キーエンス本社ビル(「Wikipedia」より)
平均年収1440万…あの超高収益企業の謎 異次元の合理主義経営、非常識な営業
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150530-00010002-bjournal-bus_all
Business Journal 5月30日(土)6時1分配信
自動制御機器、計測機器などの開発・製造を行うキーエンスが5月7日に発表した2015年3月期連結決算は、売上高が前期比26.0%増の3340億円、営業利益が同34.5%増の1757億円、純利益が同40.9%増の1211億円だった。これだけなら、なんの変哲もない高収益企業の好業績決算にすぎないが、株式市場で注目されたのが、後に触れる52.6%という売上高営業利益率の高さだった。
ファクトリー・オートメーション(FA/工場の生産工程自動化)業界担当の証券アナリストは、「先進国でも新興国でも人件費が高騰している今、どの製造業も開発・生産の省力化が不可避で、それがキーエンスの業績押し上げ要因になっている」と分析する。
FA関連大手メーカーは、いずれも業績好調に沸いているが、中でもキーエンスの業績、特に収益性は突出している。14年度の大手各社の営業利益率を見ると三菱電機が7.3%、オムロンが10.2%、安川電機が7.9%。高収益企業として別格扱いされるファナックが40.8%。これも抜群の収益といえるが、さらに上回っているのがキーエンスの52.6%。売り上げの半分以上が粗利なのだ。株式市場関係者が目の色を変えるのも無理はない。
しかも、キーエンスは市場環境など外的要因で急に営業利益率を伸ばしたわけではない。1987年の大証2部上場以降、ほとんどの期で40%台の営業利益率を叩き出してきた。特に今世紀に入ってからは04年3月期から08年3月期まで5期連続で営業利益率50%超を記録した。その後、リーマンショックの影響で営業利益率は40%台に低下したが、13年3月期は49.3%まで盛り返し、前期は再び50%台に乗ったのだ。
同社は、どうして高収益を持続できるのか。
それは、同社独特の「コンサル営業」にある。FA業界の製品販売は代理店販売が一般的だ。対して同社の場合は、営業社員が顧客の生産現場へ直接乗り込み、職制(工場における管理職)にライン稼働率、不良品発生率などをヒアリングし、顧客の潜在課題を探って開発部門にフィードバックする。開発部門はその情報を元に「世界発、業界初」などの新製品を開発する。それを営業社員が業務改善提案として売り込むという流れだ。
製品単品を売り込むのではなく、業務改善の付加価値を付けることで、同社はコモディティ化(均質化)の激しいFA計測・制御機器という汎用品を扱いながら、価格競争に巻き込まれる事態を巧みに避けている。他社が容易にまねのできないコンサル営業を土台にした事業モデルが、同社の強みとなっているのだ。
●自由闊達な論議を醸し出す合理主義的社風
同社事業モデルの根幹には合理主義がある。それは単なる効率化追求を目的としたものではなく、「社員の知恵や活力を引き出すのが目的」(同社関係者)といわれる。それが社風や日常業務にも表れている。
その一例がエレベータだ。初めて同社を訪れた取引先などの部外者は、エレベータでの社員の振る舞いに一様に驚く。
社内のエレベータに若手社員、管理職、役員、部外者の4者が乗り込む場合、ドア側からこの順で入るのがビジネスマナー。これは同社も同じだ。ところが4者が同じフロアで降りる場合、部外者がいればその部外者を優先して降ろすのはマナー通りだが、その後は若手社員、管理者、役員の順で降りる。
「ドア側にいる者から降りるのが自然の流れ。役員だからといって、奥にいる者が先に降りるなど不合理極まりない」(同社関係者)
この考え方は会議でも同じだ。同社では、会議でも役職による席順にこだわらない。会議室に入った順に奥から座るのが社内ルールとなっている。「仮に社長が最後に来たら、入り口近くの席に座る」(同)という。
同社で重要なのは、問題解決をめぐって社員が自由闊達に議論できる環境であり、役職による上座・下座の席順ではないのだ。
この合理主義は、管理職の肩書廃止にもなって表れている。同社管理職の名刺には、部課長の肩書記載がない。「○○責任者」の記載があるだけなので、部外者から職制の見当が付きにくいと文句を言われるという。社内では「部責任者」が部長職、「グループ責任者」が課長職、「エリア責任者」が係長職の目安になっているという。呼称はもちろん社員、管理職、役員の別を問わず、すべて「さん付け」だ。
管理職の肩書を廃止しているのは、管理職に対して「日常的に肩書で呼んでいると自然に階層意識が生まれ、議論の場ではどうしても『上司の意見尊重』になる。上司も『どうして俺の意見が聞けないのか』と考えがちで、会議で白熱した議論など望めなくなる。したがって当社では、管理職である○○責任者はあくまで組織運営上の1つの役割という位置付けだ。これによって、議論を戦わす場では責任者も一般社員も同等の立場という社風が育まれる」(同)。
