※日経新聞連載
乱戦 豚肉市場
(上)外国勢、日本で攻防
価格・品質でシェア競う
日本の豚肉市場を巡る国内外の生産者のせめぎ合いが激しくなってきた。環太平洋経済連携協定(TPP)の先行きが不透明な中、メキシコやカナダ、米国は外食店やスーパーを舞台に市場開拓を競う。外国勢の台頭に危機感を強める日本の産地も巻き返しに動く。
豚肉の対日輸出シェア5位のメキシコが身構える。「TPPが導入されたら安穏としていられない」。こう語るのはメキシカンポーク輸出業者協会の林田淳子プロモーション・コーディネーター。メキシコ産は「加工して付加価値をつけないと」(林田氏)との危機意識から、肉の下処理でスーパーや外食店からの細かい要望に応じてきた。
下処理で差別化
関東でスーパーを展開するあまいけ(東京都東久留米市)は「現地で湯通しして皮をむいてくれるので見た目がきれい」と、今年から外国産豚肉を全てメキシコ産にした。
「とんかつ新宿さぼてん」を運営するグリーンハウスフーズ(東京・新宿)も「1ミリ単位の厚さ要求にも応えてくれる」とメキシコ産を評価する。全国418店で扱う豚肉のほとんどがメキシコ産だ。
日本とメキシコの経済連携協定(EPA)は2005年に発効し、日本はメキシコ産の豚肉を優遇。高価格帯にかかる関税は通常4.3%のところ、一定量まで約半分の2.2%で輸入できる。
14年までの10年間はEPA効果もあり、メキシコ産の豚肉輸入は約2倍の年間6.3万トンに拡大していた。ところが、豚肉輸出でライバルの米国やカナダも参加するTPPがまとまればメキシコの優位性が薄れる。10年程度で日本による高価格帯の豚肉関税はゼロになる可能性があるからだ。
あらゆる場を活用してメキシコ産豚肉の知名度向上に取り組む。7月28日にはメキシカンポーク輸出業者協会が協賛し、神宮球場のプロ野球ヤクルト対広島戦で「メキシカンポークナイター」を開催した。キャラクター「メキーポ」も来場して観客にメキシコ産豚肉をPRした。
豚肉は国内消費の4割強を外国産が占める。貿易自由化による畜産農家への影響が大きいといわれるが、実は戦々恐々としているのは日本の農家だけではない。日本への輸出国同士の争いも厳しくなるからだ。
対日輸出シェア首位の米国産豚肉は14年が27万トンと群を抜く。ただ、13年と比べると豚の病害や西海岸の港湾ストの影響で輸入量は3%減った。
米国食肉輸出連合会はイメージアップ戦略として、「ごちポくん」という豚の「ゆるキャラ」も活用。11月下旬から東京の地下鉄・表参道駅で大々的に宣伝する。「穀物肥育の米国産は味で負けず、今後は再び輸出を拡大する」(米国豚肉委員会のクリス・ホッジズ最高経営責任者)と意気込む。
とんかつ主戦場
追いかけるのは2位のカナダだ。米国産と比べると卸価格はロース肉で2〜5%ほど高いが、「歩留まりの良さでカバーできる」(カナダポーク・インターナショナルの野村昇司日本マーケティングディレクター)。同じ大きさの豚肉でも他国産より廃棄する部分が少なく、外食やスーパーにとって全体のコスト削減につながると売り込む。
とんかつ「まい泉」を展開する井筒まい泉(東京・渋谷)は米国産とカナダ産それぞれの豚肉を使う。米国産とカナダ産の主戦場の一つとなっている。「今後も仕入れ先の国は変える可能性がある」(同社)という。各国の品質と価格の競争は激化しそうだ。
[日経新聞9月17日朝刊P.20]
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------
(中) 巻き返し図る国内勢 数値分析、ブランド化
日本の豚肉の自給率は51%。前年度比3ポイント低くなった。農林水産省が8月に2014年度の食料自給率を発表すると、畜産業界には衝撃が走った。過去2番目の低水準でエサまで考慮した自給率だと7%しかない。環太平洋経済連携協定(TPP)以前の問題として、国産豚の弱体化が浮き彫りとなった。巻き返しへのカギは、科学的データに基づくブランド化だ。
飼料で味改良
「脂がとろけるみたい」――。千葉県香取市の「恋する豚研究所」には社内レストランで提供する豚のしゃぶしゃぶ定食(1080円)を求めて客の行列ができる。設立3年で高島屋や高級スーパーのクイーンズ伊勢丹にも取り扱いが広がった。ほのかな甘みを感じさせる肉の秘密は、自社開発の飼料にある。
使われていない国産食材の活用を出光興産グループと研究してきた。コンビニで売る食パンは大量の切りくずが出るほか、総菜も利用されない部分が多い。「業者がおでんの残りばかりくれた時には面くらった」(在田正則会長)というが、劣化の原因となる水分を逆手に取り、発酵に使うことにした。こうじ菌や酵母の改良を重ね、安定調達できる体制を整えた。
日本の養豚はエサのほとんどを海外に頼る。生産費は円安の影響を受けやすい。14年度の国内の平均的な飼料費は豚1頭あたり前年度比3%高の2万2500円と高止まりしている。「恋する豚」は固定価格でリサイクル原料を買い取り、浮いた費用は設備投資に回せる。
