コラム:日銀追加緩和見送りでも円安は進むか=山田修輔氏
http://jp.reuters.com/article/2015/10/28/column-shusukeyamada-idJPKCN0SM10P20151028
2015年 10月 28日 19:43 JST
山田修輔バンクオブアメリカ・メリルリンチ チーフ日本FXストラテジスト
[東京 28日] - 30日の日銀政策決定会合は、円相場にとって12月の米連邦公開市場委員会(FOMC)前の「最大のリスクイベント」と言える。4―6月期の国内総生産(GDP)下振れを受けて、筆者は日銀政策を「秋のドル円カタリスト」の1つと位置付けてきた。
その後も景気指標は全体としては下振れており、今回日銀が追加緩和に踏み切るかは依然として微妙な判断になると考えられる。当社エコノミストのメインシナリオは今のところ現状維持だが、日本時間29日発表の鉱工業生産指数の強弱やFOMC、米国GDPの結果によっては、より強い確度で追加緩和の有無を判断できるかもしれない。
<30日会合は日銀コミュニケーション戦略上の重大局面>
筆者は先週、ロンドンを訪問し、20件近い投資家訪問をこなしたが、日銀のコミュニケーション戦略について統一した見解は聞かれず、「黒田日銀総裁の本音」について様々な憶測が飛んでいた。
もちろん、その背景には「ほぼ完全なサプライズ」となった昨年10月の日銀追加緩和という前例がある。「黒田総裁の強気な発言は早期の追加緩和を示唆していない」との意見がある一方で、(インフレ)期待底上げを目指し「日銀はサプライズを恒常的に狙っており、今回も総裁発言をストレートに解釈すべきでない」との意見も根強い。
海外為替投資家の見方は、次の3つに分類できる。まず、追加緩和に踏み切る可能性は低くないとの見方。次に、追加緩和は少なくとも今回はないという見方。そして、「はっきりいって分からない」というものだ。一方、日銀の政策オプション欠如や緩和の副作用についてより敏感な国内投資家の間では、現状維持シナリオが圧倒的に支持されている模様だ。
夏場から指標が明確に下振れる一方で黒田総裁が早期追加緩和を直接示唆しない中でもドル円が「意外と底堅い」理由は、日銀のコミュニケーション戦略の不透明さが政策プットの威力を支えてきた構図が背景にあるのではないか。とはいえ、そうした不透明さには賞味期限がある。30日の政策決定会合は、日銀のコミュニケーション戦略を理解する上でも重要である。
<追加緩和は為替市場にとってサプライズだが欺きとはならない>
分かりにくい日銀のコミュニケーション戦略ではあるが、例えば9月28日の黒田総裁の講演からは、次のパターンが確認される。
まず、景気・物価に対する評価はポジティブ。だが、短期的、局所的な弱さは認めている。そして、その上で、なぜ見通しが引き続き楽観的であるかを説明している。ただ一方で、必要ならば(楽観の前提が覆れば)躊躇(ちゅうちょ)なく緩和を遂行する姿勢も引き続き強調している。
昨年10月との違いを明確に示していた今年の春先と違い、今回日銀が追加緩和に踏み切っても、為替市場にとって「サプライズにはなるが欺きにはならない」程度の地ならしはできていると言える。経済面から今回は微妙な判断であるが、日銀のコミュニケーションからも追加緩和が少なくともオプションとして検討されている可能性が読み取れる。
<ECBと人民銀の動きはドル円をサポート、日銀への緩和圧力を軽減>
ドル円は、先週22日の欧州中央銀行(ECB)理事会で示された追加緩和姿勢と23日の中国人民銀行による追加緩和を受けて、にわかに上昇した。
ユーロは日本の実効為替レート構成において15%にも満たないため、日銀への直接的な圧力は軽微と思われるが、ECBがハト派に出て中国も利下げしたことで、リスクセンチメント改善に作用した面は大きいだろう。
