『下町ロケット』のようにはいかない日本のロケット開発の哀しい現状 やっぱりあれは、小説の世界のお話ですか?
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/46638
2015年12月01日(火) 町田 徹「ニュースの深層」 現代ビジネス
■欧米・ロシアとは大きな溝
テレビドラマ化された話題の小説「下町ロケット」のように、中小企業やベンチャー企業が宇宙産業に参入して成長機会を得る時代が来るのだろうか――。
先週(11月24日)、日本製ロケットとして初めて「H2A」が商業衛星を静止軌道に運ぶことに成功、日本は長年の悲願だった「衛星打ち上げビジネス」への参入を果たした。
ロケットや衛星、探査船の製造と打ち上げ、運用、そして宇宙旅行のようなサービス業まで含めた宇宙産業は今後、市場の売り上げ規模や関連部門の雇用が大きく拡大すると期待される成長産業だ。
日本は、小惑星探査機「はやぶさ」が地球の重力圏外にある天体に着陸してサンプルを採取して帰還する快挙によって技術力に関し一定の評価を得ているものの、今回のような打ち上げビジネスを含む宇宙の商用利用では後れをとっている。
なぜ、欧米やロシアに大きく水をあけられてしまったのか。原因と、現状を打開する方策を探ってみよう。
言うまでもなく、宇宙産業は代表的な成長産業のひとつだ。米国の「宇宙財団」がまとめた「スペースレポート2014」によると、2013年の世界の宇宙産業の売上高は、前年比で4.0%拡大して、3141億7000万ドル(1j=120円で換算すると、約37兆7700億円)に達した。
今後も途上国や途上国企業が経済力を付けて、様々な宇宙ビジネスが増えていくと見込まれている。
日本は、お家芸の自動車産業とは対照的に、宇宙産業で高い競争力を保持しているとは言い難い。FAA(米連邦航空局)の「商業宇宙輸送年次報告」をみると、2013年に世界で81件の衛星打ち上げがあったが、このうち日本はわずか3件、シェアにして3.7%しか獲得できていない。そして、3件すべてが非商用目的の打ち上げだった。
この分野のトップは32件(世界シェア39.5%)のロシアだ。以下、2位に19件の米国(同23.4%)、3位に15件の中国(同18.5%)、4位に7件のヨーロッパ(同8.6%)と続く。日本と同じ3件で、同率5位にはインドが並び、7位には1件の韓国(シェア1.2%)が顔を出した。
打ち上げビジネスと同じ輸送機器関連ビジネスである自動車産業では、日本メーカーが30%を超える世界シェアを握っているのと対照的だ。
■なぜ自動車産業のようにはいかないのか
現状では、国際的に見て日本の宇宙産業の規模は大きくない。日本航空宇宙工業会がまとめた「航空宇宙産業データベース」によると、航空宇宙産業の売上高(2013年)は米国の21兆4069億円に対し、日本は10分の1以下の1兆6995億円にとどまっている。
就業人口でも米国の62万1000人に対して、日本は3万6000人と遠く及ばない。期待の成長産業で、貴重な雇用機会を逸しているのが実情だ。
いったい、なぜ、日本の打ち上げビジネスは自動車産業のように成功しなかったのだろうか。
歴史的に見れば、その第一の理由は、スタートが遅く、技術的な信頼性をなかなか獲得できなかった点にある。1950年代から国家プロジェクトとして超大国の威信をかけて宇宙開発を進めてきた米国やロシア(旧ソビエト連邦)と比べて、日本は後発だ。
今回のH2Aロケットの先代にあたるH2ロケットが1998年に衛星の軌道投入に失敗、翌99年には打ち上げに失敗し、さらに2003年にH2Aロケット6号機が固体ロケットブースターを分離できないトラブルに見舞われて、地上からの指令で破壊せざるを得なかったことも大きな痛手になった。
