"馬の爆買い"は中国富裕層に流行る「外逃」なのか?
http://mainichibooks.com/sundaymainichi/column/2016/01/24/post-599.html
サンデー毎日 2016年1月24日号
牧太郎の青い空白い雲 連載554
もちろん「難民」も「イスラム国」も大問題だが、2016年、中国は大丈夫なのか。新年の集まりで、つい「素朴な疑問」を口にしてしまった。アメリカの"夕暮れ"は疑いようもないが、果たして中国は大丈夫か?
昨年10月の習近平国家主席のイギリス公式訪問で一番の話題になったのは、(日本のメディアが報じた「原発の話」より)中国企業による「ハムリーズ」の買収だった。ご存じだと思うが、「ハムリーズ」は世界最大級の規模を誇る玩具店。旗艦店をロンドン中心部のリージェント・ストリートに置き、1760年から今日まで250年以上の歴史を誇る老舗。その「イギリスの看板」のような店が中国の手に渡る。
報道によれば、買収を公表したのは「三胞集団」。14年、4億8000万英ポンド(約840億円)で、165年の歴史を誇るイギリス高級百貨店「ハウス・オブ・フレーザー」を買収している。まごまごしたらイギリスの老舗は「中国マネー」に"爆買い"されるのではあるまいか? 誇り高いイギリス人は複雑だった。
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あまり知られていないが、競馬の世界でもチャイナホースクラブなるものの存在が話題になっている。2010年に設立、会員は中国人だけ。会費100万ドル(約1億2000万円)のエリートシンジケートだ。
習近平のイギリス訪問に合わせるかのように、イギリスの競走馬生産基地であるクールモア、ゴドルフィン、シャドウェルの牧場の株を大量に買い占め、大株主になった。いまや、ドバイやカタールなどのオイルマネーとの熾烈(しれつ)な投資戦争でもヒケをとらない存在になった。最近では、オーストラリアのヴァンクーヴァーという2歳馬を36億円で買い取ったという。2歳戦世界最高賞金G1ゴールデンスリッパーSの覇者だとはいえ、デビュー間もない若駒にこの値段!
競走馬の"爆買い"である。
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昨年9月、シンガポールを代表する競馬の国際レース、GIシンガポール航空国際カップとGIクリスフライヤー国際スプリントの廃止が報じられた。前者は06年に日本の地方馬だったコスモバルクが遠征して優勝。日本でも話題になった「名だたる大レース」である。なぜ廃止されたのか?
実は、シンガポール航空国際カップは、14年まで同国最高賞金レース(総賞金300万シンガポールドル=約2億5100万円)だった。ところが15年2月、突然CECFシンガポールカップというレース(出走馬はチャイナホースクラブと同クラブメンバーの所有馬に限られるというクローズドな条件)が誕生した。
新しいレースの総賞金が305万シンガポールドル(約2億5500万円)。明らかに「シンガポールで一番高額なレース」を意識している。
シンガポール航空はレースの廃止を決断した。「大金を払っていても、国内2番目の賞金では投資に見合った宣伝効果が得られない」と思ったのだろう。
「中国マネー」の脅威が「世界の大レース」を廃止に追い込んだ。
断っておくが、中国国内では競馬というギャンブルはいまだに「違法」である。いくつか「黙認競馬」と称して実施されているそうだが、それはきわめて小規模。ゆくゆくは合法化されるかもしれないが、現時点で「違法な遊び」に、中国の富裕層は湯水のようにカネを使っている。中国は「国を挙げての爆買い」なのだ。
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しかし、この「爆買い」は幾分、「東京・銀座で爆買い」とは違うような気がする。昨今、中国メディアには「外逃」という言葉がたびたび登場する。「外逃」というのは、資産を国外に逃避させることだという。
たとえば、「××××を逃がすな!」という論文が中国国営の新華社から配信された。××××は香港最大の財閥総帥。中国国内のインフラ建設事業から撤退して、本社を英領ケイマン諸島に移した。これが「外逃」である。
いま中国の富裕層は「中国経済の岩盤に異変」を感じとっている。
中国は大丈夫か? これが2016年、最大の問題のような気がする。