一方、「政策協調」の観点から日銀の追加緩和観測が漸進的に高まった可能性も指摘された。だが、今月23日の本田悦朗内閣官房参与の「今すぐ追加金融緩和をする必要はない」との報道に際し、ドル円はいったん下落したがその後反発した。この相場反応を見ると、ドル円上昇は日銀緩和期待よりリスクセンチメントの改善による部分が勝っていたと思われる。
したがって、ドル円上昇につながったドラギ総裁のハト派的記者会見と中国の利下げは、相場のリスクセンチメントを改善した点で、日銀から緩和圧力を漸進的に後退させたと考えたい。
<注目は会合前日公表の鉱工業生産と相場動向>
ところで今週の米国7―9月期GDPやFOMCも、もちろん日銀政策に影響し得るイベントであるが、国内的には会合前日に発表される9月鉱工業生産指数に注目が集まる。生産が下振れ、7―9月期成長率に対するダウンサイドリスクが高まった場合、日銀が追加緩和を検討する可能性は高まる。
また、先月時の生産予測調査で10月が非常に強く出ていたことが生産回復に期待を残したが、機械受注が下振れる中、生産回復シナリオに大幅修正がないか注目される。
加えて、相場動向自体も引き続き注目点となろう。相場のストレスがやや後退したことで、ドル円、日本株ともに「黒田プット」の水準からは余裕がある。しかし、日銀の追加緩和観測が潜在的に相場を支えている部分もあり、今回は成長、物価見通しの下方修正と物価安定目標達成時期の予想修正が見込まれる。
よって、日銀が政策を据え置いた場合、2%の物価安定目標を早期に達成するという日銀の本気度が問われるリスク(=円高)は今回会合については低くない。ただ、鉱工業生産が大きく下振れなければ、「必要ならば躊躇なく政策調整を行う」と強調することにより、為替市場の期待はある程度残るだろう。
しかし、鉱工業生産が大幅に下振れた場合、言葉のみで期待を完全につなぎとめるのは難しくなる可能性があり、必要ならば躊躇なく政策調整を行うとしてきた日銀の信認が傷つき、ドル円相場の黒田プットが緩むリスクが高まろう。
足元、日本株が多少回復基調であるが、投資家の中からはむしろ日本株が上げ相場にある中での追加緩和のほうが相場水準底上げと日銀の信認強化の側面からは望ましいとの声も聞かれた。
<追加緩和なら年内1ドル=125円超へオーバーシュートも>
筆者はドル円を考える上で常々、日銀の物価安定目標達成への本気度を意識している。そして、米国の指標下振れに対して市場の米利上げ期待が明確に後退する中でもこれまで年末予想を1ドル=125円に据え置いてきた。日本の指標下振れの中、日銀が見通しを下方修正し物価安定目標の達成時期を先送りして政策を据え置けば、年末の為替見通しに対し下振れリスクが発生する。
また、木曜発表の鉱工業生産が極端に下振れた中で現状維持となれば、さすがに政策プットの威力が弱まり円高局面で円強気派が買い進みやすくなるだろう。しかし、生産が下振れず、今夜のFOMCと明日の米国GDP発表がドルを支える結果に終われば、現状維持の場合でも、総裁(日銀)が必要ならば躊躇なく緩和する姿勢を強調することによりドル円への影響は軽微だろう。
一方、追加緩和となれば、1)日米マネタリーベース比率の拡大、2)日米長期金利スプレッドの拡大、3)相関の強い日本株上昇、4)シグナル効果、によりドル円は上昇トレンドを明確に回復し、年末を待たずに1ドル=125円を達成する公算が大きくなる。ポジションの欠如を考慮するとオーバーシュートの可能性は高い。
ただし、米国の利上げに不確実性が付きまとい、中国を中心とする外部環境が安定化しない中、緩和効果の持続性には不安が残り、今回日銀が緩和を控える一因ともなろう。
*山田修輔氏はバンクオブアメリカ・メリルリンチのチーフ日本FXストラテジスト。PIMCOをはじめとして米国の金融機関でマクロ経済、市場分析に従事し、2013年より現職。2005年マサチューセッツ工科大学(MIT)学士課程卒、2008年スタンフォード大学修士課程卒。CFA協会認定証券アナリスト。石川県小松市出身。