7〜9月期のGPIF運用実績は約8兆円の損失。怒りや不安を覚える人もいるだろうが…
GPIF「損失8兆円」で怒りを向けるべきは誰か?
http://diamond.jp/articles/-/82547
2015年12月2日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員] ダイヤモンド・オンライン
■チャイナショックで7〜9月期に大損失 だが運用評価としては「褒める」べき
公的年金の積立金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が、7〜9月期の運用実績を発表した。この時期は、中国の景気減速懸念が表面化した通称「チャイナショック」で内外の株価が大幅に下落した時期だったので、どのくらいの損失額になっているかが発表前から注目されていた。
発表された損失額は7兆8899億円、収益率では−5.59%であった。9月末の運用資産額は135兆1087億円だ。
絶対額として大きな損失なので、「GPIFは何をやっているのだ」と怒る方、あるいは心配になる方がいらっしゃるかもしれないが、少なくともGPIFの運用部隊に対して「怒る」のは正しくない。
GPIFは昨年の10月に新しい「基本ポートフォリオ」を定めた。この基本ポートフォリオの内訳は、「国内債券35%、国内株式25%、外国債券15%、外国株式25%」である。
7〜9月期のそれぞれの資産の収益率は、国内債券が0.62%、国内株式は−12.78%、外国債券は−0.91%、外国株式は11.01%(それぞれGPIFが事前に「ベンチマーク」として定めた指標による)なので、基本ポーフォリオ通りであったならば、加重平均した収益率は−5.87%となる。
この期間の現実の収益率は−5.59%だから、この間GPIFの運用部隊は、0.28%ほど基本ポートフォリオによる「複合ベンチマーク」を上回っている。常識的な運用評価としては、「よくやった」とされなければならない。期首の運用資産額約141兆1000億円と掛け算すると、4000億円近く損失を少なく済ませたことになる。
この間のGPIFの運用は、「勝ち・負け」で言うなら、「勝ち」なのだ。運用の仕事ぶりに関しては「褒める」のがフェアだ。
主な勝因は、内外の株式を「アンダーウェイト」していたことだ。GPIFは6月末時点で国内株式を23.39%、外国株式を22.32%と、標準とされる25%よりも少なく持っており、運用期間中にもあまり大きくは買い増ししなかった。
なお、この期間の内外株価の大幅な下落の影響で、9月末時点での国内株式と外国株式の構成比率はそれぞれ21.35%、21.64%に6月末よりも減少している。運用の行動としては、この期間中に国内株式も外国株式も買い増ししているはずだが、株価の下落がこれを上回って比率が減少した。
その後、現時点までに、株価がかなり戻っているので、この比率は上昇していると思われるが、基本ポートフォリオの「25%」までは、内外株式両方ともまだ少し余裕があるはずだ。
ただし、念のため付け加えると、GPIF並みの巨額資産の運用で、四半期単位でリスク資産をオーバーウェイトしたりアンダーウェイとしたりを行って超過リターンを取りに行くことは現実的ではない。基本ポートフォリオに近い配分でポートフォリオを持って、小幅な調節と、中身の運用の改善を目指すのが普通だ。基本ポートフォリオ変更に伴う「移行期間」が終わったら、各資産に設定された「巨大な」許容乖離幅は、もっと小さなものにしていいのではないだろうか。
■「長期運用だから」と言うが短期の結果でも「損は損」
GPIFは情報公開を進めようとしており、動画サービスのYouTube内にGPIF専門のチャンネルである「GPIF channel」を作り、7〜9月期の実績を発表する記者会見を公開した。ご興味のある読者は、是非ご覧になってみてほしい。
かつて運用会社に勤めていた筆者としては、「年金運用は、短期的な損益ではなく長期的な損益で見るべきだ」といった、運用会社の言い訳として聞き慣れた台詞を、日頃は言い訳を聞く立場にあるGPIFが熱心に言っているのが面白い。
