆し>
ここにきて、デフレマインド転換に遅れが生じるリスクも意識され出した。足元で円高と原油安が進行し、燃料や食料品の値上げが一服。身の回りの製品価格の低下も目に付き出した。
ガソリンや灯油だけでなく、食料品価格も昨年9月をピークに低下し始めている。また、今年2、3月は電気・ガス料金の値下げが予定され、4月以降は電力小売り自由化を受けて、電気料金はさらに下がる見通しだ。
身近な価格の動きを敏感に反映し、家計のインフレ期待の後退が始まっている。内閣府の1月「消費動向調査」では、1年後に物価上昇を予想する世帯の割合が、比較可能な2013年4月以降、初めて8割を割り込んだ。
2月ロイター企業調査でも、昨年1月に3割の企業が値上げを検討していたのに対し、今年は円高や原材料安のため、値上げ検討企業は2割に満たず、企業の値上げ機運もしぼんでいる。
政府高官の1人は「経済状況が局面変化に差し掛かっているのかどうか、判断は難しい」と述べつつ、先行きのリスク増大に警戒感を隠さなかった。
ただ、複数の政府関係者は、外為市場や株式市場の振幅が大きなままでは、経済対策の取りまとめ作業も開始できないと指摘。米金融政策の動向も含めた海外経済情勢の動向をさらに注意深く見守る必要があると述べている。
(中川泉 取材協力:伊藤純夫 竹本能文 編集:田巻一彦)