出国税に悩む人、結婚できない「下流中年」も...
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サンデー毎日 2016年1月 3日号
牧太郎の青い空白い雲 連載552
銀座の超高級天ぷら屋で、ご馳走(ちそう)になった。
コース料理が1万円。例のワインを頂けば、一人2万円? 当方にはとても手が出ない「贅沢(ぜいたく)」だというのに......カウンターはいっぱい。しかも、30歳前後の「若者」も多い。世の中「お金持ち」はいるんだ?
誘ってくれた友人も、かなりの「お金持ち」なのだろう。話題は「出国税」になった。
7月にスタートした「出国税」。正式には「国外転出時課税制度」。株式の売却益などに税金がかからないタックスヘイブン(租税回避地)に逃れようとする人を見つけて、強制的に課税する。
「もっと早く(キャピタルゲイン課税がない)ニュージーランドに移住すれば良かった。あの国は、ここ10年間で日本人移住が3倍になっている」。めっぽう詳しい。
お上は、富裕層が日本から逃れる前に、きっちり取っておこう!というのだろう。アメリカ、フランス、ドイツ、カナダなどで実施されていたから当方、それほど違和感は持たなかったが......友人は「問題は、確定していない"含み益"に対して課税すること。相続税と二重課税になる!」と、ご立腹である。
株式の"含み益"に15%の課税。それもゆくゆく20〜30%に引き上げられるという噂(うわさ)もある。
「安保法制も気になるが、今年、安倍政権が行った政策の中で、出国税が史上最低!」と、彼は言う。......「お金持ち」の間でも、安倍批判があるということか?
× × ×
年の瀬、かなり年下の「後輩」とサラリーマンの街、東京・神田で飲んだ。当方の奢(おご)りである。
「先輩! 安倍の『新三本の矢』、おかしいですよね。あれは『矢』ではない。『的』じゃないですか」
と幾分、酩酊(めい てい)している。アベノミクスの「三本の矢」は第一の矢(金融政策)、第二の矢(財政政策)、第三の矢(成長戦略)の組み合わせで「デフレ脱却」の的を射る!と説明された。
しかし、新三本の矢の「GDP600兆円」「出生率1・8」「介護離職ゼロ」は"手段"ではなく、"目標"だ。後輩が「矢ではない。的である!」と言うのも理解できる。
「しかもですよ。出生率1・8はインチキだ! 結婚した夫婦が産む子供の数はすでに増えている。少子化の原因は、子供を産まないのではなく、僕のように結婚できないやつがいるからですよ。少子化の原因は、結婚できない非正規労働者にある!」
確かにパート、契約社員、派遣社員など、正社員以外の労働者の割合は、今年40%に達した。
いわゆる「中年フリーター」は2000年に150万人ほどだったが、今では273万人。正社員と非正規労働者の年収差は約2倍。00年初めの「就職氷河期」に大学を卒業したものの、就職先がない。正社員になれず、非正規でやって来た若者が「夢も希望もない人生」を味わっているのか?
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15年も年末年始の合併号の季節がやって来た。顧みると嫌な年だった。
安倍内閣の重なる暴走に腹が立ったが、一番ショックだったのは、当方と同い年の71歳が新幹線で焼身自殺した事件だった。東海道新幹線「のぞみ」の先頭車両で、男がガソリンをかぶった。逃げ遅れた女性1人が死亡、28人が重軽傷を負った。男は黒焦げだった。指紋と運転免許証で身元が判明。周囲に繰り返し「年金の受給額が少ない」「保険料や税金が高い」と"怒り"をぶつけていた。
「命の綱」の年金は生活保護水準以下の約12万円しか支給されなかった。いわゆる「下流老人」だった。
他人事(ひとごと)ではない。当方も「下流」に近い存在だが、今、現実に結婚できない(経済力のない)若者が、いつか「下流老人」になる。いや、すでに「下流中年」になっている。
格差が激しすぎる「嫌な年」だった。同じ労働をしながら差別されるなんて......16年こそ、差別のない年にしたい。良いお年を!