長期的に収益を獲得することを目的に運用している資金だし、資金サイズ的に身軽に動くことができる運用条件ではないので、短期の損益で良し悪しを評価されてはたまらないという意識があるのだろう。
ただし、短期的な損であっても、「損は損」であり、その後に必ずそれが取り戻せるという保証はないのであって、「長期、長期…」と言い募るのは、不適切だ。
四半期報告の説明としては、複合ベンチマークに対する勝ち負けとその要因を、その期間の仕事の良し悪しの評価として、第一に述べるべきだった。本当はGPIF自身の口から「この四半期は約8兆円の損失になっていますが、運用としては上手くいっていると評価されるべき結果です」と言い切ってほしかった。
■市場運用開始時からの累積で「安定的な収益」を強調するのは不適切
説明者は、「市場運用」を始めた2001年からの累積収益の推移を表すグラフを見せて、かなり安定的に年率にして2.79%になる収益を稼いできたと強調していたが、このグラフの見せ方はやや不適切だ。
なぜなら、期間中、現在のハイリスクな運用方針になったのは、昨年の10月末のことだからだ。それ以前の低リスクな運用方針(「基本ポートフォリオ」が)だった時期の累積収益額の変動度を見ると、まるで今後も「安定的に」収益を稼ぐことが期待できるかのように見えてしまう。
市場運用開始の時期からの累積収益を見せる点に関しては、現在のGPIFについて説明しているというよりは、過去の厚労省の方針を事後的に正当化したがっているようなニュアンスを感じた。
なお、YouTube動画では、「長期運用」以外に、GPIFがハイイールド債に投資することに対する説明が行われていた。
これは、一部の週刊誌などが「ジャンクボンドへの危険な投資だ」と危機感を煽るような記事を載せたことに対して、反応したものではないかと推測される。
この説明は、おおむね納得できるものだった。
ハイイールド債は、信用リスク(デフォルトを起こすリスク)がある分、利回りの高い債券への投資だが、巨額の資金があって大規模な分散投資が可能なGPIFにとって、むしろ適切な運用資産だ。
個人的には、国内企業の大株主となることで利益相反の心配がある国内株式への投資よりも、筋のいい運用であるようにも思える。
■こんなにハイリスクが必要なのか?問題は運用目標と基本ポートフォリオ
話が前後するが、GPIFがYouTubeで説明した長期のパフォーマンスは、基本方針が現在のハイリスク運用に変更される前までの期間を採るとしても、特に公的年金の運用として意識される賃金上昇率と比較すると結果的に「まずまず」のリターンを獲得してきた。
デフレから脱却した後の、賃金上昇率のハードルが上がる経済環境に対応するとしても、四半期で約8兆円も損が出るようなハイリスクなポートフォリオが必要なのだろうか。
本連載では、「名目賃金プラス1.7%の確保を目指せ」という、リスクを見ずにいきなりリターンを求める厚労大臣の運用目標の与え方が、運用の考え方として不適当だと何度か指摘してきたが、この問題に加えて、「この運用目標なら、もう少しローリスクな運用方針でも達成できるのではないか」という検討も必要であるように思われる。
「国内株式25%、外国株式25%、外国債券15%…」は、アベノミクスを盛り上げたいという首相官邸に、「指示された」と言わないまでも、その期待を忖度して、リスク資産を「盛り」過ぎたような感じがする。
金融資産の他に自分の稼ぎもあれば不動産もあるといった、元気でお金持ちのビジネスパーソンの金融資産の運用方針であれば、GPIFの基本ポートフォリオくらいの比率でリスクを取ってもいいと思うが、多くの国民は、公的年金の運用でここまで大きなリスクを取ることを望んでいないのではないだろうか。
目標の与え方と共に、基本ポートフォリオの作り方も検討の対象にすべきだろう。
「四半期で8兆円の損」が出ることの適否については、GPIFの運用部隊ではなく、まず、厚労大臣及び、基本ポートフォリオを作った運用委員会に見解を求めるべきだろう。