7年10カ月ぶりに円安水準になったドル円市場(REUTERS/AFLO)
7年10カ月ぶりの円安水準 日米はどこまで許容することが可能か? 行き過ぎた円安でコスト増に苦しむ中小企業と、伸びない個人消費
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150529-00010003-wedge-bus_all
Wedge 5月29日(金)12時11分配信
為替市場でドル高への動きが鮮明になってきた。ドル円は7年10カ月ぶりの高値を更新して一時124円を突破するほどに上伸しており、2万円を超えた日経平均にも更なる順風が吹きそうな気配である。年初来、ドル円は120円前後の動きに終始し、上にも下にも動かない膠着状態が続いていたが、今週の相場展開は、その均衡がドル高方向に破られたことを意味している。
ドル高へのモメンタムを刺激したのは、先週末のイエレン議長や、フィッシャー副議長らFRB主流派の口から洩れた利上げに関する発言である。どちらも慎重な言い回しをしながら、年内の利上げの可能性や2018年末に政策金利が3.25〜4.0%まで上昇する見通しなどを示したことで、ドル買いに火が付いた。
また、これまで低迷気味であった米国の耐久財受注や新築一戸建て住宅販売件数などが復調の兆しを見せたことも、「金利上昇即ちドル買い」というセンチメントを強めたことも一因である。
さらに、ギリシアが来月に予定されているIMFへの債務支払いが出来なくなるとの観測や、スペインの統一地方選挙で与党が大幅に議席数を減らし、緊縮財政に反対する新興政党が躍進したことで、年末の同国総選挙で与党が敗退するのではないかといった思惑がユーロ売り・ドル買いを誘い、それがドル円にも波及したという面もある。
■企業は「四重苦」のなかにあるも 利上げが近づく米国
ただし、全面的なドル高の様相を呈している最大の理由は、日本やユーロ圏が量的緩和策を継続している一方で、米国は利上げに近付いているという金融政策の落差である。6月利上げの確率はほぼゼロではあるが、9月あるいは、遅くとも12月には政策金利が0.25%引き上げられる、と米国の短期金融市場は見ている。
米国経済は年初来、悪天候、港湾スト、ドル高、そして原油安という「四重苦」に見舞われ、利上げは当分先送りといったムードも出ていた。だが、イエレン議長は「経済が見通し通りに動くならば」との条件付きとはいえ、前述したように年内利上げ実施への意気込みを示したことで、市場はドル買いを再開したのである。
もっとも年初来、ドルはユーロに対して1.04台まで大幅に上昇した後、一気に1.14台まで下落するといった変動を見せていた。必ずしも為替市場に動意が無かった訳ではない。つまり、暫く動きのなかった円への売り圧力が加わったということは、日本サイドにも何らかの「円売り材料」があったと見るべきだろう。
根底にあるのは、2%という物価目標達成のために日銀は当面量的緩和を継続するしかなく、国債売却方針を明らかにしたGPIFなど公的年金は外債投資を増やさざるを得ない、といった事情であるが、それ以外にも日本株に投資している海外投資家がせっかくの利益が為替損で相殺されぬようにヘッジの円売りを積極化し始めた可能性もあろう。
ドル高は、海外で稼ぐ比率が高まっている米国企業には利益減少の要因であり、米国へのマネー還流で資本流出リスクに直面する新興国経済にも厳しい逆風となる。だが、一度走り出したドル高の動きを止めることは難しい。
■サブプライム、リーマンの トラウマにとらわれるFRB
実際に米国経済が利上げに向けて今後好調な推移を辿るかどうかには、大きな疑問もある。同国の賃金上昇率はまだ頭打ちの状況が続いており、物価上昇率がFRBの目標値に近付いているという前兆も無い。1〜3月期に続いて4〜6月期のGDPも恐らく低水準となるだろう。雇用は確かに改善しているが、パートタイマーの多さはまだ労働市場に緩みが存在していることを示している。
だが、FRBは引き締めが遅きに失することを恐れている。それは2007年のサブプライム・ローン問題や2008年のリーマン・ショックを防げなかったことが、トラウマになっているからだろう。従って、年内に一度は利上げしておきたいというニュアンスが消えることは無さそうだ。
となればドル円は何処まで上昇するのか、気になるところである。当面は125円、そしていずれは128円、さらには130円といった予想値が市場に飛び交うことになるだろう。だが果たして130円といった水準が日米双方にとって受容し得るのか、という問題も出て来る。
日本国内では、地方企業や中小企業だけでなく政府内からも120円を超えるレートは、やや行き過ぎではないか、という懸念が広がりつつある。ドル70円台という超円高を修正することは必要であったが、100円を超えてからの円安誘導は日本経済にとってマイナス材料も提供し始めているからだ。
例えば原油安という日本にとっての神風は、円安のお蔭で恩恵は半減してしまった。濡れ手に粟の輸出企業や笑いが止まらない株式市場の陰で、円安による輸入コスト増に泣いている中小企業は全国に多々存在する。円安のしわ寄せは家計にも及んでいる。個人消費が盛り上がらないのは、消費増税だけが理由ではないのだ。
■円安・株高ムードで関心が 失われた成長戦略
円安・株高のムードが景気回復感を醸成する中で、政府も成長戦略への関心をすっかり失ってしまったように見える。本来は、0%近くまで低下してしまった日本の潜在成長率を引き上げるために様々な構造改革を行うはずであったが、安倍政権誕生以降何の具体策も出ていない。それどころか、成長シナリオが描かれない一方で、財政再建の議論ではプライマリー・バランス黒字化目標達成のために3%成長路線が当然のように盛り込まれる、という不可思議な「永田町現象」も起きつつある。
だが政府もさすがに、130円近いドル円は「悪い円安」として放置することは出来ないのではないか。いずれ口先介入で相場を冷やすこともあるかもしれない。また日本の貿易赤字が縮小傾向を辿っていることも、円安にブレーキを掛ける材料になり得る。
一方で米国サイドも「強いドルは米国の国益」とは言いながら、本音はドル高に困惑している。TPPに関して、米議会には依然として「為替操作禁止条項」を入れるべきだと主張する声がある。それが円安を意識していることは自明だろう。
市場の流れは確かにドル高に傾いている。だが、その持続性を読むには、両国間の「政治」を注意深く見守る必要がある。金利の差異が作ってきた為替トレンドが、政治的圧力によって一転することは、決して珍しいことではないのだ。
倉都康行 (RPテック代表取締役、国際金融評論家)