●営業社員のコンサル能力を高める仕組み
「社員の知恵や活力を引き出す」ための合理主義追求の裏には、「最小の設備と人員で最大の生産性を上げる」したたかな経営目的もある。
それを具現化したのが、生産面では自社工場を持たないファブレスだ。生産を外部委託することで、自らは経営資源を製品の企画・開発に集中投下できる。営業面では前述のコンサル営業になる。こちらも「必要最小限の人員で最大の売り上げ」思想が貫かれている。
このため、社員数約2000名の半数を占める営業社員に同社が求めるのは、顧客の生産に関する課題の最適解をいかにして提案できるかのコンサル能力といわれる。では、同社はいかなる仕組みで営業社員のコンサル能力を高めているのだろうか。
FA業界の経営コンサルタントは、それを次のように説明する。
「同社のコンサル営業は、営業社員が顧客の製造現場まで入り込み、そこで見聞した情報から(1)『顧客ニーズ探索・翻訳』→(2)『顧客へのソリューション提案』→(3)『顧客への徹底フォロー・提案の実現』のサイクルを繰り返すのが特徴。このサイクルにより、顧客自身が気づいていない潜在的課題の発見、潜在的課題解決による信頼獲得、それによる製造現場の奥深い場所へのアクセスが可能になる」
つまり生産現場の企業秘密に近い情報も握れるわけだ。前出コンサルタントは「このサイクルと、ソリューション提案をするための社内連携を営業社員が主体的に一気通貫で行っているところが、同社営業活動の強みであり、同社の持続的高収益の原動力にもなっている」と指摘する。
この営業力には営業社員への権限委譲、自社製品の熟知、コンサル営業能力の向上、顧客情報・コンサル成功事例共有などが不可欠で、これらを実現する仕組みとして同社はテリトリー制、製品勉強会定期開催、無駄な外出排除、ロールプレイングの4つを営業活動の基本に据えている。
営業所の組織はセンサー、モーター、計測器などの製品群に営業チームが分かれ、各チームメンバーは所属営業所エリア内の複数顧客を一人で担当するテリトリー制になっている。そして当該営業社員は、担当顧客に対するコンサル営業の企画から問題解決のプレゼン、アフターフォローまでのすべてを委ねられている。営業所長やチーム責任者は、助言をしても、活動の指示をすることはない。
製品勉強会は毎週1回開催されるほか、新製品発売前も臨時開催される。それも一方通行の説明ではない。「この説明では顧客に理解してもらえない」など、客先での説明を想定した激しい応酬が、開発部門の社員と営業社員との間で交わされる。製品は問題解決のツールであり、顧客のどんな質問にも答えられるよう、営業社員が製品の使い方を熟知するのは当然というわけだ。
同社は営業社員が「近くまで来ましたので、ちょっと寄りました」といった御用聞き的訪問を禁止している。目的のない訪問は、時間と経費の無駄だからだ。このため、同社営業社員の客先訪問は週平均3回と、一般の営業社員に比べて驚くほど少ない。「靴底をすり減らすのが仕事」といわれる営業社員のイメージとは程遠い。その代わり、営業所内では顧客の潜在的課題の分析、問題解決提案のための社内各部署との連携調整、プレゼン準備などのデスクワークに没頭している。
そしてロールプレイング。同社の場合は「事前ロープレ」と「事後ロープレ」を徹底しているのが特徴だ。コンサル営業をしている会社が、プレゼンの練習に事前ロープレをするのは常識だが、同社ではプレゼンがいかにして成約に結び付いたかを再現する事後ロープレも重視している。チームメンバー全員がそれで追体験し、コンサル成功事例を共有するためだ。
●モーレツ仕事に報いる高年収
前出コンサルタントは「キーエンスのような汎用品メーカーで、しかもBtoB(企業向け)の生産財を供給しているメーカーは、付加価値創出が困難で、製品やサービスでの差別化が絶望的に近い。同社は、このハードルをコンサル営業で乗り越えた稀有な例」と評価している。
同社営業職の場合、入社3年未満の離職率が高く、「野村證券の猛者も真っ青になるモーレツぶり」と、メディアなどの批判にさらされることも少なくない。しかし、3年間苦難を耐えた社員はモチベーションが高く、それ以降の離職率が同業他社より低いのも事実だ。
また、仕事のモーレツさに対して同社は、高給で報いているといえる。14年11月1日付東洋経済オンライン記事『最新版!「生涯給料」トップ500社』によると、同社はトップとなる生涯給料6億1561万円、平均年収1440万円、平均年齢34.8歳となっている。
その意味で、同社はメーカーの王道を淡々と歩み、合理性の追求で高収益事業モデルを磨いてきたといえよう。
福井晋/フリーライター