中国が「アメリカの金融覇権」に本気で挑み始めた! 世界のルールを決めるのは誰か人民元のドル追撃体制は整いつつある
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47197
2016年01月03日(日) 笠原敏彦 現代ビジネス
■アメリカの危機感
国際社会のルールは誰が決めるのか? 2016年はこの大テーマの行方を占う上で重要な年になりそうだ。
その火蓋を切るかのように、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)が年末の25日に正式発足した。アメリカ支配の象徴である世界銀行・国際通貨基金(IMF)体制、ドル基軸体制への中国の挑戦の第一歩だろう。
一方のアメリカでは11月に新たな大統領が選出される。アメリカはブッシュ、オバマ両政権下で失墜した国際社会での「威信」を取り戻せるのか。そして、リベラルな民主主義陣営の指導者として、自己主張を強めるリビジョニスト(現状変革)国家への反転攻勢に打って出る契機となるのか。今年はその分岐点となりそうである。
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誰のルール、行動様式が「世界標準」なのか。この問題をめぐる攻防は、アメリカと欧州の相対的な影響力低下と、中国やロシアなどリビジョニスト国家の台頭でますます熱を帯びている。
その実情は、オバマ米大統領が昨年10月、米日が主導した環太平洋パートナーシップ協定(TPP)大筋合意を受けて出した次の声明が端的に示している。
「グローバル経済のルールを中国のような国に作らせるわけにはいかない。新しいルールは我々が作るべきだ」
この発言を聞いたとき、我が耳を疑った。大統領が公然とここまで言わなければならないほど、アメリカの危機感は高まっているのかという意味でだ。経済ルールをめぐるアメリカからの「宣戦布告」。中国側がそう受け止めても仕方ない内容である。
日本では「中国崩壊論」が脚光を浴びているようだが、ホワイトハウスにそうした情勢認識は全くなく、競争の激化に備えているようである。
一方、攻める側の中国の路線は明快だ。習近平・国家主席は2014年11月、8年ぶり、史上二度目の「中央外事工作会議」での重要談話でこう訴えている。
「国際システムとグローバルガバナンスの改革を推進し、我が国と幅広い途上国の発言権を高めなければならない」
習氏の発言はオブラートに包んだ物言いながら、米欧が築き上げてきた国際ルールを中国の国益に沿うように変えていくという宣言であり、その姿勢が先鋭化して現れているのが南シナ海だろう。中国はここで国際法を無視し、人口島を造成して独自のルールに基づき「領海」を主張している。
しかし、この問題は国際ルールをめぐるせめぎあいの点から見た場合、氷山の一角でしかない。長期的により重大な意味を持つのは、AIIBの設立により、中国が米国の金融覇権への挑戦を始めたことである。
■金融覇権というパワー
AIIBは創設メンバー57ヵ国でスタートした。資本金は1000億ドルで、中国はそのうち297億ドルを出資し、議決権の26.06%を握る。途上国を中心に増大するインフラ投資需要に応えることが表向きの設立目的だが、アメリカの金融覇権の基盤を崩すという戦略的な狙いが中国にあることは間違いない。
グローバル化経済の一つの特徴は、国際取引の増大に伴い、国際政治における金融覇権の影響力が飛躍的に増大していることだ。
アメリカは、基軸通貨ドルを外交・制裁の道具として使うことが可能だ。ドルは国際取引の主要な決済通貨であり、大抵の国際取引は米銀を通さざるを得ないからだ。言わば、アメリカは国際取引の「関所」であり、その門を閉じる、つまりドル決済システムへのアクセスを禁じることにより、狙いを定めた国家・組織・個人に制裁を課すことができるという他国にはないパワーを持つ。
