ここ最近、冤罪が発覚して無罪の人間を疑獄に陥れていたケースが目立つ。その一因は、DNAと監視カメラに頼る操作で、物的証拠と確実な証言を探し突き止める能力が警察から失われたからではないか。
「10年ぶりに犯人逮捕」と地デジ大マスゴミで大きく報じられたこのニュースも、結局は物証なき「印象捜査」でしかなかったのか。
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http://mainichi.jp/articles/20151201/k00/00m/040/133000c
栃木女児殺害10年「裁判が始まらない」…逮捕1年半
毎日新聞2015年12月1日 09時30分(最終更新 12月1日 09時30分)
*吉田有希ちゃんが同級生と別れた三差路。分岐点には花が手向けられていた=日光市木和田島で2015年11月30日、野口麗子撮影(写真略)
栃木県日光市(旧今市市)の市立大沢小1年、吉田有希ちゃん(当時7歳)が2005年に連れ去られ殺害された事件は1日、発生から10年を迎える。昨年6月に容疑者が逮捕、起訴され事件は急展開。しかし供述の変遷などで公判前整理手続きが長引き、初公判のめどは立たない。関係者は「事実を明らかにしてもらい、早く墓前に報告したい」と真相解明を願う。【田中友梨、野口麗子】
【当時の紙面で振り返る】栃木・女児殺害事件
日光市木和田島の雑木林の中にある三差路は、昼間でも薄暗く、抜け道として使う車両の通行を除くと人通りは途絶える。あの日、下校途中の有希ちゃんは同級生とここで別れ、行方が分からなくなった。
「強いきずなで、子供にこわい思いを二度とさせない安全・安心なまちを目指します」。事件後立てられた防犯看板の語句が、地域を震撼(しんかん)させた影響の大きさを物語る。登下校に保護者らが付き添う見守り活動は直後から続けられ、付近の住民は「痛ましい出来事は何年たとうと忘れられない」と口をそろえる。
当時の大沢小校長だった大根田民雄さん(69)は「命日」の1日、有希ちゃんの墓参りを続けてきた。今年に入り、有希ちゃんの母は死去。「何があったか知りたいと願っていた。さぞ残念だったでしょう」と、胸が締め付けられるという。
自身も3年前の心臓手術で一命を取り留め、昨年は「生きている間に容疑者逮捕の知らせを聞けた」と思った。だが、捜査で明らかになったことは少ない。他の遺族も取材に対し「まだ裁判が始まっていない」と多くを語らないが、疲れ切った声に焦燥感がにじむ。
殺人罪で起訴された同県鹿沼市の無職、勝又拓哉被告(33)の公判は裁判員裁判となる。争点を絞り込む公判前整理手続きが長引き、捜査関係者によると、勝又被告の供述が変遷したことなどから証拠の整理に時間がかかり、手続き終了の見通しは立っていない。
起訴状によると、勝又被告は05年12月1日に有希ちゃんを連れ去り、茨城県常陸大宮市で有希ちゃんの胸をナイフで多数回刺し、失血死させたとされる。
勝又被告は別事件で勾留中、関与をほのめかしたことなどから栃木、茨城両県警合同捜査本部は逮捕に踏み切った。しかし動機や経緯に不明な点も多く、凶器のナイフが発見されないなど物証に乏しい。栃木から茨城へ向かう道路沿いの複数の防犯カメラに被告の車と似た車両が記録されており、検察側は録音・録画された取り調べの様子とともに立証の柱とする方針だ。
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http://www.asyura2.com/13/nihon31/msg/393.html
投稿者 あっしら 日時 2014 年 6 月 03 日 17:12:41: Mo7ApAlflbQ6s
http://www.asyura2.com/13/nihon31/msg/638.html