「お金の問題」で後悔しないために、運用以外で大切なこと
http://diamond.jp/articles/-/76130
2015年8月5日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員] ダイヤモンド・オンライン
■“お金に強くなる”ために重要なのは「運用」だけではない
8月8日、15日の合併号となった『週刊ダイヤモンド』は、「親・子・孫3世代のお金の話」と題する、夏休みに向けた、お金の話の大特集を組んだ。
http://diamond.jp/articles/-/75908
「相続・贈与」「教育」「不動産」「家計」「保険」「年金」「投資」「お金のコミュニケーション」「旅行」など多くのテーマを取り扱い100ページを超える力の入った特集だ。孫(現役の読者世代の「子」)に読ませることも意識したものか、漫画を豊富に取り入れた誌面構成で、いつもの「週刊ダイヤモンド」とは雰囲気が違っていて面白い。
筆者は、生活設計塾クルーの深田晶恵取締役と「家計と投資の実情は? 大金手にした初心者の落とし穴」と題する対談(p106〜108)に登場させてもらった。
ある有名な大手上場企業(高給である)の50代の社員のうち、自分の家計が1ヵ月でいくら使っているのか把握しているのは100人のうち7〜8人に過ぎないといった話(深田さん)をはじめとして、「40代で年収1000万円超の人たちというのは、ある種のゆでガエル状態にある」(山崎)と、主に40代、50代の方々に注意を呼び掛ける内容の対談だ。
対談者としては是非、本を手に取って全文を読んでほしいのだが、「退職金が振り込まれた銀行では、絶対にお金の運用をするまい!」と心から納得していただけたら、この対談は成功だ。
さて、決して週刊ダイヤモンドのマネー大特集と同時期を狙った訳ではないのだが、同じ目的を目指した拙著「お金に強くなる!」(ディスカヴァー・トゥエンティワン、7月30日発売)が先週後半に発売された。書店の外にセブン-イレブン(今や巨大書店チェーンである)でも販売されることと、筆者としては初めての図解本であることもあり、いつもの本にも増して分かりやすい(いつもの本が分かりにくい、とは決して思っていないのだが)ものとすることを目指してみた。
この図解本は、全て見開き2ページ単位で48のトピックを扱っている(1トピックを2分眺めると、96分でお金に強くなる!という予定だ)。率直に言って、筆者はお金の運用が専門なので、トピックは運用に関わるものが多い。しかし、もちろんお金について大切なのは運用ばかりではない(誤解しやすく、騙されやすいのは、運用が圧倒的だが)。今回は、筆者なりに、運用以外のトピックにも力を入れてみた。運用以外のトピックは、目次を見て数えてみると、17個ある。全48トピックの3分の1強だ。
今回は、あえて、「運用以外で」お金について重要だと筆者が思うテーマを、新刊拙著からかいつまんでご紹介したい。週刊ダイヤモンドの3世代向けマネー特集と合わせて読んでいただけると嬉しい。
■最も大事なのは働き・稼ぐ方法だ 自分自身の「人材価値」をつくれ
お金の問題、もう少し広く、人生を経済的に豊かに暮らす上で最も重要なのは、いかに働き、いかに稼ぐか、さらに稼ぐための能力や機会をいかに手に入れるかだ。
例えば、多くの人が老後に不安を覚え、「老後難民になるぞ」と脅されて、妙な経済行動に走ってしまうのは、老後には稼ぐことができないからだ。
拙著はキャリアプランニングを説くことを主目的とする本ではないが、まず、会社や官庁などの所属する組織ではなく、自分自身の「人材価値」を頼りにすべきだと主張した。そして、その人材価値をつくり、さらに活かすには、いずれも「時間」が必要なので、職業的人生計画、つまりキャリアプランニングを持つことが重要なのだと強調した。
キャリアプランニングにあたって典型的に重要なのは、「28歳」、「35歳」、「45歳」の3つの期限の目処となる年齢だ。28歳は自分が時間と努力を投資すべき分野を決める「職業選択の期限」、35歳はこの頃までに自分の職業的スキルを仕事の実績で表現して「人材価値を確立する期限」、45歳は職業的な第二の人生について具体的に考え始めるべき「セカンド・キャリアプランニングを考え始めなければならない期限」である。
相続税を逃れるために海外にいて人生の暇を潰すことが最大の経済価値を生むような超富豪の子弟を除くなら、ほとんどの人にとって、どう働いて、どう稼ぐかが、最も重要な経済的意思決定だ。
もちろん、人材価値の範囲は広い。狭い意味の能力だけが源泉なのではなく、人に好かれる愛嬌とか、誰と深い知り合いであるかといったその人が持っている人脈も人材価値のもとになる。
■お金の貯め方・使い方 「返済に勝る運用なし!」
さて、読者が、首尾よく稼ぐ能力を持ち人材価値を獲得したとしよう。おそらく、その次に大切なのは、お金を貯める力(主に習慣)であり、これは裏を返すと上手なお金の使い方を身に付けているかということになる。