最近では、米司法省主導で進む国際サッカー連盟(FIFA)の汚職摘発がよい例だろう。この事件では、非米国人のFIFA副会長らが大会放映権をめぐる賄賂受け取りなどで逮捕・起訴されている。アメリカが、自国とは直接的な関係が薄いこの事件を国内法で摘発したのは、金銭の受け渡しでアメリカの銀行口座が使われていたからだ。
また、2005年に発動した北朝鮮への金融制裁はその効果が端的に現れた例である。米財務省は、偽ドル札の流通などで北朝鮮のマネーロンダリング(資金洗浄)に加担したとしてマカオの銀行「バンコ・デルタ・アジア(BDA)」と米銀の取引を禁止した。
このケースでは、アメリカ以外の銀行も、アメリカの規制に触れてドル決済システムへのアクセスを制限されることを恐れてBDAとの取引を自粛。口座を凍結され、兵糧攻めにあった北朝鮮は激しく反発し、2006年10月には最初の核実験を実施するに至った。
当時、筆者はワシントン特派員だったが、ある米政府当局者は「金融制裁はここまで威力があるのか」と驚いていたものだ。
北朝鮮核問題をめぐる6ヵ国協議の議長国である中国は、この問題の解決に関与した経緯もあり、米国の金融制裁の効力をつぶさに目撃したはずだ。
■人民元のドル追撃体制は整いつつある
歴史上、英米以外の国が金融覇権を握ったことはない。アメリカは、政治的、経済的な影響力は相対的に低下させているものの、ドル基軸体制の下で金融覇権はがっちりと握っている。言わば、アメリカが超大国であり続けるための最後の砦が金融覇権なのである。
そして、中国が米国と並ぶグローバルパワーとなり、実体を伴う「新たな大国関係」を築くには、金融分野での自陣地拡大が欠かせないのである。
だから、昨年、人民元の国際化が大きく前進したことの意味は小さくない。
IMFは11月の理事会で人民元を国際通貨の一種である「特別引き出し権(SDR)」の構成通貨に加えることを決定。五大通貨体制の一角を占めることになり、SDRの構成比率では円を抜いて米ドル、ユーロに次ぐ第3位の通貨に踊り出ることになった。
また、ロンドンでの人民元建て国債発行、ドイツ・フランクフルトでの元建商品を扱う新市場の開設、中露など新興5ヵ国BRICSによる「新開発銀行」の設立も正式に合意された。中国の外貨準備高は3兆5000億ドル前後に及ぶ。人民元のドル追撃体制は徐々に整いつつあるようだ。
■ 国際秩序とは「強国の創造物」
ここで、少々立ち止まり、「国際秩序」とは何なのかを考えてみたい。
近年、混迷する世界情勢を背景にこの言葉をよく耳にするようになったが、その定義を説明しろと言われるとそう簡単ではないのではないか。そこで、著名なイギリス人国際政治学者、E・H・カー氏の著書「危機の20年」から以下の解釈を引用しておく。
「『国際秩序』と『国際連帯』はつねに、これらを他国に押し付けるほどの強国であるとみずから実感する国々のスローガンになるのである」
「19世紀を通じてイギリスが政治的優位に立ったのは、世界の金融センターとしてのロンドンの地位と密接に関係している…今世紀(20世紀)アメリカが政治大国へと上昇してきたのは、同国がまずはラテンアメリカへの、そして1914年以降はヨーロッパへの大規模な貸与国として市場に登場したことに大きく起因している」
つまり、国際秩序とは強国の創造物であり、金融覇権をそのベースにしているということである。中国の金融分野での動向に特に注目すべきだと考える理由が、ここにある。
■世界を覆う「ゼロ・サム」ゲームのメンタリティ
前回の拙稿(12月19日http://gendai.ismedia.jp/articles/-/46961)では、世界が現状の地政学的カオスに至った経緯を紐解いた。それでは、そのカオスから新たな秩序の芽は生まれるのか。この点を考える際、注目したいキーワードが「pivot(旋回=変わり身)」である。