ただ、こうした技術力は大きく改善しつつある。その好例が、今回、カナダの商業用通信放送衛星の軌道投入に成功したH2Aロケット29号機だ。設計と開発をJAXA(宇宙航空研究開発機構)、製造を三菱重工業が担当、今回でH2Aとして23回連続の成功となった。これにより、技術面での信頼性が高まったことは、今後の打ち上げビジネス獲得へ向けた強みになるだろう。
日本製ロケットの第二の弱みは、依然として世界の衛星打ち上げ件数の7割以上にあたる58件を、軍需を含む各国政府の官製需要が占めていることである。
日本製ロケットに限らず、宇宙産業の競争相手国からの受注を伸ばすのは、容易なことではない。
■日本のコストは割高
第三の問題は、このところ衛星打ち上げ需要を押し上げている民生用衛星の打ち上げを、日本製ロケットがなかなか受注できないことである。
この分野で、日本が大きく出遅れた感は否めない。1990年代後半までに、ロシアが東西冷戦の終結と旧ソ連の崩壊を受けて、ICBM(大陸間弾道ミサイル)を転用した格安衛星打ち上げビジネスに先鞭を付け、対抗上、財政難に喘ぐ米政府もNASA(アメリカ航空宇宙局)の組織やプロジェクトの予算規模を縮小する一方で、民間宇宙ビジネスの育成を後押ししてきた。
そんな中、日本は政府主導の技術開発に拘り続けた。年間3000億円前後で頭打ちだった宇宙関係の政府予算の拡大に二の足を踏む一方で、民生利用獲得に軸足を移すこともしなかったのだ。
遅ればせながら、日本が戦略の見直しを明確に打ち出したのが、内閣府の宇宙開発戦略本部が2013年1月に決定した「宇宙基本計画」だ。
国家戦略として宇宙産業を推進する政策の下で、日本製ロケットの最大の弱点とされてきた打ち上げコスト高の是正にもようやく本腰が入ってきた。
もともとH2Aロケットは、先代のH2ロケットとの比較で打ち上げコストが「約半分の93億円以下」(2002年打ち上げの4号機の場合)になったとされていた。
今回の29号機の打ち上げコストは約100億円程度とされるが、エンジンやバッテリーに改良を加えて航続距離を延ばすことに成功。これにより、ロケットから切り離された後、衛星が自力飛行する静止軌道までの距離を縮めて、燃料の残量を増やすことによって、衛星の寿命(運用期間)を延長したという。
あわせて、地上の管制設備の効率化など打ち上げコスト削減策も実施。これらのトータルコスト削減策が、初の民生用の通信放送衛星の打ち上げ受注に繋がったという。
とはいえ、競争は激しくなる一方だ。ライバルたちもコストカットに余念がなく、彼我の差はなかなか縮まらない。29号機の打ち上げコストは、米国、欧州、ロシアなどの主力ロケットと比べると依然として2〜3割高とされている。
そこで、新たな旗手として期待されているのが、2020年の初飛行を目指す「H3ロケット」だ。H3はH2Aの後継機で、三菱重工業が設計・開発段階から事業主体になり、「H2Aの半額の50億円程度を目指す」(JAXA)。
ロケットを含む宇宙産業は、自動車産業に勝るとも劣らないすそ野の広い産業だ。H3の開発過程で、幅広く内外のベンチャーや中小企業にも門戸を開けば、H3の競争力が高まるだけでなく、多くの企業に成長機会を与える。
そうなれば、日本政府の官需に依存して市場が拡大しない時代が続いたことに業を煮やして、部材メーカーの撤退が相次いでいた状況を変える機会になるはずである。
また、リストラでNASAを退職した人たちが米国で様々なベンチャービジネスを立ち上げた前例もある。政府・JAXAはこれまで蓄えた技術を積極的に民間に移転すべきだろう。
そうした積み重ねが、「下町ロケット」のようなビジネスを多く育成することになるのだ。