コストのみで勝負するわけではない。日本の平均的な飼育費は1頭3万5千円を超え米国の2倍近い。広大な土地を使える海外と比べ「日本は農場が都市に近いので排せつ処理など環境対応も費用がかかる」(日本養豚協会の志沢勝会長)。
「恋する豚」が目指すのは独自飼料による味の追求だ。日本食品衛生協会に調べてもらうと、オリーブ油にも含まれる不飽和脂肪酸がロース肉100グラムあたり56%あった。他のブランド豚より3〜6%高く、脂肪が舌の上でとけやすい。
「幻の豚」を研究
富士農場サービス(静岡県富士宮市)の桑原康代表理事も「外国産と比べてどう違うか数値の分析が必要」と語る。同社は全国の養豚場や政府系機関にも種豚や豚の精子を供給し、各地のブランド豚のもとになっている。いま取り組むのは中国原産の「幻の豚」と呼ばれる、満州豚の飼育だ。
一般的なランドレース種と比べて満州豚は、うまみ成分のグルタミン酸とアスパラギン酸が1.2倍ある。熟成期間は30日までだとこの成分が増加し、それ以上やると減少していくことも分かった。バークシャーやヨークシャーなど各種の豚と交配し、消費者が求める肉質の研究を続ける。
政府による13年の試算で、豚肉の関税を撤廃したら「7割が外国産に置き換わって約4600億円の生産が減少する」と見込む。前提は「ブランド豚のみ残る」という極端なものだが、おいしい肉でないと消費者が選ばないのも確かだ。価格が高くても付加価値を認められるよう、国内生産者に工夫が求められている。
[日経新聞9月18日朝刊P.21]
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------
(下)日米関係者に聞く
日本が豚肉をどう確保するかをめぐり、貿易の拡大と国産強化とで揺れている。豚肉は最も食べられている肉だが、国内では養豚のコストが海外の数倍かかり、後継者が足りない。一方、輸入に頼るには安定調達できるかが問われる。日米の業界代表に論点を聞いた。
食料安保には国産強化を 日本養豚協会会長 志沢勝氏
――日本の養豚は岐路に立っています。
「食料自給率が39%しかない国で、食料の安全保障は急務だ。日本で豚肉は最大の動物たんぱく源で、マグロも規制されるなかで重要となる。世界で貿易可能な豚肉の2割を日本が輸入しているが、国際需給は新興国の発展で引き締まる。輸入拡大には限度があり、国産を大事にしてほしい。自給率60%はないと不測の事態に対処できない」
――国産の競争力をどうみますか。
「養豚の総コストは米国の3倍ほどかかり、エサの価格差が大きい。米国はアイオワなど穀倉地帯で大量生産したトウモロコシを相場が高ければそのまま売り、安ければ豚に与える柔軟な経営ができる。飼料を輸入に頼る日本は相場高騰や為替リスクもある」
「対策としてふすま(小麦の副産物)やビールかすなど、国内で未利用の食材を飼料にする『エコフィード』を進める。瑞穂(みずほ)の国として稲も利用すべきだ。政府は今後10年で100万トン強の飼料米を作る計画がある。養豚ですべて引き受ければ、年間500万トン必要なトウモロコシの2割を代替できる」
――ブランド力はどう高めますか。
「消費者に安心してもらうため、昨年から5ケタのコードを各養豚場に付け、豚肉の生産履歴がわかる取り組みを始めた。北米で主流である筋肉増強剤を使っていないことも長所だ。13年に開校した養豚大学校では年間約40人の後継者を育てる」
関税引き下げ、段階的に 全米豚肉委員会最高経営責任者 クリス・ホッジズ氏
――米国の豚肉は日本の輸入シェア首位ですが、やや量が減りました。
「2014年はPED(豚流行性下痢)や西海岸の港湾ストがあった。さらに欧州連合(EU)がロシアへの輸出を停止し、余った豚肉が日本に流れたのも影響した。ただ、PEDは終息して業界の防疫体制はむしろ強くなった。穀倉地帯では十分な雨量があり、エサのトウモロコシの生産と価格は落ち着いている。15年の米国の豚肉生産は過去最大となる見込みで、高騰した価格も落ち着いた。今後は世界に年間9%の輸出増をめざし、日本向けもその一環となる」
――日本の養豚業界は環太平洋経済連携協定(TPP)の影響を気にしています。
「我々も関税を急に引き下げるべきではないと思う。日本の生産者が競争力をつける時間を確保できるよう、段階的な引き下げでないとフェアではない。ただ、日本には黒豚のようにブランド力を築いてきた生産者もいる。これまでの保護主義的な農政を超え、牛肉や豚肉を積極的に輸出しようとする動きもある。遺伝子工学など新たな知見をつかってイノベーションに取り組む人もおり、日本の豚肉産業は必ず存続するだろう」
「さらに重要なのは消費者の選択肢をふやすことだ。もしTPPが発効して米国産豚肉の流通価格が下がれば、家計には食料費の節約になる。味と品質も向上しており、お薦めできる」
小太刀久雄が担当しました。
[日経新聞9月19日朝刊P.19]