「ぼくの見るところ、日本社会には要らざる規制が幾らもある。その一方で必要な規制は極めて不充分だ。」
http://sun.ap.teacup.com/souun/19294.html
2016/1/18 晴耕雨読
toriiyoshiki氏のツイートより。https://twitter.com/toriiyoshiki
規制緩和が安全面で問題を起こすことは当然に予測されたこと。
「NHKスペシャル」では10年以上前、このテーマでトラック、長距離バス、タクシーと3本も番組を世に問うたが届かなかった。
無念。:スキーバス転落 規制横目に格安競争(毎日新聞) https://t.co/ejyYbn1lFa
ぼく自身、規制緩和については、この問題に最も早く着目されていた内橋克人氏の協力を得て、1990年代の後半から警鐘を鳴らす番組を連打した。
しかし、結局、流れを食い止めることはできなかった。
かつての懸念がそのままのかたちで的中しているのを見ると、それ見たことか…ではなく、ただ悲しい。
バブル時代のリゾート開発ブームもそうだったが、きちんと取材をすれば失敗するだろうことが目に見えていた政策。
しかし、大きな流れができてしまうと、ちょっと報道で警鐘を鳴らすくらいでは食い止められない。
40年近くこの仕事をやってきて、結局「負け戦」の連続だったという思いが拭えない。
>今村 秀未 いえ、今回の事故や類する事例はあるものの、国交省を動かし成果を上げています。13年前から7年半の間、タクシーのハンドルを握っていた私の実感です。会社幹部から入社時には「やれるだけ稼いでこい」と言われましたが、規制後は「帰庫時間を守れ」で結果事故は減少。
タクシーの場合は確かに一度再規制がかかりましたね。
>今村 秀未 当時は名古屋市内でも管理万全と思われていた大手タクシー会社で死亡事故が連発。主に運転手不足による加重負担でした。規制後にリーマンショック発生、派遣切り失業者が業界になだれ込みパイの奪い合いがはじまりました。稼げないので通院出来ず、体調不良蔓延が現状。
ぼくが取材した2005年当時の大阪はほんまにメチャクチャでしたわ。
>Gooner_TAKU 規制緩和が進んだ結果、異常な低価格競争にさらされ、超えてはいけない一線を逸脱した。 物事には必ず適正なコストが存在します。それを商品価格に転嫁し、消費者が負担する、このような社会への転換が必要なのです。 どの分野でも同じことです。
同意します。
安ければいい、というものではない。
労賃にまで踏み込んで安さを追求するのは、タコが自分の足を食うようなものです。
テレビ屋として37年間追い求めてきたのは、「人が人として尊重しあえる社会」だったのかもしれないといまにして思う。
言葉にすると甘いが…。
規制緩和にしても差別にしても、原発問題でさえも。
…それが「負け戦」だったのかもしれないという苦さ。
>マルクスぬし メディアには、許認可官庁による業界への監督が適正になされていたかどうかの検証をお願いしたい。
国交省や労基署など、規制を正しく監督する仕事をしていないように見える。
「規制緩和」という言葉に騙されてはならないとつくづく思う。
ぼくの見るところ、日本社会には要らざる規制が幾らもある。
その一方で必要な規制は極めて不充分だ。
「規制緩和」とはあくまでビジネスチャンスの追求であり、「人の尊重」ではなかった。
震災から21年の神戸。
この時間ともなると報道陣の姿ばかりが目立つ。
自分もそこにいるのだから他人のことは言えないが…。
東日本大震災や原発事故もそうなりつつある。
「記念日」のみを伝え、あとは忘れ去っている「報道」であってはならない。
バブル経済の最盛期に「世界の中の日本」という番組で土地問題をテーマにしたことがある。
当時の日本は地価が異常に高騰していた。
ぼくを含めた当時の若手ディレクターが地価対策の取材で世界中に散っていった。
帰国した全員の意見が一致したのは「日本ほど規制の緩い国はない」ということだった。
例えばぼくが取材したニューヨークでは、街の各ブロックごとに建物の用途や形式、外観までこと細かに規制されていた。
だから、経済が活況を呈しオフィス需要が高まっても、それが居住者の家賃に影響したりはしない仕組みだった。
当時の日本で問題になっていた「地上げ」など起こるはずもなかった。
日本の「第1種住居専用地域」などの規制をはるかに細かく、厳密にしたものだと考えてもらえばいい。
「自由の国」と言われるアメリカでも日本とは比べものにならない厳しい「規制」をして住民の生活を守っているという事実は、当時のぼくにとって鮮烈だった。
しかし、その厳しい規制も交渉次第で例外を認めるというのが如何にもアメリカ的だった。
ちょうど当時の貧困地域だったウェストサイドでいまをときめく(?)トランプ氏が再開発計画をぶち上げていた。
土地規制から逸脱する高層マンションを建設する計画だったが、それには住民の同意が必要だった。
「住民の同意」は市当局や議会が代行するのではなく、日本でいえば「町内会」が当事者としてトランプとの交渉に当たっていた。
直接民主主義の伝統だった。
「町内会」はトランプに再開発を認める条件として、公園など環境整備に加えて、戸数は忘れたが一定数の「低所得者用住宅」建設を求めた。
高層マンションに入居できるのは高所得者層、そうではない従来からの住民も引き続き地域に居住できる保障を求めたのである。
アメリカ社会のダイナミズムを感じた。
そんな取材をしていたので、中谷巌氏や竹中平蔵氏らによってアメリカ直輸入の「規制緩和」が語られ始めたとき、何を馬鹿な…と思ったのである。
同じ番組で神戸の土建屋行政(「株式会社神戸市」と呼ばれていた)を地価対策として肯定的に取材してきたディレクターがいて、大先輩だったが、断固として全面カットに追い込んだことを30年後の神戸で思い出す。
>なみなみ スキーバスの事故 マスコミは原因について色々語ってるが 小泉内閣時代の規制緩和から我々バス運転士の労働条件が悪くなってる。
原に私も休みはとれない 睡眠時間は平均5時間。
旅客事業法ギリギリなので会社は罰せられない。
普通の生活をしたいものだ。
同じことが様々の業界で起こっているのが所謂「規制緩和」の本質だと思う。
当時、規制緩和を肯定的に語ったメディアは取材能力の欠如を恥じるべし(意図的であったなら話は別だが…)。
>心に残る名言・格言(日本人編)真の文明は山を荒らさず 川を荒らさず 村を破らず 人を殺さざるくし 田中正造(明治の政治家)原発事故で谷中村と田中正造を思い出したのはぼくだけではないはずだ。
現代の「谷中村衰亡記」がきちんと記録されなければならない。