衆議院平和安全法制特別委員会で、野党議員の質疑に答えるために挙手する自民党の安倍晋三首相(2015年7月15日撮影、資料写真)。(c)AFP/Yoshikazu TSUNO〔AFPBB News〕
ふらつく安倍政権を見て余裕が出てきた中国 安保関連法案に想定外の逆風
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2015.8.18 柯 隆 JBpress
最近、日本人は本当に面倒くさい民族だなと感じている。先週は毎日のように、戦後70年談話にどういう文言が盛り込まれるかという話題ばかりだった。おまけに、中国と韓国がそれに対してどう抗議してくるのか、という憶測まであった。
そもそも、なぜ新たな談話を作る必要があったのだろうか。日本政府は村山談話のほかに河野談話や小泉談話も発表している。安倍首相は「未来志向」という言葉が好きなようだが、このタイミングで70年談話を作る必要性は一体どこにあったのだろうか。
東アジアの不幸は、まさに未来志向になれないところにある。だが、安倍首相はこれまでの政府談話では満足できなかったようだ。だとすれば、安倍首相は「村山談話を踏襲する」と言うのではなく、「村山談話を踏襲せず、新たな安倍談話を作る」と明言すべきであった。
安倍政権の政治についてコメントすれば、脱デフレを目指したアベノミクスについてはそれなりの評価をしてもいい。しかし、70年談話を発表する意図は結局不明瞭だし、安保関連法案については、正直言って姑息で中途半端と言わざるを得ない。
筆者の専門ではないが、素人の立場から見ても、憲法を改正せず解釈を変えるだけで集団的自衛権を認めようとするやり方には無理がある。それは、中国や北朝鮮が日本に脅威を与えているかどうかとは別問題である。
■米国のアジア戦略のキーパーソンは日本の首相ではない
安倍首相は中国に対して「戦略的互恵関係の構築」をメッセージとして送り続けてきた。しかし、安倍政権が対中外交を戦略的に練り上げているとは思えない。
安倍首相が本当に展開したいのは、1期目に提起した「価値観外交」(民主主義や人権尊重といった価値観の共有を基盤とする外交)ではなかろうか。しかし、東アジアでは価値観外交は成功しない。韓国や東南アジアの小国は、価値観よりも経済的な実利を重視する。そのため中国に妥協するので、東アジアは割れてしまうのだ。
安倍政権は東アジアで価値観外交を推進できないので、TPPの締結にその希望を託そうとしている。TPPは国際貿易を自由化するという枠組みとしてだけでなく、中国に対抗する連合の役割としても期待されている。
しかし、これは無謀な挑戦と言わざるをえない。日本にとってもアメリカにとっても、中国は最も重要な貿易相手国である。仮に中国を封じ込めることができたとしても、日米は大きな損失を被ることになるだろう。何よりもTPPは簡単に締結できない。参加する国や地域はそれぞれが自国の国益を最優先に考えているからである。
戦後70年目に改めて東アジア情勢を鳥瞰すれば、その複雑性は一目瞭然であるが、問題は日本の立ち位置がはっきりしないことである。
永田町では、小泉内閣時代からアメリカに寄り添っていれば日本の安全が担保される、という考えが主流になっている。日本を安心させるために、オバマ政権のヒラリー・クリントン国務長官(当時)はアジア回帰の意向を示唆した。
アメリカとしては、当然のことながらアジアでの影響力を誇示していきたいに決まっている。しかし、アメリカにそんな余力があるのだろうか。
そして日本にとって問題なのは、今やアメリカのアジア戦略のキーパーソンが日本の首相ではなく、中国の国家主席に代わってしまっているということだ。
■余裕が出てきた中国の対日外交
中国政府が安倍政権を注視するのは、アベノミクスをはじめとする経済政策よりも、むしろその保守性にある。中国の日本専門家は安倍一族を徹底分析し、それに関する専門書がいくつも出版されている。
アベノミクスは一定の成果を出したが、安保関連法案が俎上に載ったところから、安倍政権はふらつき始めた。安倍首相の初心はぶれていないのだろうが、その論理の構成と展開は大混乱している。
安保関連法案の必要性を説明する安倍首相の答弁を聞くと、いつも失笑させられるところがある。「米軍が敵国に攻撃された場合、同盟国としての日本は米軍を守らなければならない」と言うのだ。世界最強の米軍が日本の自衛隊に守ってもらわなければならない事態が、本当にあるのだろうか。
中国政府は70年談話がどんな内容になろうと、すべて織り込み済みだったはずだ。安保関連法案でふらついている安倍政権を見て、中国の対日外交には余裕が出てきた。
それを誤解しているのは安倍政権だけだ。7月の谷内局長の訪中では中国に厚遇されたので、「対中外交の勝利」と受け止められている。だが実際は、安倍政権の対中外交が中国にとってコントロール可能な範囲にあるから、中国側に余裕と安堵感が出てきたのだ。
■失速してしまいかねない安倍政権
安倍首相は歴史にどのような功績を残せるのだろうか。安保関連法案は最終的に採択されるだろうが、その合憲性に関する裁判はこれから多発すると予測される。なによりも、多岐にわたる問題に力を分散しすぎているため、アベノミクスの成長戦略も腰折れする可能性がある。内政が安定しなければ、強い外交はあり得ない。
安倍政権が誕生してから、日本では言論統制が強まっていると言われている。むろん、中国のような力による統制は行わない。日本の場合は、政権を批判しにくい空気を作り出している。
ここまでは想定内のことだろうが、首相補佐官など安倍首相に近い人物たちは問題発言を連発している。ここに来て、安倍首相は任期を全うできるかどうかも不透明になってきた。さまざまな政策に意欲的に取り組んでいるが、このままでは失速してしまいかねない。
最後に、日本にとって中国が脅威であるとすれば、力による対処法はもはや効果がない。この先、重要なのは、TPPのような枠組みで対処するのではなく、グローバルのルールに則って行動してもらうように中国を取り込むべきであろう。