世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第148回 中国経済失速と資源国の政治
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週刊実話 2015年11月12日号
中国経済の失速、特に「輸入の落ち込み」は、世界経済に大きな影響を与えつつある。2015年9月の中国の「輸入」は、何と対前年比で20%も減少してしまった。
'14年4月に不動産バブルが崩壊を始めるまで、中国は鉄鉱石などの資源の「買い手」として、世界経済に大きな影響力を振るっていた。鉄鉱石の輸入市場において、何と中国一国が占めるシェアは64%に達していたのである。
ところが、不動産バブル崩壊を受け、中国の粗鋼生産能力は年間4億5千万トンも過剰になってしまっている。しかも、新華社通信ですら、中国国内の鋼材需要は「減少する」という見通しを報じているのだ。不動産バブルが終わった以上、当たり前なのだが。
中国の鉄鋼の輸入が増大する見込みは、今後しばらくはない。中国の需要縮小を受け、世界の鉄鉱石の価格が下落してしまっている。鉄鉱石価格の下落は'14年春に始まったが、まさに中国の不動産バブルの崩壊とタイミングが全く同じである。
'11年にはトン当たり170ドルを上回っていた鉄鉱石の価格が、今や56ドル('15年9月)なのである。トン単価が3分の1未満に落ち込んだわけで、当然ながら鉄鉱石を輸出している新興経済諸国やアフリカ諸国などの経済は一気に悪化する。
また、中国は原油の買い手としても存在感を増していた。OPEC(石油輸出国機構)によると、'14年の中国の原油輸入はアメリカに次いで世界第2位であった。'14年春にバブル崩壊が始まり、中国経済は失速していった。同じタイミングで、WTI(ウェスト・テキサス・インターミディエイトの略。アメリカ合衆国南部のテキサス州とニューメキシコ州を中心に産出される原油の総称)原油価格指数は値を下げ始め、'15年9月はバレル単価45.5ドルにまで落ち込んでしまった。
原油価格の下落は、当然ながらサウジアラビアなどの中東諸国や、ロシア、インドネシア、アフリカ諸国などを直撃することになる。結果、各国の「政治」に変化をもたらしている。
例えば、インドネシアは経済成長率の鈍化が顕著になり、ジョコ大統領の支持率が下がっている。しかも、資源価格下落による経済不振で、インドネシアルピアの為替レートが下落し、'15年9月のルピアの為替レートは、何とアジア通貨危機以来の水準にまで落ちてしまった。ルピアの下落は輸入物価を押し上げ、インドネシア国民の生活を苦しくする。
本来であれば、ルピアの下落は「資源輸出の拡大」ということで、インドネシア経済にとっては僥倖のはずだ。ところが、現在は世界的な外需(輸出入)縮小期であり、為替レートの下落が輸出拡大に結び付かない。日本や中国同様に、インドネシアまでもが「通貨が下がっても、輸出が増えない」という現象に苦しめられているわけだ。
民間の調査機関『インド・バロメーター』によると、'15年3月時点でジョコ大統領に「満足」と答えたのは57.5%と、過半数を超えていた。ところが、'15年9月には「満足」が46%と過半数を割り込み、「満足していない」(51.1%)が逆転してしまった。
無論、資源価格下落の影響を受けるのは、新興経済諸国や後進国に限らない。中国の需要縮小と資源価格の下落は、先進国であるカナダの政治にまで決定的な影響を与えた。
'15年10月19日に総選挙が行われたカナダでは、野党の自由党が過半数を獲得し、10年ぶりに政権交代が起きることとなった。カナダの自由党に勝利をもたらしたのは、実は中国の需要縮小、資源価格下落を原因とした「不況」である。
カナダ経済は現在、リセッション(景気後退)の最中にある。'15年1〜3月期、4〜6月期と、2期連続で実質GDPが対前年比でマイナスになり、7〜9月期も期待できる状況にはない。何しろ、カナダの主要輸出品である原油の価格は低迷し、資源エネルギー関連の投資が大きく落ち込んでいるわけだ。
現在のカナダ経済は、定義的にもリセッションというわけで、自由党は、
「公共投資によるインフラ整備」
「財政赤字拡大を3年間容認」
「富裕層増税と、中間層減税」
という、至極まっとうな政策を訴え、有権者の心をつかんだのである。
ちなみにカナダでは、最大の産業都市の一つバンクーバーなどにおいて、中国からやってきた富裕層の移民が市内の高級物件などを買いあさり、住宅価格が高騰してしまっている。結果的に、マイホームを購入できなくなってしまった若い世代が猛反発するという事態を招いている。
何しろ、バンクーバーで一戸建て住宅を購入しようとすると、平均価格は223万カナダドル(約2億650万円)にも達するわけだから、半端ない。一般のカナダ人にとって、マイホームが「届かぬ夢」と化してしまったのだ。カナダの自由党政権が「中国移民問題」にまで手を突っ込むのか、注目している。
結局のところ、世界の多くの国々が「中国は永続的に成長する」という、甘い幻想を抱いてしまっていたわけだ。
とはいえ、不動産、株式、そして設備投資という「3つのバブル」に支えられ、肝心の「個人消費中心の経済」への転換に失敗した中国経済の成長が、長続きするはずもなかった。
もっとも、'15年10月19日に中国共産党が発表した7〜9月期の経済成長率は、対前年比で6.9%だった。「失笑モノ」という言葉がこれほど似合う国は、世界に類例を見ない。
みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。