東京駅に入線する東海道新幹線。検札の一部廃止には、多くの狙いが秘められている(大西史朗撮影)
「指定席の切符拝見もうやめます」JR東海が東海道新幹線で今春廃止へ 真の狙いは…
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20160107-00000508-biz_san-nb
SankeiBiz 2016/1/10 11:20
ビジネスマンや旅行客にとっての朗報といえるだろう。JR東海は2016年春のダイヤ改正以降、東海道新幹線のグリーン車と指定席での検札を基本的に廃止する。「切符を出し入れするわずらわしさから解放される」「睡眠を妨げられずにくつろげる」といった乗客の利便性向上はもちろんだが、JR東海の担当者は「ほかのメリットも少なくない」と打ち明ける。1964年の開業以来となる大きな方針転換の背景には、どんな事情があるのか−。
■「理不尽」が生じやすい大動脈
まず他社の検札廃止の状況をみてみよう。先行しているのはJR東日本だ。新幹線は2002年9月に全車両で検札を廃止し、翌年以降、常磐線の「ひたち」や中央線の「あずさ」「かいじ」、「成田エクスプレス」といった在来線特急にも広げてきた。
「新幹線や特急に乗務する車掌は、指定席情報が管理できる専用の携帯端末を常備しています」と広報担当者。駅の自動改札化が進み、改札機で読み取った指定席情報を、車掌が持つ携帯端末へと送るシステムが整ったため、いち早く検札の廃止に動いたという。
JR西日本も、山陽新幹線(新大阪−博多)区間だけを走る列車については2007年に検札を廃止しているが、東海道新幹線(東京−新大阪)との直通列車では検札を行っている。今春以降については「JR東海と同じ仕組みに変える方向」(広報)で検討している。
JR東海は今後も、自由席での検札は続ける方針だ。そのワケは、日本の大動脈を行き来するビジネス客の利用が多く、最短3分間隔で発車するという東海道新幹線固有の事情にあるという。
一体どういうことか。
出張族や鉄道ファンなどにはよく知られているルールだが、指定席特急券の持ち主は指定した列車に乗り遅れた際、後から出発する列車の自由席に乗ることができる。「先発する列車」への乗車は想定していないが、事実上黙認している。
JR東海の担当者はこう説明する。
東海道新幹線はビジネス客の利用が多く、列車も頻繁に出ている。そのため、念のため指定席を押さえていた乗客が早く駅に着き、先発する列車の自由席に座るケースが少なくない−。
つまり、自由席が満員で立ち客が出ている大混雑にもかかわらず、同じ列車に「主を失って“空気”を運ぶ指定席」がいくつもある、そんな理不尽な状態が生じやすい路線なのだ。
■新横浜までに検札終了!?
もちろん、そうした状態を防ぐ努力はこれまでも行っている。
検札に回る車掌は、指定席特急券で自由席を利用している乗客を把握した際、元の指定席を返上するよう求め、携帯端末で予約システムに接続して座席指定を解除(返席)している。こうして宙に浮いた元の指定席を、再び別の乗客が利用できる状態に戻している。
だが、検札に時間がかかれば、座席指定の解除も遅れてしまう。そこで、検札の対象を自由席に絞って業務をスピードアップし、素早い「返席」につなげるというのが今回の「検札廃止」の狙いというわけだ。
では現在、16両編成の乗客全員の切符を改めるのには、何人体制でどれくらい時間を要しているのか。
1列車に乗務する車掌の数は、中程の車掌室に控えるチーフ「車掌長」または「列車長」と最後尾の「後部車掌」、前方車両を担当する「中乗り車掌」の3人。グリーン車で接客するパーサー1〜2人も必要に応じて検札を手伝う。ちなみに列車長とは、運転士資格を持つ車掌長の呼称だ。
列車が満席の場合、1両の検札を終えるのに約10分かかるといい、5人で手分けしても単純計算で30分余りかかる。乗り換えの案内や車内精算などの乗客対応もあるため、「東京発『のぞみ』の検札が終わる頃には静岡駅を過ぎていることもある」(広報)という。
しかし対象が自由席の3両だけになれば、2人で手分けしても15分ほどで終わる計算。比較的空いている列車ならば、新横浜駅到着を前に完了するかもしれない。その分多くの指定席を出発前に「返席」し、他の乗客の需要に応えられるようになるわけだ。
■真の狙いはセキュリティー強化か
JR東海の収益面からみれば、効率的な「返席」によって指定席の売り上げアップにもつながる。自由席の乗客にとっても、検札が早く済めばそれだけ早くくつろげる。メリットはいくつも挙げられる。
しかし、何より重要な効果といえそうなのは、セキュリティーの向上だ。
パリ同時多発テロ事件は「ソフトターゲット」を狙うテロ対策強化の必要性を改めて突きつけた。乗客1人が巻き添えで命を落とした昨年の車内焼身自殺事件も記憶に新しい。JR東海は従来、車内検札を続ける理由を「防犯上の観点」と説明していたが、それでも同事件は防ぐことができなかった。
しかし業務負担の減った車掌が車内を巡回して不審者に目を光らせれば、不測の事態を未然に防げる可能性が高まるのは間違いない。
実際、柘植康英社長は15年11月19日の定例会見で「検札を一部廃止しても、予約データのない席に座っている乗客への注意や、安全確保のための巡回には引き続き力を注ぐ」と強調している。
乗客のくつろぎ向上、限られた指定席の効率的な活用、収益アップの効果、そしてセキュリティー向上…。開業から52年で初めてとなる方針転換には、“一石四鳥”の効果が期待できるというわけだ。(山沢義徳)