筆者は、この問題の重要性を(痛いほど)理解しているつもりなのだが、残念ながら自分自身がこの分野で明らかな劣等生だ(アリではなく、キリギリスなのだ)。
この分野で筆者が言えることは(節約の専門家ではないので)少ないが、生活の収支を合わせることの重要性と共に、借金の不利については、大いに強調したい。
カードのリボ払いの残高に掛かる金利をはじめとして、庶民がつい踏み込んでしまうかもしれない借金の利率は15%が珍しくない。一方、リスクを取って100%株式で運用したとしても、妥当な期待リターンは、普通の機関投資家の運用計画を見るならば5%〜6%程度の利回りである。
また、利率の低い住宅ローンも含めて、ローンの金利は、リスク無しの運用利回りとしてはあり得ないくらいの高さだ。ここで、「返済に勝る運用なし!」という格言(私が勝手に作ったのだが)を是非覚えてほしい。金融論的に、借金の返済に勝る運用が無いということは、借金をしている状態がそれだけ不利なのだということだ。
それでは、収支を合わせて、借金をせず、願わくは投資の原資にもなる貯蓄をするにはどうしたらいいのか。
筆者が提案できるのは、貯蓄はあらかじめ額を決めて「天引き」で行うことと、収入・支出のバランスを可視化するために現金払いを原則とすべし(毎月の予定生活費を2回に分けてATMで降ろすといい)ということくらいだ。
あとは、大いに稼げ! しっかり貯めろ! 離婚はするな! というくらいしか言えることがない。
■家は買うべきか買わざるべきか 保険とはどう関わるべきか
特に日本にあっては、経済生活に対する住居費の影響が大きい。持ち家がいいか、賃貸住まいがいいか、という論争が延々続いていることは、読者もご存じの通りだ。
住居については、重要だと思うことが4つある。
(1)家を買うか買わないかは値段次第であり、自宅であっても、その判断方法は投資と同じだ。自宅を持つことは、自分を店子とする賃貸住宅への投資と同じだ。
(2)住宅ローンを用いて家を買うことは、現金での購入と比べて、銀行の儲け分だけ追加的に損をしている。
(3)毎日の時間コスト(年収1000万の人の換算時給は5000円だ)を考えると、家の立地は重要だ。郊外の持ち家は、バリバリ働いているビジネスパーソンにとってペイしないことが多い。
(4)家族の事情の変化(家族構成の変化、子どもの学校を変えたくなった場合など)に伴う引っ越しの容易さのメリットは計算に入れておく方がいい。
ここで、これ以上、持ち家・賃貸論争を展開しようとは思わないが、住居に関しても、あくまでも経済的な判断を冷静に行うことの重要性を強調したい。
住居に次いで、保険との関わりが重要だ。
独身の新入社員に生命保険はいらない。健康保険に加入している全ての人にとって、がん保険をはじめとする民間の医療保険はいらない(健康保険に「高額療養費制度」があり、民間の保険料がボッタクリ・プライスだから)。生命保険が必要なのは、貧乏な夫婦に子どもが生まれた時の、有期(10年かせいぜい20年)の掛け捨ての死亡保障の保険だけだ、というあたりが主な内容になる。
■公的年金は破綻しない ただし大幅減額に備えるべし
保険に似たものとして、大方の関心があるのは、年金、特に公的年金の行く末だろう。巷間、公的年金は破綻するという言説が少なくないが、本当なのか。
拙著で筆者が述べた結論は、公的年金は、良くて今の2割減、悪いとざっと3、4割減くらいまで減るが、企業の倒産のようにポッキリと無くなる種類のものではないということだ。
年金は、それだけで十分頼りになるものではないが、少しは計算に入れてもよいということである。
ただし、それだけでは足りないだろうから自ら将来に備えよというのは、NISA(少額投資非課税制度)や確定拠出年金の拡充からも伝わってくる政府のメッセージなので、これには真に受けて取り組むほうがいい。
■損をせずに、爽やかにお金と付き合おう
お金の問題は、騙されたり、間違えたりすると、意思決定レベルで(結果論ではなく)いくら失敗してどれくらいバカだったのかが数量化できる世界だ。この世界は、合理的な意思決定ができないと「悔しい!」のが大きな特徴だ。
経済的に正しい意思決定をする上で、頻繁に盲点となりやすいのが、「機会費用」の入れ忘れと、「サンクコスト(埋没費用)」の抜き忘れだ。
知的レベルの高いダイヤモンド・オンラインの読者に、機会費用やサンクコストについてあえて語ることは失礼だと思うので、ここでは説明しないが、拙著ではこれらの概念とその重要性もそれぞれトピックを立てて説明した。
全ては、それ自体が「目的」なのではなく、合理的・効率的に使われるべき「手段」であるお金と爽やかに付き合うためだ。筆者にとっては、健康人が日常は空気について意識しないように、「吸った息を吐くように」お金と関わる人生が理想である。