日本の1人あたりGDPが韓国に追いつかれるって本当?
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2015.12.08 15:00 THE PAGE
[写真]韓国経済をけん引する企業の一つの現代自動車(Lee Jae-Won/アフロ)
日本の1人あたりGDP(国内総生産)が5年後、韓国に追いつかれる――。こんな推計が先月ニュースになりました。韓国経済はといえば、ひところの絶好調期は終わり、陰りが見えてきているといわれます。1人あたりGDPが本当に追いつかれることはあり得るのか。マクロ経済が専門の岡山大学准教授、釣雅雄氏が解説します。
■1人あたり名目GDPを比較する
[図](出所)IMF、World Economic Outlook Databases より作成
韓国の1人あたり名目GDP(ドル)が、2020年には日本とほぼ同じになるという結果が、IMFの推計(World Economic Outlook Databases (October 06, 2015))に出ており、驚きをもって報道されているようです。統計を見ると、実は、将来というだけでなく、現時点(2015年)でも違いは2割未満で、ほぼ同一といえるものになっています。
GDPの規模は人口が多いほど大きくなるので、国の経済水準、すなわち豊かさを比較するには、人口で割った1人あたりGDPを用いるのが適切です。その1人あたりGDPが同じということは、韓国と日本の経済・生活水準がほぼ同一になったとみなされます。日本経済が韓国に追い抜かれるという状況が、目前に迫っているという印象の動きにもなっています。
それだけではありません。次の図「1人あたり名目GDP(PPP)」にあるように、購買力平価(PPP)では、2018年に韓国が日本を上回っています。購買力平価に基づくGDPは、為替レートでドル換算するのではなく、物価の違い(比率)で計算したものです。そのため、生活実感に近い比較ができます。実際の生活については、韓国のほうがもうすぐ日本を上回る水準となることを意味しています。
ただし、韓国と比較した報道がされているものの、特別に韓国経済が日本経済を上回る成長をしているというわけではありません。日本と他の国と比較しても同じことが言えます。
先ほどの1人あたり名目GDPの図には、シンガポール、台湾、英国、米国を加えています。ここから、日本だけが、特に2013年頃から落ち込んでいることがわかります。たまたま、韓国経済が日本に追いつくような位置にあったので比較しやすいのですが、特別に韓国との違いが重要というわけではありません。
[図](出所)World Bank、World Development Indicatorsより作成。2014年以降は筆者による推計
図をみるポイントは円安です。ドル換算の名目値は、日本円で一定の場合でも、円安になると下落してしまいます。逆に、1995年や2012年頃のように、円高の時期はドル表示の名目GDPは大きく伸びています。現在の歴史的な円安が、ドルで見たときの日本のGDPを大きく低下させているのです。
例えば、World Bankの統計に購買力平価に基づく1人あたり実質GNI(国民総所得)のデータがあるので、2014年以降について線型推計してみました。簡単な推計ですが、実質では、徐々に縮まっているものの、日本と韓国との差はしばらくありそうだといえそうです。
■背景にある問題は産業構造の変化
以上のように、韓国経済が日本に追い抜くというのは、ややからくりのある表現だということが分かりました。また、2つめの図にあるように、実質値でみれば、日本経済についてそれほど悲観する必要はなさそうです。けれども、このような予測がなされるには、その背景に何らかの問題があることを意味します。
そのポイントは、よく議論されている実質賃金です。名目で考えると、通常はインフレと賃金は連動します。けれども、海外からの輸入財の価格上昇によってインフレが発生した場合は、それが賃金上昇につながることにはなりません。そのため、先ほどの1人あたり実質GNI(国民総所得) の図をよく見ると、1997年の金融危機後や2008年の世界金融危機後ほどではありませんが、2014年に低下していることがわかります。
エネルギーや食品の原材料などの輸入財の価格が上昇すれば、やはり、実質的には日本人の生活は窮屈になります。今年は、原油価格が大幅に下落したため国内物価の上昇が相殺されています。そうでなければ、インフレがより大きな実質賃金の低下をもたらしていたことでしょう。
ただし、賃金を無理に引き上げればよいというわけではありません。もし、無理な引き上げが行われれば、失業率は悪化する可能性があります。国民所得が、労働者にどれだけ配分されたかをみる指標として、労働分配率があります。労働分配率は、例えば2006、2007年ころと比べるとやや高い水準なので、(一般的には、とくに中小)企業が利益をため込んでいるとは考えられません。失業率に影響を及ぼさないで、さらに賃金を引き上げる余地はそれほどないでしょう。
背景にあるのは産業構造の変化です。製造業の就業者が減少する一方で、サービス業では増加しています。高度成長期には農業から製造業へという変化で、実質賃金が上昇しました。けれども、現在のような変化では、賃金はどうしても大きくは上昇しにくくなっています。
女性は医療福祉分野での就業者が増えています。一方で、男性については、サービス業へのシフトもそれほどではありません。現在、女性活用の政策がすすめられていますが、私はマクロ経済ではむしろ男性、とくに若年層や中年層の男性の労働環境に問題があると考えています(個別には女性の就業にさまざまな壁があるのでその改善は必要です)。この点については、円安で輸入量が増加すれば改善すると期待したのですが、実現しませんでした。
日本と韓国は似たような産業構造を持っています。しかしながら、日本は一歩先にサービス産業増大という転換や少子高齢化に直面しています。このニュースの背景には、そのような日韓における変化の違いがあります。
(岡山大学准教授・釣雅雄)