この言葉はオバマ政権下でアメリカ外交の基軸が欧州・中東からアジアへ旋回(=pivot to Asia)したことを指すのに使われたが、英誌エコノミストが昨年10月24日号の記事で「We can pivot too」という見出しを掲げていたのが目を引いた。
キャメロン英政権は昨年、「特別な関係」にあるアメリカの反対を押し切っていち早くAIIBへの参加を表明するなど親中路線へ一気に傾いた。エコノミスト誌の見出しは「アメリカがアジアに旋回するなら、我々だって旋回してもいいじゃないか」というニュアンスである。
キャメロン政権は2010年の発足当初から「商業主義外交」を掲げ、外交における経済的利益を優先する姿勢を貫いている。そのイギリスのAIIB参加表明は、中国の人権軽視や地政学的脅威に目をつむるものだが、独仏など他の欧州諸国もイギリスに追随しAIIBに参加した。
この事態が示しているのは、国際政治における経済の比重が高まる中、リベラルな理想を掲げる欧州諸国ですらその外交姿勢において「マネー・ベースド・アプローチ(お金本位主義)」を強めているということである。
グローバル経済はかって、世界に「ウィン・ウィン(全員が勝者)」の関係をもたらすと喧伝された。しかし、この言葉は最近、とんと聞かれない。それは、そうだろう。先進各国とも内情を見れば、経済の持続的な安定成長など誰も確信できず、格差拡大に伴い政治は不安定化する一方だ。
こうした情勢下で各国を覆っているのが、誰かが得をすれば、誰かが損をするという「ゼロ・サム」ゲームのメンタリティである。各国とも世界の政治的安定を優先する余裕などなく、一国の経済的繁栄を追い求めているのが実情である。国際情勢が流動化する中、外交の基軸を旋回、調整する国は今後一層増えることだろう。
そして、欧州諸国の親中路線を見れば、経済的繁栄を求める姿勢が政治的不安定をより深刻化させるという逆説的な事態が生じていることに気付くだろう。明確なリーダーを失った世界は、袋小路に入り込んでしまったかのようである。
■アメリカ大統領選が持つ意義
こうした世界の潮流を見れば、今年11月に行われるアメリカ大統領選の持つ意義の大きさが理解できるのではないだろうか。
民主、共和両党とも2月1日から始まる中西部アイオワ州党員集会を皮切りに候補者選びが本格化し、7月に候補者を正式に指名する。
ここでは詳しく触れないが、民主党候補はヒラリー・クリントン元国務長官でほぼ決まりのようだ。一方の共和党は、過激発言で物議を醸す不動産王、ドナルド・トランプ氏が世論調査でトップを行き、候補者選びは混迷を深めている。
国際政治の世界には「棍棒を手に静かに語れ」(第26代米大統領セオドア・ルーズベルト)という言葉がある。軍事力を背景にしながらも、それを使うことなく、問題を解決しろ、という意味である。現実主義派を代表する立場だろう。
振り替えれば、単独行動主義を批判されたブッシュ前大統領は無闇に「棍棒」を振り回し、オバマ大統領は「棍棒」を手にしない大統領だ。そして、アメリカの威信は失墜し、国際秩序は流動化し、中国はアメリカとの「新たな大国関係」を堂々と主張するようになった。
アメリカは、リベラルな民主主義や開かれた経済の守護者として自由世界を再び結束させ、中露などのリビジョニスト国家の挑戦を押し戻し、国際社会をより安定させることができるのか。今年の大統領選の行方に注目したい。
笠原敏彦(かさはら・としひこ)
1959年福井市生まれ。東京外国語大学卒業。1985年毎日新聞社入社。京都支局、大阪本社特別報道部などを経て外信部へ。ロンドン特派員 (1997~2002年)として欧州情勢のほか、アフガニスタン戦争やユーゴ紛争などを長期取材。ワシントン特派員(2005~2008年)としてホワイ トハウス、国務省を担当し、ブッシュ大統領(当時)外遊に同行して20ヵ国を訪問。2009~2012年欧州総局長。滞英8年。現在、編集委員・紙面審査 委員。著書に『ふしぎなイギリス』がある。