シェル、のしかかる誤算 原油安長引き追加リストラ
再編承認・市場動向、中国が行方左右
欧州の石油・ガス最大手、英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルに原油安の誤算が重くのしかかっている。4月に約470億ポンド(約8兆7千億円)で英同業のBGグループを買収すると発表したが、長引く原油安で追加リストラを迫られた。BG買収によって液化天然ガス(LNG)市場で高まる支配力への世界の警戒感も強い。当面は生産・消費の両面で存在感を高める中国の出方がシェルの今後を左右する。
「原油安が長引いており、体質を素早くスリム化する」。7月末、全世界で約7%にあたる6500人の人員削減を発表したシェルのベン・ファン・ブールデン最高経営責任者(CEO)。5カ月前に大再編時代の号砲を再び鳴らした高揚感は今はない。
BG買収の最大の狙いは参入者の少ないLNGに経営資源を注ぎ込み、安定収益を得ること。買収が成立すれば、世界のLNG取引量シェアは約2割まで高められる。中東産油国の増産攻勢で悪化する原油市況に振り回されるリスクも減る。
だが、その買収が完了する前に想定以上に長引く原油安に翻弄されている。ファン・ブールデン氏がCEO就任当初に決めた2014〜15年の150億ドル(約1兆8150億円)の資産売却計画を前倒しで達成。売却総額は200億ドルに上積みした。日本では昭和シェル石油株を出光興産に1690億円で売ることも決めた。15年の投資計画も300億ドルと、前年実績から70億ドル圧縮する。
豪も「支配」懸念
逆風の時ほど素早く動く――。欧米流の交渉が通じない中東産油国や政情不安の国とも付き合ってきたシェル。浮き沈みの激しい業界で強大な力を保てるのも自らの判断でメリハリの利いた投資戦略を練れるから。今回の原油安の局面でもリストラの一方で、7月には米メキシコ湾の水深1千メートル以上の大水深での鉱区開発に乗り出すことを決めた。
それでも今回ばかりは自社でコントロールしきれない。買収には各国当局の承認が必要になるからだ。16年初めに予定する買収完了に向け、9月までに米国、ブラジル、欧州連合(EU)で当局の承認を取り付けた。一見、順風に見えるが、難敵が待ち受ける。オーストラリアと中国だ。
20年までにカタールを抜いて世界最大のLNG生産国になる見込みのオーストラリア。LNGの主要生産国として相場形成に発言権を増したいところだが、シェルがBGの持つ権益を通じて支配権を強めるとの懸念が浮上。当局の認可判断に影響が出かねない。
中国の出方も読み切れない。世界を代表する資源企業を作るのは中国政府の悲願。習近平指導部は「反腐敗運動」の下、強大な利権を持つ「石油閥」を揺さぶるが、海外資源権益を買いあさっていた数年前なら中国勢がBG買収に動いてもおかしくなかった。
LNG市場でのシェルの力が増し、価格を牛耳ることへの警戒感も強い。「中国は日本以上にLNG価格に敏感だ」と在欧の商社幹部は解説する。中国が買収を承認する代わりに資産売却などを求める可能性も指摘される。
認可得ても一難
豪州と中国の承認の山場は9月後半ごろとされるが、仮に認可を得たとしても、もう一つの“中国要因”がシェルが描く成長シナリオに影を落とす。景気減速によるエネルギー内需の鈍化だ。4月のBG買収発表時の北海ブレントは1バレル50ドル台半ば。5月に60ドル台半ばまで回復したが、その後は中国の需要鈍化やイランの増産の観測から50ドルを割り込む。これではシェルが描くLNGシフトでも収益も見込めない。
発電用燃料ではLNGのライバルである石炭が粘り腰を見せる。もともと経済性で有利な石炭は中国の需要減で世界的に価格下落が激しい。「二酸化炭素(CO2)排出量の少ないガスへのシフトが進む」(ファン・ブールデンCEO)とのシナリオ自体、足元では揺らぐ。
BG買収発表時には「業界再編の号砲」と欧米メディアも報じたが今のところメジャーが追随する動きはない。各社はこの数カ月で激変した事業環境を見据え、成長シナリオ自体を書き直している段階のようだ。先に大勝負に出たシェル。難路はしばらく続きそうだ。
(フランクフルト=加藤貴行)
[日経新聞9月15日朝刊P.8]